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6ー8


 電気を消した暗闇の中ベッドの上に座り込んでいる。とうに日付は変わっていたが眠気など訪れず、頭の中はずっと彼女のことばかり考えていた。

 散歩に誘ったのは自分だったのに、結局すべてアリスに甘えた。あれから何時間も経つのに、彼女の言葉も温もりも何もかもが鮮明に思い出せる。いまは空いていた部屋で就寝しているのだろう彼女のことを思うと、いままでこの家には自分一人しかいなかったことも合わせて、何度も胸が掴まれたように苦しくなった。抱きしめていた体を離すときも離れたくないと思ったし、穏やかな微笑みを浮かべてまだ気遣ってくれる彼女と一緒に眠りたいとも思った。さすがに口には出さなかったが。

 けれど、こんな弱い部分もアリスはすべて受け入れてくれたからこそようやく心のもやは晴れ、自分にも見えなかったやるべきことがはっきりした感覚がする。彼女と話したことで苦しかった感情は徐々になくなり、ただ愛おしい気持ちだけがそこに残った。

 欲しい言葉をすべてもらった。返すために、やることはもう一つだけだ。


「…………ジン」


 小型の通信機に向かって声をかける。返事はないが向こうは聞いている。いままでもずっとそうだった。


「朝、俺の家に来てくれ」


 それだけ言うと電源を切った。もう使うことはないだろうと机の上に投げ、それは転がって床に落ちた。

 他に方法はないかと考えても、この島の仕組みを理解していなかったために何も浮かんではこなかった。しかし日中アリスとジンについて話をしていて、なんとなくだがジンなら何か詳しく知っているのではないかと不思議と初めて思ったのだ。

 彼女も一緒に考えると言ってくれた。あと一ヶ月、まだ一ヶ月ある。

 俺がこの世界に残れる方法をなんとか見つけ出す覚悟を決めた。








 かすかな鳥の鳴き声も聞こえない。ふとまぶたを開けるとカーテンの隙間から白い光が差し込んでいた。ゆっくりと体を起こすとベッドが軋む。柔らかいが弾力もあり、とても寝心地がよくて昨夜は一瞬にして寝入ってしまった。

 いまは何時なのだろうかと慣れない部屋の中で時計を探していると、大きな音が一定間隔でこちらへ近づいてくるように聞こえた。誰かが階段を上ってきたのかとまだうまく働かない頭でぼんやりと考える。と、その音がさらに近づいてきたと思うと突然部屋の扉を開けられて、そこに立っていたジンと視線ががっつり交錯した。


「…………」

「…………」


 何の感情も見えない暗い瞳と見つめ合う。久しぶりに見たような気がするジンは初めて会ったときと寸分変わらず、初夏となっても黒一色の余裕のある異国風の服装に、長い髪も無造作に頭上に結い上げていた。何か違いがあるとすれば、私が以前見て気絶した八重歯を剥き出しにした悪鬼の仮面を、腰に巻かれた帯のようなものから紐でぶら下げていたことだけだ。広がる袖と、まるでスカートのように幅広い裾のある衣服は、改めて見るとやはり不思議なものだと思った。


「おいっ!」


 と、不意の大きな声に私ははっと我に返る。足音荒くやってきたキョウヤはなぜか大急ぎでジンを廊下に引っ張り出した。


「何でそこの部屋を開けるんだよっ、俺がいる場所は分かってるだろ!」

「分からない、昨夜お前が通信機の電源を切ったんだろ。だから探そうとしただけだ」

「だったら先に俺の部屋かメインコントロールだろ! それか扉を開ける前にノックをしろ!」

「この家にはお前一人しかいないのになぜノックなんてしなければならない?」

「だからいまは一人じゃないからっ……! っ……アリスごめん、朝からこいつがうるさくてーー、」


 扉の隙間から同じくまだ寝巻き姿のキョウヤと目が合う。すると彼はとんでもない速さで扉を閉めた。


『ーーごめんっ! その、支度はゆっくりでいいからね!』


 そして扉越しの二人の声が遠ざかっていく。一体何だったのだろうかと何気なく首元に手をやって、寝巻きが大きく乱れていることに気がつき硬直した。

 慌てて見下ろす。店からの借り物で少し大きかったからか左肩は丸見えで、下着の肩紐が覗いていた。寝るときに襟元のボタンが若干窮屈に感じたので何個か外したことが原因である。起きたばかりで髪もぐしゃぐしゃであるだろうし、さすがにはしたない格好を見せてしまって恥ずかしくなった。キョウヤの気遣いに感謝である。

 それよりも突然ジンが現れたことに驚いた。昨日の話もあってもしかしてキョウヤが呼んだのだろうか。しかし先程の彼はジンとのやり取りを聞いただけだが、昨夜までの儚げな印象は消え去って少し持ち直しているように見えた。急いで元気にならなくてもいいと思うが、気持ちが前向きになってくれたのなら嬉しいことだった。

 一緒に考えると伝えた以上、力になるためにどんなに難しいことでも頭を働かせなければいけない。どれだけ大変だとしても隣で支えると心に決めたのだ。自分自身にそう改めて確認すると、私はベッドから下りて身支度を整え始めるのだった。



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