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6ー10


 いろいろと決めたことをルチア達にも話しておこうと、私達は一度ハミルトンへ戻ることにした。島に来たときと同じ開けた広場の中心へ着くと、来る途中に落下するような浮遊感を味わったことを思い出して少し及び腰になってしまう。どういう原理か分からないがどこかに落ちることは絶対になく、時間にしても数秒ほどだと教えてもらったのに、心臓は勝手に速くなり緊張することを抑えられなかった。


「手、繋ぐ? それともぎゅって抱きしめようか?」


 怖く思ったことを覚えていてくれたキョウヤが気遣ってくれる。からかっているわけでは決してないと分かるので、私は違う意味でどきどきしながらも素直に甘えることにした。無言で近寄ると腕の中にすっぽりとおさめてくれる。温かくて安心して、今度は恐怖なんて感じる間もなくロランドの湖畔へと到着していた。


「戻ってきたよ、アリス。……やっぱり自然があると気持ちいいな」


 実感がこもったその言葉に私も大いに共感した。離れながら周りを見渡すとそこは慣れた景色であるはずなのに、初めて訪れるような感慨深さを心の奥に感じたからだ。

 頬を撫でる風、それによって揺らめく湖の水面、木々の緑は目に優しく、太い幹からは生命の力強さが伝わってくる。土を踏みしめる感触、雑草の間からひとりでに成長して開く花々。降り注ぐ太陽の日差しは眩しく肌にじんとした暑さを感じ、空を飛ぶ鳥の鳴き声と名も知らない虫の声が、いまはとても尊いものであるように感じた。

 ちらりとキョウヤの横顔を見やる。全部だなんて言えないけれど、改めて彼の気持ちが分かった気がした。決して浮島が素敵ではない場所というわけではない。ただ、たった一日あの人工的な島にいただけで、こんなにも自分の生まれた国は生きていたのだということを実感した。そしてやっぱりキョウヤにも、これからはこの国の一人として生きてほしいと改めて強く心に思った。


「はい……。私、こんなに自然が生きているんだって感じたのは初めてです。この気持ちを知ることができたのも、キョウヤさんと出会えたおかげですね」

「……アリス」

「ありがとうございますキョウヤさん。……それじゃあ、ハミルトンに戻りましょうか」

「ーー待って」


 自然を楽しみながらゆっくりと戻ろう。そう足を踏み出そうとすると、呼び止められて私は振り向く。そして見上げた目の前の彼は珍しく緊張しているような、けれども真剣な面持ちであった。


「アリス。俺は、君が好きだ」


 その告白は風に乗って、はっきりと私の耳に届いた。


「一人の女性としてそばにいてほしい、そばにいたい。一緒にいろんなことを話して、ご飯を作って食べて、笑い合って生きていきたい。君の歌を聴いていたい。……君の笑顔を、これからもずっと見ていたい」


 彼が小さく息を吐く。そして次に浮かべられた笑顔はとてもやわらかく、優しく、私が大好きなものだった。


「アリスとずっと一緒にいたいから、あと一ヶ月。俺、本気で頑張るよ!」


 清々しい意志の強さに、私は無意識に自分の胸に手をあてる。様々な感情が去来して胸が詰まり、考える前に口が勝手に動いていた。


「私も……! 私も、キョウヤさんのことが好きです、大好きですっ……! 同じですっ……私もずっとキョウヤさんの隣にいたい……」


 しかしまっすぐ見つめてくる視線が急に猛烈に恥ずかしくなり、徐々に下を向いてしまう。胸の鼓動はおさまらないし顔も熱い。言いたいことはたくさんあるのにうまく言葉が出てこなくて、けれどそんな私の片手を取って優しく握ってくれる彼に、胸がぎゅっと締めつけられてとてつもなく痛かった。


「全部好きです。明るいところも、不安になっているところも……。私と楽しそうに話してくれるところも全部、全部……。お、男の人としてっ、大好きです……」


 顔から火が出そうになりながらも、どうしてもそれだけは伝えたかった。同じように親愛としてではなく、異性として、私も好きになったのだと。


「…………こんな気持ち初めてだ」


 不意にぽつりとキョウヤがこぼしたので、私は反射的に顔を上げる。


「ーーありがとう。本当にすっごく嬉しいよ!」


 そして頬を紅潮させ、言葉の通り本当に嬉しそうに笑う彼の表情を目に映して、私は込み上げる感情にたまらなくなってその体に抱きついた。再びぎゅっと優しく抱きしめ返してくれる。

 初めて誰かを好きになった。家族としてではなく、友人としてでもないこの気持ち。出会ってからたった二ヶ月。いままで生きてきた年月に比べれば本当に短くて、けれど本当に大切になったこの二ヶ月。


「もうちょっとここにいようか」

「……うん」


 肩口に顔を埋めながら、はぁと静かに息を吐く。大きな手のひらに頭を撫でられるのがどきどきするけれど心地よかった。


「あったかいね。…………離れたくないな」


 私も同じ気持ちだと抱きしめる腕に力を込める。それだけで伝わったのか、うん、と優しく頷いてくれるその声も本当に好きだなあと思った。

 湖畔には風にそよぐ葉のざわめきだけが聞こえる。そうして私達はしばらく抱き合い、互いの温度を感じていた。



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