2ー2
薄暗がりの中、横に長いカウンター前の座高のある丸椅子に腰を下ろし、ギルグから水の入ったコップを一杯受け取ろうとしてげっと気づいた。
「まずい……アリスに何にも出してないじゃん、ここまで飲まず食わずだったのに……。今からでも何か軽いものとか出した方がいいよな? いや……でももう寝ちゃったかな……」
自分が特に空腹ではなく喉も渇いていなかったので気づくのが遅れた。考えると彼女の様子からして本当に家を出たならば食事もあまり取っていなかっただろうし、眠っていたとはいえ五時間弱も馬車に揺られていて喉が渇いていなかったはずがない。もう少しちゃんと気にかけてやるべきだったなと、水を飲む気力もなくなりうなだれた。
「……毎度のことながら気にかけすぎじゃない? もうこんな時間だし寝ちゃってるとは思うけれど、一日飲まず食わずだったところで人間どうにもならないわよ」
「そうだけど、そういうんじゃなくてだなぁ……」
決めたのは彼女だが、自分が提案して連れてきた。別に困っている人を探しているわけではなく、主に偶然出会った子が困っていたら同じように手を差し伸べてきた。訳ありだと思うので理由は聞かず、けれど大体疲れきっていたり憔悴していたりして向こうから言い出すことは難しいと分かるので、今までは意識して何か食べるかと聞いてはいたのだが。
「アリス…………彼女、全然疲れたような表情を出さないから……だから聞くのを忘れた……。いや疲れているんだとは思うけど、なんか……丁寧っていうかとてつもなく肩に力が入ってるっていうか……」
「ついさっき会ったばかりの人間相手に肩の力を抜けるわけないじゃない……何言ってるの?」
「そうなんだけど! もう少し気を楽にしてくれてもいいのになぁって」
「それはキョウヤの距離感の詰め方がおかしいだけ。いくら人と関わるのが好きだからって図々しすぎると嫌われるだけよ」
「ぐっ」
ぐさりと図星を刺されて猛烈に胸が痛くなった。そのまま部屋に戻ったかと思われたルチアが通路から現れる。
「ルチア、アリスを案内してくれて助かったよ。何か話したか? お腹空いたとか言ってなかった?」
「年頃の女子の会話を詮索してくる二十一歳独身男性」
「頼むから勘弁してくれ……」
「別に何も言ってなかったわよ。ちょっと大人しそうだけどちゃんとしているように見えたし、キョウヤ過保護すぎるんじゃない?」
「ルチアちゃんもそう思うわよねぇ。何かいつもよりも気にかけていない? 出会ったときのアリスちゃんの様子が酷かったとか?」
「いや……普通だったけど……」
コップに手を付けないでいるとギルグがごくごくと目の前で飲み干した。律儀にも報告だけしに来たのか、部屋に戻りたい様子のルチアが横目でこちらを見やってくる。
普通というより衝撃的だった。歌っていた曲は自分の国の曲で、この世界では自分しか知らない曲だったはずで。それを彼女がこの国の音楽性と混ぜたのか我流なのか分からないが、自らのものとして歌い踊っていた。誰に見せることもなく夜に一人で、冷静に考えると普通ではなかった。
「もう少し笑顔が見たいなって、そう思っただけだよ」
答えるとギルグとルチアは視線を交わせ、無言で似たように肩をすくめた。そのまま背を向けて去っていくルチアに大きくなったなと謎の感慨深さを覚えていると、思い出したようにギルグが口を開く。
「そういえばいつもの探し物は見つかったの? 今日は中央の下町を探してみるとか言っていたわよね」
「ああ」
そのことかと、椅子から下りて背伸びした。
「それがいきなり見つかったんだよ。だからもう、探すことに時間をかけなくてよくなるな」
へぇよかったわねぇ、との声に笑って頷く。
長年期待せずに時間が空いたときだけ探していたが、もう探さなくて済みそうだ。
心残りが消え去って、胸に穴が空いたように感じた。