聖女、今日も失恋
「サラー!聞いてよー!獣人のフィッテちゃんに振られちゃったんだー!」
相棒の絵師、ロニーと街を歩いていると、どーん!と後ろから小さな塊がぶつかってきた。
「シュウ、何度も言うけど美少女は自分より可愛いあんたにライバル心は持っても相手してはくれないと思うよ」
「それ何度も聞いたけど、あきらめられないよー!俺は百合をやりたいんじゃあ!」
「中身おっさんやん」
「瀕死の彼女を救うために聖女になって、魔王を調伏して世界の危機を救って、その挙句に彼女の一人もできないのかよー!俺の何が悪いんだよー!」
「性別」
うわーん、とウソ泣きするシュウに追いついたごつい部下たちがヨシヨシして、今夜は付き合いますからねっ、と言うとシュウはイヤだー、とわめく。
「せめてお姉さんのいる店がいいー!野郎ばっかりはイヤだー!」
「そのお姉さんのいる店でお姉さんにライバル認定されてへこんだんでしょ」
「この世に救いはないのかー!」
と、叫んだ瞬間に「助けてー!泥棒です!」と言う声が聞こえた。
シュウの動きは素早い。
頭を巡らせて声の出所を確認し、泥棒らしき者を部下と共に追いかける。
「ロニー!」
サラもシュウの後について走る。足には自信があるのだ。
「聖女様の記事は売れるからね!」
街のみんなが、がんばれー、お願いします、聖女様!と言いながら方角を教えてくれる。
サラが息を切らせながら追いつくと、酔っ払った男が酒瓶を片手に壁に追い詰められたところだった。
「あれ、貴族じゃない?ネタとしては美味しいけど、ちょっと、まずいね」
ロニーがささやく。
確かに男は身なりの良い貴族のようだ。
おまけに体格がいい。おそらく騎士ではないだろうか。
「騎士かー。平民のこちらとしては、武器で攻撃ができないね」
「騎士が酔っ払って泥棒……記事になりますなぁ」
サラは大丈夫かな、とシュウを見たが、そのシュウはごく冷静な顔で声を上げた。
「盾を持っている者、5名囲んでつぶせ!」
掛け声と共に訓練された動きで貴族を押し潰す。
確かに武器は使っていない。
男はグエエ、と声を漏らした。
「その後ろからどんどん乗っていって更につぶせ」
シュウの言葉に従って兵士たちは盾の上に乗っていった。
「制圧は数だ。武器が使えないならこうするのがベストなはず」
相手は訓練された騎士かもしれないが、こちらも鍛えた兵士、しかも統制の取れた動きで封じ込めようとしている。
ドン、ドンッっと激しく下からの抵抗が弱まっていき、ついには静かになった。
「落ち着いたな……みんな、最初の五人を除いて降りていいぞ」
シュウの指揮で男の頭が見える。
貴族らしい男は平民である兵士に文句を言おうと顔を上げ、シュウを眼で捉え、次の瞬間……
「聖女様! なんとお美しい……! ぜひ我が妻に!」
「やーだよ!」
うっとりする男とゲンナリするシュウ。
「ヴィラオに引き取りに来てもらおう」
「騎士団長に?! それだけは……!」
「いやいや、あんた、それだけのことしてるから」
貴族を平民が裁くわけにはいかない。
騎士団長に引き渡すのが一番の罰であろう。
見守っていたギャラリーから、拍手が湧き上がる。
「聖女様、かっこいい!」
子どもたちが叫ぶ。その目もうっとりと魅了されている。
「なんといい女ぶりじゃ。うちの息子と結婚してくれないかのう」
老人たちがささやく。その目もうっとりと魅了されている。
その様子をサラとロニーはサラサラと文字と絵で書き写す。
「次のアカイック新聞の一面はこれね!」
盛り上がる一同を横に、シュウはため息をついた。
「こんな俺を受け止めてくれる美少女はいないかなぁ……」