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7ー5


 ラズベル公爵邸の一室で私とエフィネア、イザベラの三人は披露する二曲の伴奏について話し合っていた。ルチアとカロンの二人は伯爵邸で、私の家のメイドも交えて衣装作りの最中である。今日は役割を分担し別行動を取っている日であった。


「キョウヤ様のお母様の既存曲は、ピアノの伴奏だけでよろしいのですよね?」

「はい、歌の方を主に聴いていただきたいと思うので……。どなたかに伴奏をお願いできればと思うのですが」

「それでしたらあたくしの家の楽団がありますから問題ありませんわ。するとオリジナル曲の方はどうされるのです? 大講堂の舞台は上段と下段に分かれていますから、奏者が多くなったとしてもあたくし達が披露するにあたって何の問題もありませんけれど」

「そうですね……演奏してくださる方達がたくさんいらっしゃるのは有り難いのですが、あまり人数が多いと私達の声がかき消されてしまいそうなので……」

「アリスさんの言う通りですね、楽団の方が目立ってしまっては元も子もありませんので、奏でる楽器を選別するべきでしょう。基本となる旋律の楽譜をイザベラ様の楽団の指揮者様にお見せして、最低限の奏者を選んでいただければよろしいのではないでしょうか?」

「……そうですわね。そうしましたらエフィネア様のおっしゃる通りこの後にでも伺ってみますわ。本当は盛大な演奏を背後に披露したい気持ちもありますが、確かにメインはあたくし達で伴奏の方ではありませんものね」


 姿勢を正し、優雅に紅茶の注がれたカップに口をつけるイザベラと、そしてエフィネアにも今回は作曲を手伝ってもらっていた。二人共貴族の嗜みとして音楽の学はありピアノも弾ける。ルチアのタブレットでイザベラに浮島の歌を聴いてもらい、映像を観てもらった当初は目をまん丸くしていたが、やはり音楽に関しては異国のものでも興味を惹かれるのか、数時間後にはルチアに根掘り葉掘り尋ねていたことは記憶に新しい。ルチアも顔には出さないが、イザベラが否定せず興味を持ってくれたことに最初は嬉しそうにしていたが、あまりに長い時間聞いてくるので途中から投げやりになっているほどだった。それほど真剣に尋ねてくれるということはプロ意識が高く素晴らしいことではあったのだが。

 始めに私が考えて楽譜を書き起こし、そこに二人の意見を取り入れながら修正を重ねていく形となった。二つの国の色を取り入れ、しかしどちらにも染まることのない真新しい楽曲。特に躓くことなく基本は出来上がり、カロンを中心として意見を出し合った歌詞も既に完成していた。現在は衣装と振りを作っている段階である。

 キョウヤの母の既存曲については、こう言ってはあれだが歌詞を覚えるだけなので順調だった。知り尽くしている私が楽譜と歌詞を書き起こしてパート分けをする。歌を重視するので振りはほとんどないに等しく、練習の際は私達三人が交代で伴奏しながら歌を覚えていくが、全員が全員飲み込みが早いので二週間も経たないうちに形となっていた。衣装は一着だけでいいし、観客の心に訴えるような表現力を磨くという今後の課題はあるが、いまはオリジナルの方に集中できるようになっていた。


「わたくし、イザベラ様に謝罪しなければならないことがありまして」


 すると不意に、エフィネアがおっとりとした口調で口を開く。突然何のことだろうとイザベラを見ると、彼女も同じように不思議そうな表情をしていた。


「大講堂でお話したときに、歌踊大会で不正を行ったのはラズベル公爵家の雇用人の独断だったのかどうか、イザベラ様にしつこくお尋ねしましたでしょう?」

「そう……でしたわね? それがどうなさったのです?」

「あのときわたくしは、ラズベル公爵様も一枚噛まれているのではと疑っていたのです。アプライド前当主様から話を持ちかけられたのは雇用人の方かもしれませんが、公爵様はその雇用人の方から詳細をお聞きしていたのではと考えまして」

「……詳細を聞かれていたとして、お父様が一枚噛んでいるとは一体どのような意味なのですか?」

「一人娘であるイザベラ様を優勝に近づけさせるためにちょうど良く持ち掛けられた話に乗り、貴族がお一人……アリスさんが自ら出場を辞退するように仕向けたのではないかと疑っておりました。そしてその行いをイザベラ様もご存知なのではないかと」


 そしてさらりととんでもない話が飛び出てきて私は目を丸くしたが、イザベラの方が当然驚愕に目を見開いていた。エフィネアはつまりラズベル公爵は不正の事実を知っていて私情で加担し、それを身内のイザベラも知っていたのではと考えていたと暴露したのだ。娘を優勝に近づけるため、自分が優勝に近づくため貴族を一人落としたと。こちらとしては別に私を一人落としたところでという感じだが、それよりもわなわなと震えるイザベラを見て、彼女の自尊心が大いに踏みつけられたのではないかと心の中で冷や汗が伝った。


「ですが、その後こちらの庭園でイザベラ様のお話をお聞きして……。イザベラ様が努力を重ね、ご自分だけのお力で優勝されたことを知り、わたくしの考えがすべて間違っていたのだと気がつきました。大変失礼な疑いを持ってしまっていたことをどうか謝罪させてくださいませ。本当に申し訳ありませんでした、イザベラ様」


 イザベラが何か口を開く前に、エフィネアは膝の上で両手を揃え、深々と頭を下げる。唐突に打って変わった息をのむ空気に私ははらはらしながら見守るばかりだったが、そのようなことを今更わざわざ口に出さなくてもよかったはずなのに、律儀に伝えて謝るのは礼節を弁えるエフィネアらしいと思った。

 頭を上げる様子がない彼女を見て、私はちらりとイザベラを窺う。どうやら声をかけられるまで顔を上げるつもりがないことに気がついたのか、毒気を抜かれていた彼女は長い金髪を耳にかけると小さくため息をついた。


「あなたの良くないところも、昔から変わりませんわね」


 エフィネアが顔を上げ、きょとんと目を瞬かせる。


「およそ貴族令嬢がしなくてもよい様々なことに思考を巡らせて、人の内面を見透かしてくるような近づき難い瞳をして……。あたくしも友人と呼べる方は誰一人おりませんでしたけれど、エフィネア様も大概同じだったのではなくて?」

「あらまあ……ご存知だったのですね。わたくしにもお友達と呼べる方が誰もいらっしゃらなかったこと」


 えっ、と思わずエフィネアを見た。にこりと微笑み返してくる彼女にも、私とイザベラと同様に昔は友達がいなかった……。穏やかな物腰なのに意外だと思ったが、主に政治方面に博識な部分は確かに一般的な令嬢達とは合わないだろうと納得もできた。


「途中から気がついたことですけれど。まぁそれよりも、あなたがそのような考えをなさる方だということは存じていますので謝罪など結構ですわ。けれど、そのような考えをなさるから昔から周りに人が寄ってこないのでしょう? 時たまあたくしに説教のようなことをなさるより、まずはご自分の身を顧みた方がよろしいかと」

「……ありがとうございます、イザベラ様。わたくしのことを心配してくださっているのですね」

「へっ……!? どこをどう解釈なさったらそのような考えになりますの!?」

「ですが、大丈夫です。わたくしにはわたくしのことを理解してくださるイザベラ様がいらっしゃいましたし、それにアリスさん達は既にお友達ですわ。アリスさん達がどのようにお思いなのかは分からないですが」

「えっ……!? そんな、もちろん私も恐れ多いですが同じように思っています! ルチアとカロンちゃんもきっと同じ気持ちです」


 キョウヤの名前も言おうとして、二人の関係はルチアとカロンとは違いどのようなものなのか分かりかねるので押し黙った。友人とまでは言えなくてもどこかで会えば挨拶や世間話はする。赤の他人ではない、そのような関係であることは確かだと思ったが。


「ふふ、ありがとうございます。けれど数少ないお友達のイザベラ様のご忠告ですので、肝に銘じておくことにいたします」

「お友達……。っええ、そ、それがよろしいですわね!」

「無粋な考えと発言を許してくださり、どうもありがとうございました」


 再び深く頭を下げるエフィネアを、イザベラは何とも落ち着かない様子で眺めているのが私にはなんだか微笑ましく感じた。人はそれぞれ違うことが普通であるはずなのに、少し違うだけで周りと足並みを揃えるのがとてつもなく難しい。理由は様々であったが、同じような境遇を経験した私達が集まることになったのは何かの縁があったのかもしれないと思った。


「……それはともかく、明日は休日でしたわね。アリスさんは確か、一度南部領に戻られるのでしたわよね」


 こほんと一つ咳払いをしてイザベラがこちらを見る。明日は一週間ぶりにキョウヤと会える日で、ルチアとカロンも一緒にハミルトンで集まる予定だった。


「キョウヤ様はお元気でしょうか? 自由な時間を取ることが難しいとお聞きしていますが……。詳細は分かりませんが、キョウヤ様はハルシアに残るために忙しくなさっていらっしゃるのですよね?」


 エフィネアの問いに私は頷く。キョウヤが話してくれた詳細は彼女達には話していない。キョウヤはルチアにも話していなかったし、ルチアはルチアで彼がこれからハルシアに残るために努力をするという結論だけで十分だったようで、深く突っ込んだ話を気にする様子もなかった。なので浮島は消失する予定だが、キョウヤは大国に残るため忙しくしているという簡単な説明だけをしていた。


「はい、一日中部屋にこもって机に向かっているみたいです。私も何か手伝えたらよかったのですが、まったく力になれないようで……」

「あたくしはその、シノミヤ様のことはほとんど存じ上げませんけれど……想いを通い合わせているのならアリスさんの存在だけでお力になれているのではなくて?」


 すると突然、イザベラに恋愛経験者のアドバイスのようなものをされてびっくりする。目を瞬かせると彼女はむっと唇を尖らせたので私は慌てて口を開いた。


「そ、そうなのでしょうか……。この前も疲れた様子だったところを隣で話を聞いたりしただけなんですが……」

「それでいいのですわ! 弱っている殿方を隣で静かに見守り時に励ますのは淑女の努めっ! お二人の関係がどのようなものなのかは分かりませんが、シノミヤ様がハルシアに無事に残られることをあたくしは祈っておりますわ。そしていずれお二人は結婚なさって、アリスさんを任せられる殿方が現れたことに安心なさったアルフェン様に、あたくしはようやく想いを告げさせていただくというわけです!」


 ですからシノミヤ様を応援しておりますとどうかよろしくお伝えくださいませ、と意気揚々と早口で喋るイザベラにぽかんと口を開けてしまった。け、結婚とか……そんなまったく考えたこともない先の先の出来事を期待されていたなんて思ってもおらず、助けを求めてエフィネアを見た。にこりと美しい微笑が返る。


「わたくしの結婚式にはもちろんキョウヤ様にも出席していただければと思っています。ですからお二人の結婚式にはぜひともわたくしを招待してくださいね」


 両想いなら即結婚という貴族令嬢らしい考えは案の定彼女達にも染みついていたようで、言われるがまま教会の神父様の前で愛を誓い合う自分達を想像したら恥ずかしくなってしまった。別にプロポーズだってされていないのに。でも告白されたときの言葉はプロポーズのようだったなと思い返しては顔が熱くなり、私はぶんぶんと頭を振る。

 けれど彼と一緒に生きるということはそういうことだ。恥ずかしいけれどそれ以上にいつまでも想像していられるほど楽しい。何の問題も起きずに彼が無事にこの国に残ることができたら、想像ではなく現実の中でこれからたくさん楽しいことが待っているに違いない。

 エフィネアもイザベラも、キョウヤが無事に戻ってこられることを願ってくれていて嬉しかった。あと二週間とちょっと、私も少しでも良いものを披露できるように頑張ろうと気を引き締める。

 明日は彼とどんな話をしようか。考えるとどんどん力が湧いてくるようだった。



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