一の段 三人の出会い ②
「ごめんくださあい」
女性の声が玄関先から聞こえる。
琥春と浦良は目を合わせた。
「客人のようだ」
そう言って浦良は玄関先の方へと赴く。
掴みかかろうとした瞬間、幸いにも邪魔が入ったことで、琥春の頭は徐々に冷えていった。
やはり手を挙げるのは良くない。曲がりなりにも野垂れているところを、助けてくれたのだから。
琥春は自分を納得されるように、腕を組み、うんうんと頷いた。
そして浦良が出ていった方へ琥春もおもむろに歩いていく。
玄関先には、お下げ髪をした可愛らしい少女がちょこんと佇んでいた。
少女は緊張した面持ちのまま、口を開く。
「はじめまして。このたび、怪異対策保安協会よりウララ先生の助手を仰せつかりました、十和ひよりと申します」
少女は深々とお辞儀をする。
「ウララ先生?」
琥春は怪訝な顔で浦良に目を遣る。
浦良の肩が僅かだが震えているように見えた。
「十和ひとりさん? その呼び方はどこから?」
浦良が口を開く。
「あ、えっと……。前任の方からウララ先生と呼ぶようにと引き継ぎが」
ひよりは、鞄から雑記帳を取りだし、確認するように覗き込む。自分に言い聞かせるように小声で「あった」と嬉しそうに呟いた。
雑記帳に引き継ぎの内容を記してあるのだろう。
琥春は目覚めてから、浦良と交わしたやり取りを思い返す。帳面に記された【榊 浦良】。苗字がサカキと言っていたから、一文字目はサカキと読むのだろう。となると、残りの二文字が彼の名前だ。下の名前を尋ねると彼は口に出すのを躊躇い、紙に書き示した。そして、ひよりはウララ先生と呼んだ。というとは、「浦良」は「ウララ」と読むのだろう。
琥春はぷッと吹き出した。
いくら美人だといえ、あの仏頂面の男がウララなんて可愛い名前、絶対に嫌だろう。
そりゃ、言いたくないはずだ。
浦良は琥春をギロッとした目つきで一瞥した。
その視線に気付いた琥春は、口元が更に緩む。
「わたし、この春から就職しました。頼りないかもしれませんが、できる限り頑張らせて頂きます!」
ひよりは、やる気に満ちたキラキラした瞳で浦良を見上げた。
その姿は清々しく、初々しいことこの上ない。
だがひよりは、浦良の一言で絶望の淵へと叩き落とされることになる。
「悪いが、帰ってくれ。怪奇対策保安協会へは助手の交代をこちらから申入れておく」
ひよりの顔がどんどん青ざめていく。
「ど、どうしてですか……?」
「君の前任者は頼りなくて、私は保安協会に助手の交代をこう願い出た。「体力面、精神面が共に強く、腕力のある者を派遣してくれ」と。どう見ても君は、こちらが要求した人物像に該当するようには思えない」
「そ……そんな……」
今にも消え入りそうな声だ。小さな声と肩が小刻みに震えている。
先ほどのやる気に満ちた姿はどこへやら、一気に気落ちしたひよりを見て、琥春は気の毒に思った。
「もしかして君、職場でいじめられているのか?」
「……え?」
愕然とした瞳でひよりは小首を傾げる。
「こちらが要求した人物とこうもかけ離れた人を寄越してくるとは。君への嫌がらせか、私への当てつけか……。まあ、保安協会には再度私から嫌味を言っておこう」
浦良は淡々とそう言って、踵を返そうとした。