表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/57

7ー10


 演奏してくれる楽団の人達と舞台袖で待機する。次が朝から開催されている歌踊大会の一番最後、私達の出番だった。

 髪も化粧も衣装もすべて完璧に仕上げ、残すところは本番のみだ。舞台上では現在も男女のグループが異国の楽曲を披露しているが、さすがに覗く余裕はまったくなかった。心臓が口から飛び出てきそうなほど緊張していたからである。


「ア、ア、アリスっ……もしかして、緊張してる?」


 震える声で話しかけてきたのはルチアだった。そういえば彼女は交流大会のときも緊張していたことを思い出す。大きな舞台では意外にもがちがちに緊張する彼女をかわいらしいと思う余裕もいまの私にはなかった。


「き、き、緊張するよ……! どっ、どうしようこれもうすぐ出番なのに」

「……………………」

「わっ……カロンちゃん!? ちょっと、大丈夫!?」


 カロンも初めての大舞台に石のように固まっていた。控え室にいたときはまだ平気な様子だったが、何度か経験のある私でもこれだけ緊張するのだ。彼女の気持ちは大いに理解できたが落ち着かせるすべを何も持っていなかった。


「あら? 皆さま緊張なさっているのですか? 審査を受けられるアリスさんならともかく、このような自由な大会のどちらに緊張する部分があるのです?」

「き、金髪お嬢様みたいにあたし達は図太い神経をしてないのよっ……! そんなこと言う暇があったら緊張をほぐす方法とか教えなさいよ! カロンのためにっ!」

「このようなときはやはり人肌の温もりが一番安心できるのではないかと思いますが、どうでしょうか?」


 と、こちらもまったく普段通りのエフィネアがカロンをぎゅっと抱きしめる。身長差があることで豊満な胸に顔が埋まりカロン始め身じろいでいたが、しかし心地よいのかエフィネアの背にそろそろと腕を回すとそのまま無言で抱きついていた。隣で見るとエフィネアの母性が溢れすぎて母娘のように見えてしまった。


「カロン、落ち着きましたか?」

「うん……ありがとう、エフィネア様。良い匂いで柔らかくて気持ち良くて、落ち着いた」

「まあ、それは良かったです」


 カロンの頭をひとしきり撫でると、次にエフィネアは逃げようとするルチアを素早く抱きしめた。文句など物ともせず問答無用で抱きしめてくるエフィネアに諦めたのか、ルチアも途中で沈黙する。そしてしばらくすると笑顔はこちらに向かってきて、どうすることもできず私は彼女に抱きしめられた。

 カロンの言う通り体は柔らかく温かくて、鼻をくすぐる良い匂いに違う意味でどきどきする。けれど正直吐きそうなほどだった緊張は少し和らぎ、冷えた指先にも体温が戻るようだった。


「首筋に口付けの痕はないのですね」

「!? なっ、何の話ですか……!?」

「あらあら、うふふ」


 何でもありません、ではない。体が離れるとまたもや違う意味で心臓が速くなった。別に昨夜は普通に眠っただけで何かがあったわけではない、両手でぱたぱたと顔を仰いでいるとイザベラが呆れたように腕を組んだ。


「ようやく落ち着かれたみたいですわね?」

「うん、おかげさまで」


 先程の硬直状態はどこへやら、けろっとした顔でカロンが返す。ルチアと見合わせて苦笑しながらも、カロンが持ち直してくれて二人してほっとした。


「ありがとうございますエフィネア様、先程よりもだいぶ落ち着きました」

「どういたしまして。アリスさんはわたくし達よりも緊張なさるかと思いますが、アリスさんなら普段の素敵な姿を客席の方々にお見せできると思います」

「エフィネア様のおっしゃる通りですわ。アルフェン様も見にきてくださるのですから情けない舞台なんて絶対に許されないのですわよ!」

「イザベラ様、空気をお読みになってくださいます?」


 目が笑っていない笑顔にイザベラがたじろぐ。そのやり取りを見ているうちに体の力も抜けてきたが、出番は刻一刻と近づいてくる。すると不意にカロンが口を開いた。


「そういえばこれまで歌った人達、みんなグループ名……? みたいなので呼ばれてたけど、わたし達そんなの決めてたっけ」

「えっ、何それ……そんなので呼ばれてた? あたし全然耳に入っていなかったから……」

「私も聞いてなかった……。もしかしてグループ名って決めておかなきゃいけなかったの……?」


 直前の初耳情報に、大会の詳細は主にイザベラが運営を通して持ってきていたのでみんなの視線が彼女に集まる。と、なぜかイザベラは得意気に長い金髪を払うと、腰に両手をあてて胸を張った。


「その件に関しては、あたくしが素晴らしい名前を決めて差し上げましたのでお気になさらず」


 はぁ!? というルチアの大声は舞台上の演奏によってかき消された。


「どうして金髪お嬢様が一人で決めてるのよ!?」

「ルチアさん、それはですね、イザベラ様もつい先程まですっかりお忘れになっていたからなのです。控え室へお入りになる前に運営の方に提出する書類があったのですが、その際に空欄があるとご指摘を受けられたので慌ててお書きになりまして……。このように問い詰められるのが嫌なので直前まで隠されていたというわけです」

「いっ、一応エフィネア様にもこれでよろしいかと確認しましたのよ!? あなた方三人は先に控え室に入られていましたし、すぐに提出しなければと思いまして……!」


 おろおろと慌てて書類に書き込むイザベラの姿が簡単に想像できてしまった。直前まで忘れていたのはまぁそれほど重要ではないのだろうからいいとして、エフィネアが頷いたのなら言っては悪いがおかしな名前ではないのだろうと安心する。


「そうなのですか……そしたら私達の名前は何にーー、」


 そのとき、大会の運営の人が私達に向かって声を上げた。


「次に出場される『ALICE』の皆さま、舞台袖近くにお集まりください! もうすぐ出番となりますので準備をお願いいたします!」


 その内容に、私はぽかんと間抜けに口を開けた。


「……アリスちゃんの名前がグループの名前?」

「言葉として発すればそのように聞こえるでしょうが、こちらにはちゃんとした意味があるのですわ。筆記体にしてALICE……皆さんの名前の頭文字を取るとそのように並べ替えられるのです!」


 既にこのような話をしている場合ではないのにルチアとカロンと顔を見合わせて考える。私がA……ルチアがL……と考えていくと確かにイザベラの言う通りになり、私はとてつもない感動を覚えた。


「本当だ……すごいですイザベラ様! 一瞬で思いつかれるなんて……! ただ私の名前になってしまったのがちょっと恥ずかしいけど……」

「何言ってるの? アリスがいなかったらあたし達はここにはいないし、審査員にもアリスの名前を印象付けられる良い名前だと思うわ。金髪お嬢様がぱっと思いついたにしては上出来ね」

「うん、わたしもそう思う……! ルチアちゃんに見せてもらった浮島のアイドル……の名前みたいでかわいいし」

「カロン、良いところに気がつきましたね。実はそうなのです、イザベラ様は短い時間でそのアイドルのような名前をと必死に頭を悩ませたのですよ」

「アイドルのような名前を、ですか?」


 問うと、イザベラは不敵に笑った。


「だって、あたくし達は既にこの国のアイドル令嬢ではありませんか」


 頼もしい断言に、私はすとんと腑に落ちた。

 私が好きになった歌は浮島のものだった。ルチアと出会いたくさん聴いた、きらきらと眩しい歌の数々は浮島のアイドルのものだった。それに憧れて曲を作り、歌詞を作り、衣装や振りを無心に作って楽しんでいたのは、そのように目を輝かせて楽しむ心を与えてくれたアイドルのようになりたくて、同じ気持ちを見てくれた人にも与えられるアイドルのようになりたかったのかもしれないと今更気づいた。


「……そうですね」


 この国の誰も、アイドルなんて言うものは知らない。もし審査に受かったとしても、私が一人きりでアイドルを続けることもない。


「イザベラ様の言う通りだと思います!」


 五人でいる現在だけがアイドルだった。最初で最後のアイドルの舞台がいまだった。

 胸に手をあてて息を吸う。ゆっくりと吐いてみんなを見回す。緊張して後ろを向いている者は誰もいない。みんなそれぞれの表情で笑い、私はぐっと手を握った。


「みんな……楽しもう! 最初で最後のALICEの舞台を!」


 明るい返事が力になる。そうして私達は名前を呼ばれ、舞台上へと一歩足を踏み出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ