第51話 ビクターの発明
目覚ましになったのは、遠い町の方で轟いた雷鳴のような爆音だった。ルシエンはびっくりしてベッドから飛び上がり、素早くカーテンを開けた。山から見下ろす市街地に小さなクレーターができ、煙と焔の柱が立ち上がっていた。闇夜花舞ギルドの跡地があったエリアだった。
急いで部屋を出ると廊下でフルスと鉢合わせした。フルスもまた爆音に驚いていた。
「魔法爆弾か」
「間違いない。誰かが証拠消滅の為にやったんだな」
フルスの顔に不信感が募る。
「絶妙なタイミングだな。これから調査しに行こうと思った矢先に……」
「周辺の街もろとも吹っ飛んでいる。これはもうテロと言っていいレベルだ。とりあえずエサレンのところに行こう」
二人は短い会話を交わし、客室エリアを後にした。
ロビーに出たとき、アンナはジョーを肩に乗せたまま、彼らが来るのを分かっているかのように待機していた。肩を並んで歩くルシエンとフルスを見るや否や、慌てて駆け寄ってきた。ジョーは振り落とされまいと、体をゼムクリップのように曲げてしがみ付いた。
「あの爆発、聞こえたよね?!」
「うん」ルシエンはロビーを素早くと見回した。「エサレンのところに行こう」
「私ならここに」
壁からせり出す階段をエサレンが落ち着いた足取りで降りてくる。
「ギルドの跡地はもう調査できなさそうだね。あのあたりはすべて破壊されて修羅場になっている」
ルシエンとフルスに意味ありげな目線を投げかけ、エサレンの表情が幾分和らいだ。
「これからどうするの」アンナはルシエンを見て、またフルスを見た。
「ゼオンに戻る。ビクターのところで変異した覚者の組織を分析してもらう」
事務的に言うフルスにエサレンの眉が微かに動いた。
「ビクター・カイリエのことかい。技師をやっている親父さん」
「ご存知なのか」フルスは些か目を丸くした。
「ええ、すごく昔に知り合ったの」エサレンは手を口に当てながら気品の良い笑い声を聞かせた。「世界は狭いわね」
「本当にそう思う。私がルシエンと知り合ったのも、ビクターを通じで、だ」
上手いこと会話のキャッチボールを返すフルスに、エサレンは快い笑顔を見せた。彼女はフルスのことを気に入っているのか、それともさらりと交わされる社交辞令なのか、ルシエンにはよくわからなかった。
「お姉さんのことなら私に任せて」
その言葉を聞いたフルスの表情は真剣そのものに戻った。
「それはどうだろう。すぐ近くで爆発があった。この都市の地下に敵が埋伏していると考えても可笑しくない」
エサレンは笑顔を崩さずに続けた。
「この屋敷は優秀なハンターたちと何重もの結界に守られている。敵の侵入はまずあり得ないし、治療に使うエーデルもふんだんに溜め込んである。逆に彼女をゼオンに連れ戻してどうする。帝国は今更彼女の身分を受け付けないでしょう。アウトランドの民間病院に預けるのなら、それはそれで敵に襲われても仕方がないじゃないの。それとも、あなたは24時間傍を離れないというのか」
すらすらと並べられた論理にフルスは言葉を詰まらせた。ルシエンがフルスの耳元で囁いた。
「心配するのは分かるが、マダム・エサレンは信用できる。彼女はハンターの最高権威と言ってもいい。ぼくが保証するよ」
フルスはしぶしぶ頷いた。
「では、話は決まりだ」
エサレンは軽く手を叩いた。するとまたメイドがどこからとなく現れ、懐に抱えた包みをルシエンたちにそれぞれ配った。アンナの包みだけが他の倍ほど大きい。開けてみると、中には箱入りの携帯食が3食分入っている。まだ温かく、肉を焼いた香ばしい匂いが立ち昇ってくる。
「道中で食事に寄れるところもないだろうから、これを持って行っていらっしゃい。とくにそこのお嬢さんはよく食べるので、2人前を用意しておいた」
一同は口を揃えて礼を言った。
「姉の治療や生活費用は払うので、口座を―」
「要らないわ」フルスの言葉をエサレンが遮った。「私はご覧の通り金には困らないので。それよりも、帝国の執法官と繋がりを持てる方が重要なの。もし何かあってあなたにお願いするようになったら、その時にまたこの借りを思い出して」
エサレンの落ち着いた微笑みと知性を宿した瞳に、フルスはしばらく戸惑ったが、最終的には感謝の意を示した。
――
ビクターのカスタムショップは閉店中だが、店内からは絶え間なく作業音が響いている。フルスがしきりにドアベルを鳴らしていると、作業音が止み、足音が近づいてきた。「ガチャン」と重い金属音を立てて鍵が回転し、少しだけ開いたドアから表情を硬くしたビクターが頭を出した。
ルシエンたちを見ると、ビクターの顔に安堵の色が浮かんだ。
「なんだ、お前たちだったのかい。そんなにベルを鳴らして、また帝国のろくでなしがワシを嗅ぎ付けたんじゃないかと思って、冷や冷やしていたよ」
「急にごめんなさい。これを、すぐに解析してほしんだ」フルスはポケットからサンプルを取り出し、ビクターに渡した。ビニール袋の中に封じ込められた敵の肉組織はすでにドロドロと溶けていた。
ビクターは眉を潜め、難しそうなパズルでも眺めるようにサンプルを顔に近づけた。
「これはなんだ。毒や変なウィルスははいってないんだろな」
「エーデルに似た物質だと思われる。私たちが追っている敵の体から採取した」
ビクターは義手でサンプルを受け取ると、目の前で軽く揺らしてみた。黒い液体は生きているかのように蠢いた。それを目にしたビクターの義眼が緑から赤に変わった。
「とりあえず入って。こいつは時間が掛かりそうだ」
「いつになりそうか」招かれながら、フルスはせっかちに問い詰めた。
「数日は掛かる」
店内に入るや否や、ルシエンはすぐにいつもと様子が違うことに気付いた。至る所に堆積されていたガラクタの山が一つも見当たらないのだ。ビクターのショップは有史以来最も清潔で片付いた状態で彼らを向かい入れた。売品は皆ショップ棚に整然と並べられ、ワックスを掛け直した床はボーリング場のようにピカピカしている。狭苦しかった店内は一気に開けたように感じた。
「おじさん、大掃除でもしたの」
無邪気に尋ねるアンナにビクターは気恥ずかしそうに笑い、何も言わなかった。
カウンター台の端から端まで、メタリックグレーの細長い器具が占めているの誰もが見逃さなかった。目を凝らして見ると、それは魔晶石の円柱を、上下から金属パーツで挟み込んだ構造をしていた。直線的なデザインでフォーク型の先端をしている。上下の金属ボデーの隙間に見える魔晶石が暗い外板色に映え、両サイドを走る光の直線に見える。先端から根元まで徐々に太くなっていき、根元にはチェーンソーのエンジン部分に似た、ゴツゴツした構造体がとってつけたように貫合している。表面には電気回路のような規則的な模様が施され、グリップが前後に二つついており、摘まみやボタンの幾つかも見える。
一同は吸い寄られるようにカウンターを囲んだ。
「これは、なんですか!」
ルシエンは目を輝かせ、珍しく声を高ぶらせている。彼のメカに対するフェチズムともいえる嗜好が、質素な暮らしをしながらもバハムートのような無謀な買い物へと駆り立てるのだった。
「ワシの最新作、といっても試作品を完成したばっかりだが」ビクターは腰に手を据え、自慢げに胸を張った。「大容量エーデル砲だ」
つまり目の前にある謎の機械製品は、類を見ないほど大きなエーデルウェポンだ。
フルスもルシエンに劣らず興味津々な様子で、エーデル砲を矯めつ眇めつしている。砲身は真正面からみると、左右対称のひし形をしている。フォーク状に割れたマズルの奥から魔晶石の先端が見えていた。
「私から仕送った巨大魔晶石をこれに仕立てたのか。すっかり感心したよ」
「あんなものを寄越して、これ以外に何を期待するのさ。ワシはエーデルウェポンの第一発明者だぞ」
ルシエンたちは一斉に目を剥き、ビクターに驚愕の視線を浴びせた。ビクターは俄かに顔をしかめた。
「おや、口を滑らせてしまったか。この話はくれぐれも内密にしてくれよ」
「おじさんはいったい何者なの。私の正体をすぐ見破っちゃうし、凄そうな武器も易々と作っちゃうし」
アンナが単純明快に質問を切り込んでいく様を見て、ルシエンはどこかスカッとした気分だ。それらはルシエンもずっと聞きたかったものだ。
「ワシのことを知りたいのなら、まずはこいつを完成させてからだな」
ビクターはルシエンを見てにやりと歯を見せた。
「ルシエン、お前がきてからにはちょうどいい。栄誉ある試し撃ちの第一弾をやってもらうぞ」
発明家の思い寄らない要求にルシエンは胸騒ぎを覚えた。




