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三の段 女の怪 ①

 次の日曜日。十四時。

 琥春と浦良は、ひよりと共に依頼主の家を訪れた。

 幸い依頼主の家は、浦良の住居である榊樹(さかき)神社から歩いて行ける距離にあった。


「こちらが、今回依頼があった前内さんのご自宅です」

 ひよりは目の前にある武家屋敷のような造りの家を指さした。

 表札には「前内」と書かれている。

 琥春は目を見開いて、屋敷を眺める。

「でけえ家だな……」

 素直に思ったことが口をついた。

「ごめんください」

 ひよりは声を上げながら、門扉をくぐる。

 しばらくすると玄関の引き戸が開き、家の中から三十代後半くらいの男が姿を現した。


「怪異対策保安協会の方ですか?」

 男は訝し気に尋ねる。

「はい。保安協会の十和と申します。こちらが、除霊師の榊先生と、助手の琥春さんです」

 協会の人間だと分かると、訝し気にしていた男はほっとしたような表情になり、三人に近づいてきた。

 政府公認の知名度と価値は、伊達ではない。

「お待ちしておりました。前内と申します。さあ、どうぞ中へ」

 前内の後をついて、三人は座敷へとあがる。

「ではお邪魔します」


 居間に通された琥春たちは、前内に促されその場へと座った。

 前内は琥春たちと向かい合う形で正座をする。

「で、本日はどのようにお困りで?」

 始めに口を開いたのは浦良だった。

 事前情報として、前内の妻の調子が悪いということは聞いていたが、改めて前内の口から事象を確認したいと思った。

「三ヶ月ほど前から家内の様子がおかしいんです。元々おとなしい気性なんですが、恥ずかしながら、時々奇行をするようになりまして」

 前内は憂鬱な面持ちで浦良を見る。

「どのような奇行ですか?」

「一番困っているのは、自傷行為です。目を離した隙に、剃刀で顔に細かい傷をつけたり……。時には、明け方私の首を絞めに来たこともありました」

 前内の打明けに、ひよりは驚いて口を押えた。なんとも物騒な話だ。前内とその妻は生きているが、最悪命に関わる出来事である。

「それは……大変ですね。して、奥様はどこに?」

「母屋ではなく離れの方へ一時的に隔離しています」

「お会いしても?」

「ええ」


 前内は、浦良たちを庭先の離れへと案内した。

 離れには小さな窓がひとつだけついている倉庫のような造りだ。

 まるで座敷牢だと琥春は思った。

「この中に家内はいます」

 前内は、反応を伺うように浦良の顔を見た。

 浦良は無言で頷く。

 「開けろ」という意図を汲み取った前内は、離れの扉を開いた。


 薄暗い離れの中には、一組の布団が引かれており、その上には三十前後くらいの女が一人横たわっていた。

「ゆりこ、起きているか?」

 前内は女に尋ねる。彼女が件の前内の妻なのだろう。

「ええ」

 ゆりこは起き上がってこちらを見た。

 離れにある唯一の窓から光が差し込み、彼女の顔を照らす。

 もともとの造形は美しいのに、細かい傷がいくつも出来ていた。先ほど前内が言っていた、自身で剃刀を使い切った傷なのだろう。

「怪異対策保安協会の方達に来てもらった」

「こんにちは。妻のゆりこと申します」

 ゆりこは床に膝をついて深々と頭を垂れた。

「こ、こんにちは。楽になさってくださいね」

 低姿勢のゆりこを慮って、ひよりが言う。

 目の前にいるゆりこは、顔に無数の細かい傷があるものの、それ以外不自然なところはない。このおとなしそうな女性が、自傷行為や夫の首を締めるなど、言われなければ全く想像できない。

「榊先生……。ゆりこはやはり怪異に憑かれているんでしょうか?」

「憑かれた痕跡はあります。だが、()()憑いていない」

「ど、どういうことですか?」

 前内は浦良の言っていることが理解できず、うろたえた。

「居間の方へ戻ってお話します。奥様は安心して休んでいてください」


 浦良は踵を返し、離れから出ていく。

 琥春とひよりは怪訝な顔でお互いに見合わせてから、浦良の後をついていった。

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