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第24話 意外な収穫

 新品同然に修理されたバハムートが戻ってきたのとほぼ同じタイミングで、フルスから連絡があった。地下トンネルの調査がひと段落したようだ。

 微かに胸が躍るのを感じながら、ルシエンは早速フルスのところに向かった。アンナは家にいると言った。グラビアアイドルになるための練習の続きをするつもりだ。ルシエンに効かないからといって、諦めたわけではなさそうだ。

 

 エレベーターを出てるとすぐ、フルスの家の扉が見える。金色の加飾が施された、厚くて重そうな扉だ。指を丸めて敲こうとしたとき、ドアノブが静かに回った。内側から開けた者はフルスではなく、強面の中年男性だ。オールバックスタイルの髪は油を塗ったように頭皮に張り付き、骨ばった体格を覆う夏物のスーツがブカブカしている。男は冷たい視線でルシエンをひと睨みし、挨拶や会釈を交わすこともなくエレベーターに向かった。この人もまた帝国からきたのだろうと、その態度からすぐに分かった。 


「入って」

 奥からフルスの声がした。ルシエンは身なりを少し整えてから中に入った。着古したダークグレーのジーンズと白いワイシャツの、質素な服装は特に手を付けるところが無かったが、それでも整える振りをした。

 フルスは背筋を伸ばし、整然とした姿勢でテーブルに腰を掛けている。水色のストライプが入ったクレリックシャツをスッキリと着こなし、袖に縫い付けられた天然木のボタンが良いアクセントになっている。その掌にA4サイズの薄いタブレッドが乗っている。鍵盤とボタンを無くした薄型のコンピューターは、バハムートと同じく帝国の最先端テクノロジーが集約されている。そのような代物をアウトランドで手に入れようとすると、帝国の供給チェーンから零れた僅かな数を高いオークションで競わければならない。ルシエンはバハムートを買ったときのことを思い出した。数え切れない日々の勤労の末に溜め込んだ、血汗の貯蓄が一瞬で底づいたのだった。

 テーブルの上にはシーツに覆われた物体が置かれている。長さは一メートル近くあり、凹凸のある表面が布地に角を立たせた。

「さっきの人は誰だ」

 テーブルの椅子を引き寄せながらルシエンは尋ねた。腰を降ろしてテーブルに肘を着くとすぐに、首元に巻き付いていたジョーが腕を伝って降りてきて、片隅に置かれた茶菓子の箱に向かった。甘い物がいつも置いてあるフルスの家ではすでに気を遣わなくなったようだ。

「ベーガ社の使いだ。私のところに取引を持ち掛かけてきたが、追い返した」

「ベーガ社?」

「エリュシオンに本社がある武器メーカーだ。エーデルウェポンに関しては最高品質、そしてデザイン性も高い。アウトランドで目に掛けることはほとんどないが、帝国では覚者たちの間でブランド物扱いされている」

「そうなのか」

 ルシエンはさっそく借りたプリペイドカートを胸ポケットから取り出し、フルスに返した。

「もう使わないのか」

 フルスはタブレットに目を向けたまま、ルシエンからカードを受け取った。

「うん。おかげで僕のバハムートは直った。ありがとう」

「ついでに欲しものも買ったらいいのに。私は別に気にしないよ」

 フルスはスクリーンから目を離し、品定めするようにルシエンを見回した。

「例えば新しい服とか、ね。あなたはジョーを着ていないとき、いつもその冴えない格好でいるんだね」

 出会った当初より大分打ち解けたものの、フルスからは相変わらず辛辣な言動を突きつけられる。しかしルシエンはもう苛立ちを覚えなくなった。

「たしかに僕は同じような服を着る。でもちゃんときれいにしているし、着替えもあるから、いいよ。ありがとう」

「分かったよ」

 フルスは肩を軽くすくめ、カードを財布に戻した。しばらく弄ってからブレッドを机越しに差し出し、ルシエンに見せた。

「ボローワームが残した地下トンネルの3Dイメージだ。これを作り上げるのにどれだけ手こずったことか」

 ルシエンは画面に広がる蟻地獄の模型を見つめた。無規則に曲がりくね、絡み合うトンネルのラインを慎重に目で追い、始まりと終わりを見つけようとした。

「これを作ったボローワームは一匹だけだと分かった。それも、そいつの大きさと掘った地層の深さから、ここの地下で三千年もの歳月を生きてきたようだ。街が出来上がるずっと前から居たのだ」

「ゼオンの地下に巨大な虫が住んでいるなんて思ってもいなかったな」

「そうだろう」

 フルスはスクリーンに指を滑らせ、トンネルの局所を拡大した。

「穴にドローンを飛ばしたとき、ボローワームはすでにいなかった。おそらくここを通って他所へ移動したと思われる」

 拡大された箇所は、不自然に真っすぐと伸びていた。南の方角に続いているようだが、3Dモデルはそこで途切れている。

「残念ながらこれ以上追うことはできなかった」

 フルスは途切れた箇所を指して続けた。「大きな崩落が起きて、道を塞いてしまった」

「わざと遮断されたようにも思える。やっぱりその先に何かを隠しているのか」

「私もそう思っている。でも地下での調査は打ち切られた。この深さで崩れた岩をどかす作業は大変難しいし、そこまでのリソースはない」

「それはすごく残念だ」

「ただし、一つだけ意外な収穫があった」

 フルスは椅子から立ち上がり、テーブルの上に置かれている謎の物体を覆うシーツを捲った。下から現れたのは大きな魔晶石の塊だ。いくつもの小さな立方体が融合し、すねほどの太さの柱を作っている。無色透明だが、表面は油膜を張ったような七色の輝きがある。

 魔晶石はエーデルを活性化させる効果がある特殊な鉱物だ。エーデルウェポンやエーデル治療をはじめ、覚者たちを取り巻く様々な技術に不可欠だ。ルシエンは鞘に収まっているクリス・タルベインに視線を落とした。透明な引き金は魔晶石そのもので、芯の部分にも魔晶石が使われている。

「地下トンネルの中に転がっていた。ボローワームが偶然掘り当てたようだ。これほど大きなものは稀に見る」

 フルスは魔晶石に手をかざした。すると、結晶の中で花火のように光が弾け、目を見張るルシエンの瞳に瞬く輝きを映し込んだ。

「原石の実物を見るのは始めてだ」

「きれいだろう。この貴重な鉱物に強欲な奴らが蠅のようにたかるんだ。メディアが騒いだせいで帝国中の金持ちが私に連絡してくる。でもどんな大金を出されても、私は売らないと決めた」

「さっきのベーガ社の者もそうだったのか」

「ああ」

「でも君が持っていてどうなるのだ。飾っておくのか」

「どうにもならない。だからこっそりビクターに譲ろうかなと思った。もちろんただじゃない。彼の発明家魂を満足させる代わりに、この魔晶石を使って役に立つアイテムを作ってもらおうかと思ってね」

「興奮して義眼が飛び出るに違いないな」

 微笑みを返したフルスの頬に、小さな笑窪が浮かぶ。それにさりげなく目をやりながら、ルシエンはフルスと目が合いそうで合わないギリギリのところに視線を据えた。

 フルスはすぐに真剣の表情に戻った。

「ボローワームの動きが追えなくなった以上、他の手がかりが必要だ。魔の動きはどうだ。気になるところはあるか」

「それなら、僕にいつも狩りの取り継ぎをしているジャックスという奴が詳しい。この町の情報屋だ。訪ねてみるか」

「いいだろう。早速行ってみよう」

 フルスは頷き、すっくと立ちあがった。

 ルシエンも立ち上がり、菓子箱の中からジョーを取りだした。嫌々だったフルスの捜査活動に進んで協力するとは、自分でさえ思ってもいなかった。

「あいつの事務所は歓楽街にある。念のため武器は持って行った方がいい」

「物騒なところのようだね」

「カジノや風俗が立ち並ぶ場所だ。人の強欲が蔓延るところに魔が吸い寄せられる。それに加えて悪人どもも集まってくる。つい最近、地元ギャングが騒動を起こしたからな」

 少し蘊蓄っぽく話す自分自身にルシエンは嫌味を感じた。

「ちょっとまってね。今とってくる」

 フルスも立ち上がり、書斎の奥に消えた。しばらくすると腰に黄昏の刃を巻き付けて出てきた。光の剣身が無い状態では金色の短い棒にしか見えないが、目を凝らすと鍔の中央に透明な突起がある。それは剣柄に埋め込まれた棒状の魔晶石の、先端が露わになったものだ。グリップは純金の輝きを含み、螺旋状の加飾が施されている。鍔は花咲く蔦をモチーフにしたデザインで、流れるように剣柄へと繋がる。繊細にして精巧、そして悍ましいほどの殺傷力を秘めた危険な芸術だ。美しくも棘のあるフルスの雰囲気とマッチしている。

 ルシエンはフルスと一緒にエレベーターに乗り、二人きりの狭い空間で横に並んだ。フルスが立っている側の体が微かに熱を帯び始める。近くに居ることを意識する度に、ルシエンは白状しがたい感情のもつれを感じていた。不調和音を出して胸の底で何かが震えている。水の入ったワイングラスの縁をそっと叩いたときのような、先細くて儚い振動だ。それが近頃彼を煩わしているものの正体だと分かった。透明なのにモヤモヤとし、重いようで軽く、熱いようで冷たい。形の定まらない情緒が胸の中で蠢いている。

 ルシエンはやり場のない視線をエレベーターの階数表示に向けた。数十階もあるタワーマンションの頂上から地上までたどり着くのに果てしなく時間が掛かった。不思議なことに途中で乗り込んでくる人はいなかった。

 横にちょっとだけ目をやると、フルスもまたじっと階数表示を見つめている。歳はルシエンから計り知れない、長い時を生きてきた貴族のエルフで、帝国の高官だ。自分からあまりにもかけ離れた異質な存在だ。そう考えると不意に好奇心が湧いてくる。巨大な城壁の向こうで、フルスはどんなことを感じ、どんな生活を送ってきたのか。性別に囚われない感性に映る世界は、どんな形をしているのだろうか。想像を膨らませながら、ルシエンは階数表示に目線を戻した。


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