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一の段 三人の出会い ①

 目が覚めた琥春は、六畳間の和室にいた。

 部屋の中央に布団が引かれ、どうやらその上で眠っていたようだ。

 琥春はきょろきょろと当たりを見渡す。

 整理整頓されていて、古びた箪笥以外は何もない部屋である。

 天界はもっと、華美な世界だと思っていた。

(現世と変わらない上に、意外と質素なんだな)


 そういえば、布団で眠ったのはいつぶりだろうか。琥春は自身にかぶせられた掛布団をぎゅっと握って顔を埋める。布団からは太陽と少しだけ白檀の香りがした。懐かくて温かい香りに心が和む。

 

 布団の匂いに癒されていると、サッと襖が開いた。

 そこには、枯野(かれの)色の髪を肩下まで流した美しい御仁が佇んでいた。


 お、あの時の天女。

 琥春は上半身を起こす。

 その瞬間、頭がグラグラしてこめかみの辺りが痛んだ。

 死後の世界ってのは、痛みを感じるものなのだろうか。せっかく死んだのだから、痛みや苦しみからは解放されたいものだ。

 天女は冷ややかな眼差しでこちらを見下げている。薄い唇が微かに開いた。

「起きたのか」

 琥春は違和感を覚えた。

 琴のような美しい声で囁くのかと思えば、低くて太い声。

 女にしては上背があり、細見だが骨ばったその体格は、まぎれもなく男のものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。


「アンタ、天女じゃないのか?」

「は?」

 枯野色の男が琥春を見る眼差しが、さらに冷ややかなものになる。

「いや、俺、三日間何も食べてなかったから、餓えて死んだのだと思って。てっきり天女が迎えに来てくれたのかと」

 慌てふためく琥春とは対照的に、枯野色の男は平然とした様子で腕を組んだ。

「三日食べてないだけで、餓死するわけがなかろう。もしかして莫迦なのか?」

「俺死んでないの?」

「今こうして私と話をしているということは、そうなんだろうな」

 琥春はきょとんとしてから、「よかったー」と大きく溜息をついた。

「いて」

 こめかみの辺りがまた痛んで、頭を押さえる。

「栄養失調か貧血だろう。三日ほど休んで、飯を摂ればじき動けるようになるだろう」

「おお、なるほど。アンタが助けてくれたのか? 感謝する」

「神社の敷地内で死なれでもしたら縁起が悪い」

「アンタ名前は?」

(さかき)だ」

「榊って下の名前か?」

「いや、苗字だ」

「下の名前は何て言うんだ?」

 枯野色の男は口を一文字に閉じ、露骨に嫌そうな顔をした。

 別に大したことではないと思うのだが、聞いてはいけなかったのだろうか。


 しばらくすると、枯野色の男は部屋を出ていった。

(俺、何かわかんねえけど、怒らせたのかな)


 琥春の懸念に反して、男はすぐに戻ってきた。右手には筆、左手には帳面を携えている。

 そして畳に膝をつき、帳面に筆を走らせる。


 男は帳面に書いたページを琥春に見せた。

 そこには[榊 浦良]と殴り書きされていた。


「……なんて読むんだ?」

 男の切れ長の目が大きく見開いた。帳面を持った手がわなわなと震えている。

「学のない者だとは思っていたが、まさか文字も読めないのか?」

「簡単なものなら読めるんだけど……俺、暗殺の訓練は受けたけど、そういう教育を受けてないんだ」

 琥春はしれっとした様子で、頭を掻いた。

「暗殺だと……?」

 浦良は眉をひそめた。そのまま立ち上がって後退りをする。

「まさか君、人殺しなのか?」

「ん……まあ」

 浦良の愕然とした表情を見て、しまった、と琥春は思った。

 暗殺者として生きてきた琥春は、日の当たる世界で生きている一般人と接したことがほとんどなかった。それ故、おそらく自分の感覚は一般人のそれとは、ずれている。そこをもう少し自覚して話をするべきだった。自身の頭の鈍さが嫌になる。


「悪いが出て行ってくれ。ここは神聖な場所だ。君のような輩が居て良いところじゃない」

 浦良の辛辣な言い方に、琥春は内心腹が立ったが、少しでもいいから食べ物を恵んで欲しかったので、ぐっと堪えることにした。

「アンタの言う事は最もだ。だが、俺は栄養失調で貧血なんだ。今追い出されたら、また倒れちまう。ここが神社ってことは、アンタ神職者なんだろ? 何か食べ物を恵んでくれないか」

「……私が住む神社の敷地外で倒れる分には問題ない」

 浦良は淡々とした口調で言い放つ。

(さっきから何なんだ、こいつの高圧的な態度は。お前は問題なくても、俺は問題なんだよ)

「出ていく前に、布団を洗っていってくれよ。私は潔癖症なんだ」

 そう言い残し、浦良は踵を返して部屋を出ていこうとする。


 琥春の苛々ゲージが上がっていく。堪え切れなくなって琥春は声を荒げた。

「さっきから聞いてりゃ、アンタそれでも神職かよ。ここまでしてくれたんだから、飯ぐらい食わせていってくれてもいいだろ?」

「それが人に物を頼む態度か。君は生まれる前からやり直した方がいいかもしれない」

「なんだとお」

 怒りで身体が熱くなり、その熱に突き動かされるように琥春が浦良の胸ぐらを掴もうとした瞬間、玄関扉を叩く音が聞えた。

 

 ドンドンドン。

 ドンドンドン。

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