八の段 狐の怪(前編)⑤
浦良の顔を覗き込むようにして、琥春は膝をつく。
浦良は何も答えないまま、苦しそうに胸で呼吸を繰り返していた。浦良の視界が薄れていく。そしてそのまま意識を失った。
――――――
浦良が目を覚ますと、そこは六畳間の和室だった。見覚えのある染みが出来た天井。ここが自宅だと理解するのに数秒を要した。
その瞬間、襖の開く音がする。
「起きたのか?」
声の方に視線を移すと、部屋に入ってきた琥春がこちらを見さげていた。
「そうか、私は呉服屋で倒れたのだな……」
意識を取り戻した浦良の頭は、自分が意識を失い、介抱され自宅へ運ばれたことを理解した。
「ああ。ひよりさんが言うには過呼吸発作じゃないかって」
浦良は虚ろな目で視線を落とし「悪かった」とだけ呟いた。
「辛気臭い顔すんなよ。お前が謝るなんて天変地異の前触れか?」
茶化すように言ってみたが、浦良からは返事がなかった。
二人の間に重い空気が漂う。
「あ、浦良先生! 目が覚めて良かった~」
話声が聞こえたひよりは、浦良の意識が戻ったと悟って部屋に入ってきた。
「ひよりさん、迷惑をかけたな」
「いえいえ。ここまで運んでくれたのは琥春さんですし」
ひよりが来たことで場の空気の重さは少し和らいだものの、沈黙は続く。
そして沈黙を破ったのは意外にも浦良だった。
「管狐」
聞きなれない言葉に、琥春とひよりは「え?」と小首を傾げる。
「呉服屋のざきの主人に憑いていたのは管狐という怪異だ。管狐には必ずそれを使役する者がいる」
「狐にもいろいろ種類があるんですね……。先日の犬神使いの狐版ということでしょうか?」
「そうだ。だが、ひとつだけ違うところがある。犬神使いは自身の[恨み・妬み]がトリガーとなって呪詛を発動させるが、管狐使いは自身の念に関係なくいつでも使役することができる。そのため管狐使いは、第三者からの依頼を受けて呪詛を飛ばすことで生計を立てる呪詛師も多い」
「てことは、呉服屋むかいが依頼主か」
「十分あり得るな」
再び三人の間に沈黙が流れる。
浦良は大きく溜息をついて頭を抑えた。
「まさか、再び管狐と対峙することになるとは……」
その口元は自虐的な笑みを浮かべている。
「前にも祓ったことがあるのか?」
「ああ。ちょうどいい。君たちにはいずれ話をしようと思っていたところだ」
浦良は静かに口を開き、滔々と語りだした。
――――――




