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一の段 三人の出会い ③

「ま、待ってください! お願いします! 私、何でもします。だから交代の申入れは少し待っていただけないでしょうか?」

 ひよりは必死に浦良を引き留めた。その目には涙が浮かんでいる。


「私に泣き落としは通用しない。君に落ち度はないし、すべて保安協会が悪い。君は別の除霊師の担当に変わるだけだ」

「お願いします!」

 ひよりは床に膝と頭をついて深々とお辞儀をした。

 女性が土下座する姿を見たことがなかった琥春はぎょっとなった。

「せっかく、この春から保安協会に就職できたんです。初めて担当になった先で、初日から担当替えだなんて……。最悪、私、解雇されてしまうかもしれない……。だからお願いです。何でもしますから」

 頭を垂れているので、ひよりの顔は見えないが、くぐもった声から泣きながら訴えているのは分かる。

「断る」

 泣きながら懇願するひよりを前にしても、浦良は表情を崩さずぴしゃりと言い放った。


 ……鬼だ。

 琥春はそう思った。

 始めはその美しい外見から、天女かと見間違えたが、その実は天女の皮を被った鬼そのものだ。


「よく分からないが、もう少し様子を見てから判断してもいいんじゃないか」

 琥春は浦良に対して、口を開く。

 浦良は無言で琥春を睨み付けた。

 琥春の声に反応するように、ひよりは頭を上げる。

「浦良先生のご兄弟ですか?」

 目を見開いて琥春の方を見ながら、ひよりは浦良に尋ねた。

「そんな訳なかろう。さっき拾った野良犬だ。明日には野良に戻すが」

「何だとお! 俺は野良犬じゃねえ。寅だ!」

 今まで抑え込んでいた琥春の苛々ゲージが、ついに沸点を迎えた。

 今にも掴みかかりそうな勢いで、浦良に鋭い眼光を飛ばす。

 琥春は暗殺組織に所属していた際、「寅」と呼ばれていた。もちろん本名は「琥春」なので、「寅」は組織内で使用されていた秘匿名みたいなものだ。


「寅? 思春期特有の自己愛から来る空想の類か? まあ、私が君を理解できないのも当然。所詮、君は……」

 悪態をつく最中、浦良は何か思いついたかのように目を見開いた。

 そのまま手を自身の顎にあてて、考えを巡らせる。

「先ほど話していた君の経歴についてだが、……腕は立つのか?」

「そりゃ、生きるか死ぬかの世界で生きてきたんだ。今生きてるってことは腕が立つってことだ」

「……君にしては説得力のある答えだ。そして君は一文無し。行く当てもない。更に、私が助けた恩に見返りを用意することもできない」

「そうだが、何が言いたい?」

「ならば体で返してもらうしかない」

「え!?」

 琥春が反応する前に、大きく声を上げたのはひよりだった。

「え……。そ、それって……!」

 ひよりは大きく目を見開き、赤面しながら、口を手でふさいだ。

 浦良の言い方が、何やらひよりに変な誤解を招いてしまったようだ。その反応につられて、琥春は耳が紅潮した。

「おい! 変な言い方してんじゃねえよ」

「その子の代わりに、君が私を手伝え。君ならば精神力腕力ともに問題なかろう。手伝うならば衣食住は保証してやる。その子の交代も保安協会に申入れはしない。どうだ?」

「やってやるよ! この状況で断れるわけねえだろ! で、俺は何をすればいい?」

 琥春は浦良に向けて啖呵を切った。


「除霊だ」


「……は? じょ、除霊?」

 琥春は目をぱちくりさせる。


「除霊ってなんだ?」

 浦良は大きな溜息をついた。

「除霊とは、人に憑いた憑物を祓うことだ。私は神社の神主をする傍ら、内閣内務省管轄の怪異対策保安協会から除霊の仕事を請け負っている。目の前にいる十和ひよりさんは、怪異対策保安協会の職員だ。私一人で除霊は困難なので、協会から助手として一人派遣してもらっている。なぜ自営ではなく、保安協会を介しての仕事かというと、一番の理由は信頼だ。除霊の仕事は「目に見えない」分野であるため、成果を判断しにくい。個人の除霊師ではなく、信頼できる政府管轄の組織に依頼する人の方が圧倒的に多い。だから保安協会を介したほうが定期的に仕事の依頼が来る。その分、報酬は協会に中抜きされて、私の(ふところ)に入る報酬は雀の涙だが」

 浦良はひよりを一瞥した。

 ひよりは申し訳なさそうに、俯く。


「アンタが協会を通して除霊の仕事をしていることは分かった。具体的に俺は何をすればいい?」

「人は憑物に憑かれると、元気をなくし、不定愁訴に陥る。その一方で、暴力的になり、奇行を起こしたり、周囲の人間に危害を加えることもある。憑かれた人を除霊する際、暴れて攻撃しようとしてくる人も少なくないんだ。見ての通り、私は武闘派ではなく頭脳派だ。私が祓詞を唱え、除霊している間、君は憑かれた人を取り押えておいて欲しい」


 細見の体躯をした浦良は武闘派には見えないが、だからといって頭脳派であるかといえば、甚だ疑問だ。だが、浦良の話を聞けば、確かに小柄で腕力の弱そうなひよりに務まるとは思えない役どころだ。


「わかった」琥春はツッコミを入れたい気持ちを押えて、頷いた。


「憑き物は大まかに二種類いる。死霊と生霊。違いは亡くなった者か生きている者か、だ。それらは人間の霊であったり、動物の霊であったりと様々だ。死霊であっても生霊であっても、憑き物の強さは憑いた物の思いに比例する。偶に、強力な憑き物に遭遇することがあるが、その場合は祓詞だけでは祓えない」

「どうするんだ?」

「神剣で憑き物を斬る。私が祓詞を唱えてしばらくすると、憑き物が姿を現す。その瞬間、憑き物を神剣で斬って祓う」

「アンタが斬るのか?」

「君に決まっているだろう。私は祓詞を唱えているんだ」


 琥春は驚く。

 霊感とは無縁の琥春は、今まで憑き物や(あやかし)の類を見たことがなかった。

 相手が人ならば、斬ることは容易いが、相手が憑き物となれば話は別だ。


「俺、憑き物なんて見えないんだけど」

「感覚で斬るしかない」

 琥春は呆然とした。

 なんて大雑把な世界なんだ。

 見えない者を感覚で斬るなど無謀すぎる。

 だが……。

「やるしかないんだろう?」

「ああ」

 浦良は頷き、微かに片頬を上げる。

 浦良が笑ったところを、琥春は初めて見た。


「改めて、自己紹介をしよう。私は榊浦良だ」

「琥春だ」

「私は十和ひよりです!」

 ひよりもつかさず自己紹介をする。

「おう、よろしく」

 琥珀は首だけひよりの方を向けて言った。

「ひよりさんは、協会と依頼主との連絡係をしてくれ」

「はい。実は今日も仕事の依頼があって、伺ったんです」

 ひよりは雑記帳を広げて、依頼内容を確認して読み上げる。

「なんでも、依頼主の奥様の調子が優れないようで……。自宅はここからそう遠くない場所にあります。先方はいつ診に来てくれても構わないと言っていますが」

「では今週の日曜日にでもお邪魔すると伝えてくれ」

「わかりました!」


「それから君、なんでもすると言ったな」

「はい?」

 ひよりは目をぱちくりさせて、小首を傾げた。


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