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7.ALICE


「ーーと、いうことがあって」


 向かいのカロンがこほんとかわいらしく咳払いする。


「アリスちゃんとキョウヤくんはお付き合いを始めたんだって」

「ぶっ!?」


 いままで何度も噴き出しそうになったことがあったが、さすがに今度こそ私は噴き出した。まだアイスカフェオレを口に含む瞬間でよかった、一応の伯爵令嬢としてとんでもなく恥ずかしい大失態は免れたと思おう。


「ちょっとアリスさんっ! さすがに貴族令嬢としての自覚が足りないのではなくて? そしてお付き合いを始められたとは一体どういうことですのっ!?」

「イ、イザベラ様、落ち着いてください……! それよりカロンちゃん!? どうしてそのことを……!?」

「……間違えた。いろいろあって、アリスちゃんとルチアちゃんとキョウヤくんは元気になったみたいだよ」


 にっこりとピースサインをするカロンは頭を撫でまくりたいほどかわいかったが、今回ばかりはわざと間違えただろうと思った。特に隠す気はないのですぐに分かることだろうと思っていたが、自分から墓穴を掘らされたような気分だった。

 浮島からハミルトンに戻ってきた二日後。私達五人は再びラズベル公爵邸へと集まっていた。ここは応接室の一つであり、ローテーブルを囲んで顔を突き合わせている。四日前のイザベラのうっかり失言によって一悶着あったが、問題なく解決したという話をカロンが簡潔に話している最中であった。

 のだが、カロンの冒頭の一言によってみんなの視線が集中する。いやでも気持ちを確認しあっただけでお付き合いを始めたかどうかは正直なところ分からない。なのでなんと返せばいいのか気恥ずかしくなりながら悩んでいたが、


「あの、カロンちゃんはその話をキョウヤさんから……?」

「うん、キョウヤくんから聞いたよ。心配かけちゃったけど、もう大丈夫だからって。キョウヤくんにもアリスちゃんにもルチアちゃんにも笑顔が戻ったから本当に良かった。すごく嬉しい」


 両手でコップを持ち、嬉しそうにしながらこくこくと中身を飲むカロンの言葉に思わず感激してしまった。少しでも疑うような気持ちを向けてしまった自分が恥ずかしくて教会で神父様に懺悔したくなった。


「ですが、それなら本当に良かったです。イザベラ様がうっかり失言なさったときのアリスさんとルチアさんのお顔は見ていられませんでしたから……。一時はどうなることかと心配しておりました」


 お付き合いという単語に反応して詰め寄ってきていた隣のイザベラが、エフィネアの視線にぐっと言葉を詰まらせると体を戻す。彼女に悪気はまったくなかったに違いないので、反対にこちらの個人的な事情に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちだった。


「エフィネア様、ご心配をおかけしました。イザベラ様も何も気になさらないでください。こちらの都合で不安にさせてしまって申し訳ありませんでした」

「……いいえ、あたくしから話してはならないことだったとエフィネア様からお聞きしましたので、その……まぁ……大変失礼をいたしましたわ」

「ただわたくしは自身の判断で黙っていただけでして、キョウヤ様に口止めされていたわけではありませんので、そちらは誤解なきようにお願いできればと」

「えっ、いえそのようなことはまったく何も思っていなかったので……! どうかもうお気になさらず……!」


 エフィネアが私達を気遣って黙ってくれていたことはもう分かっている。互いに頭を下げ合う形となり恐縮するばかりだった。


「まとまったところで、大会についての話し合いをしない? もう一ヶ月切っているし」


 そしていままで黙って成り行きを見守っていたルチアが口を開く。確かにそのために今日は集まったわけなので大いに賛成だった、決して話題をお付き合いから逸らしたかったわけでは……ある。


「ふふ、そうですね。ルチアさんも無事に普段の様子に戻られたようですし」

「その話はもういいわよっ。それより昨日アリス達と話して決めたことがあるの。カロンもそうだけれど、さすがに毎回南部と中央を往復するのは大変だから、大会まではアリスの家にお世話になることにしたのよ」

「まあ、アリスさんの伯爵邸に?」

「はい、お兄さまが当主となって一応私も戻れるようにはなりましたから……。一昨日手紙でお願いしたところ、昨日の夕方に大丈夫だという返事が届いたので、今日からは伯爵邸で生活をする予定です。その方がすぐに集まることができますし、練習場所もラズベル公爵邸の一室を常にお借りするわけにもいかないですから」

「それは良いことだと思います! わたくしも今日からは王城にてお世話になる予定なのです。大会を終えた後は結婚式に向けての準備も始まりますので、旦那様と仲を深めるためにもちょうどいいかと思いましたから」


 口元に手を添えてエフィネアが上品に笑う。最後の方は仲を深めることがついでのように聞こえたがまぁ……となると全員がセントレアに滞在できるということだ。カロンのココット家には大会に向けて外泊の許可をもらっているし、ハミルトンのギルグはお店を手伝えなくなることは問題ないと有り難くも理解を示してくれている。これなら負担なくいつでも集まることができそうで、練習も問題なく進んでいきそうだとほっとした。


「……しょ、少々お待ちくださる? アリスさん」


 ーーところで、なぜかイザベラが震える声で口を挟んできた。隣を見ると、言葉で表すことができない何とも複雑そうな表情をしていてぎょっとした。


「イ、イザベラ様? どうかされましたか……?」

「いま、伯爵邸にお世話になるとおっしゃいましたわよね? つまりそれはアプライド伯爵家にということですわよね?」

「そ、そうですね。一応私の家なので……」

「ええ、アリスさんはよろしいのですわ、血の繋がった妹君なのですから。ですが、あなた方お二人もこれから伯爵家にお世話になるというのですか? アルフェン様が住まわれる伯爵家でっ! アルフェン様が生活なさる一つ屋根の下の空間でっ!?」

「そうだよ」

「いいえっ! そんなこと許されませんわっ! お二方はどうぞ、ラズベル公爵邸で客室を用意させていただきますので、大会までそちらにてお過ごしくださいませ」

「はあぁぁぁ?」


 ルチアの盛大なはぁ? を皮切りに再び大会に関係のない言い合いが始まる。と言ってもやはりルチアとイザベラの二人が主で、私はとりあえずアイスカフェオレを口に含んだ。うん、美味しい。


「勝手に決めないでくれる? もうアリスのお兄さんには手紙で伝えて出迎えの準備もしてくれているみたいなんだから断れるわけないでしょ? それこそ失礼になるじゃない」

「で、出迎え……? ア、アリスさん? アルフェン様は確かとてもお忙しい方で、あまりお家にはお帰りにならない方だったのでは……」

「あ、はい、その通りです。前々から数日置きに帰ってくるような感じでしたが、今日は私達を出迎えたいから早く帰ると手紙に書かれてありました。大会までも出来る限り家に帰るようにすると」

「まあ、そうなのですか。そうしましたらお食事もご一緒されたりするのでしょうか? たまにはわたくしも皆さんとご一緒してもよろしいですか?」

「はい、それはもちろん構いませんけど……」

「というわけだから、金髪お嬢様の家に滞在させてもらわなくても結構よ! いろいろと残念だったわね!」


 最後は適当に煽ったルチアが捨て台詞のような言葉を吐く。見下すような笑顔はからかい混じりにやっているのだと分かったが、この場だけ見るとやはりどちらが高慢な貴族なのか分からなくなりそうで苦笑した。別に兄に会いたいのならイザベラも伯爵邸に来ればいいだけだとさすがに助け舟を出そうと隣を見ると、彼女はいまにも泣きそうにくしゃりと顔を歪めていて目を疑った。


「あ、あたくしも食事をご一緒させていただきたいですわ……。アルフェン様にお会いしたいのです……」

「「…………」」


 ルチアと神妙に顔を見合わせる。説明を求めてエフィネアを見るとにこりと笑った。


「イザベラ様はアルフェン様が関係することとなると、言い返すことができずに打たれ弱くなるのです。途端に恋する乙女となる姿は意外性があってかわいらしいでしょう?」


 普段とのギャップに胸が高鳴るというものですね、と楽しそうなエフィネアとしおらしくなったイザベラを見て、私とルチアは示し合わせたわけではないのに息を吐いた。やっぱりルチアよりイザベラの方が貴族のご令嬢なのだなと思った。


「アリスちゃんのお兄ちゃんも、イザベラ様も、みんなで一緒にご飯を食べればおいしいよ」


 そうしてなぜか決定権の強いカロンの言葉にイザベラは感激したようで、私は心の中でうまくまとめてくれたことに感謝した。しかしイザベラのこちらの顔は兄も知らないものであるはずで、知れば確かに守りたいような気持ちを持つかもと分からないわけではなかったが。

 話題があちらこちらに移って一向に話が進まない。でもまぁいいかと私は一息つくことにした。








「中央の歌姫であるあたくしがあなた方と舞台に上がることになりましたので、基本は一グループに一曲ですが、あたくし達は特別に二曲披露して良いことになりましたわ」


 一人で弱って一人で持ち直したイザベラが足を組んで鼻高々に言う。元々特別枠として出場するはずだった彼女が私達と一緒に舞台に立つことになり、それによってもう一曲披露して良いことになるとは素直に有難いと思ったが。


「一緒に歌うことなんて二日前に決めたばかりなのに、もう運営側にきっちり申告してるの早すぎない? どれだけ楽しみにしてるのよ」

「あ、あたくしが特別枠で出場しないことを早めにお伝えしただけですわよっ! それでですね、二曲となりましたので順番も最後となりました」

「さ、最後ですか?」

「ええ! 多くの参加者が歌い踊った後の大会の集大成! 締めくくりに相応しい華のある最後ですわ!」


 大仰に声を上げるイザベラは目立つことが好きなのかとても楽しそうにしていたが、私は最後という順番にいささか緊張した。自分達が一から作ったものを大会の最後に見てもらう……。いま考えただけでも体が少し強張ったが、ふと曲に関して思いついたことがあった。


「順番は何でもいいけれど、曲数については分かったわ。そうしたらアリス、曲についてはどうするの?」

「そうだね……一曲は作れたらと思うけど、もう一曲は」


 みんなを見渡して、私は思いついたことを提案する。


「もう一曲は、私が元々大会で披露しようとしていた曲をみんなと歌いたいなって思ったの。浮島の曲なんだけど、その曲を作られた方はキョウヤさんのお母様みたいで」

「……キョウヤくんのお母さん?」

「うん。キョウヤさんのお母様がご自分で作られて歌われていた曲で、いろいろあって私はその曲を知って、それを大会で歌おうとしていたの。練習してきたのに歌えなかったのもあるし、キョウヤさんに見てもらいたい気持ちも正直ある……。けど、本当に素敵な曲だったからみんなで披露できればって、いま思いついたりしたんだけど……どうでしょうか」


 私の気持ちですべてを決めてしまうのは良くないので、一つの案としてみんなの意見を伺った。特にイザベラは私達と一緒に舞台に上がると決めてくれたとはいえ、歌踊に対する考え方も価値観も愛し方も私とは種類が違う。みんなが他にやりたいことがあるのならそちらも尊重したかったので、正直な気持ちが飛んでくることを期待したのだが。


「あたくしはそれで良いと思いますわ。アリスさんが元々披露される曲でしたのなら興味もありますし」


 意外にもさらりと賛成してくれたことにこちらの方が拍子抜けしてしまった。


「そうですね。二曲を一から作り上げる時間はさすがにありませんから、一曲は既存のものでよろしいのではとわたくしも思います」

「キョウヤのお母さんのことについては初めて聞いたけれど……まぁそれも含めてその曲でいいんじゃない? ハルシアの曲調を若干取り入れたりすれば金髪お嬢様も納得するだろうし、元々独唱曲なら五人用にパート分けすれば覚えるのも難しくならないと思うしね」

「わたしは、アリスちゃんがやりたいと思うことを一緒にやりたい。覚えるのは苦手だけど頑張って全部覚えるよ」


 口々に肯定してくれて、私はじんと胸が熱くなった。

 だってまだ出会って数ヶ月も経っていない。それなのに自分の意見をはっきりと伝えながらも賛成してくれるなんて、この場には真剣に素晴らしいものを作り上げようという気持ちを持つ素敵な女の子達しかいなかった。


「……アリスさん?」


 イザベラが不思議そうな顔をして覗き込んでくる。彼女に新しい道をと二日前は偉そうにも考えていたのに、その新しい道で新しい景色を見させてもらえるのは私の方だった。


「いえ……賛成してくださって、ありがとうございます」


 深々と頭を下げたが、もう一度言葉にしたくなった。


「ーーみんな、本当にありがとう」


 顔を上げ、自然な笑顔を浮かべられる。誰も大会後のことは何も言わない。これが最初で最後の五人の舞台だとしても、終わりも絶対笑顔で迎えることができるだろう。そんな確信を私は胸の中に強く抱いた。



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