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6ー4


「ここは……洋服屋さんですか?」

「ああ、欲しいのがあったら自由に持っていっていいよ」


 驚くことを言うキョウヤが一歩踏み出すと、ガラスのような透明な扉がひとりでに開いてびっくりした。ドアノブを回してもいないのにどうやって……と考えている間に中へ入っていくので慌てて続く。店内は壁際に沿ってずらりとたくさんの衣服や小物、鞄や靴などが並べられており壮観だった。ただ、ここにも人は誰一人いない。


「アリス、こっち来てみて」


 促された店の中心には四角く太い柱があり、それぞれの面には大きな鏡のようなものが埋め込まれていた。彼の身長よりも高く、私達や店内の景色が反射して映し出されている。自分の全身を眺めるのは久しぶりだったので、なんとなく変じゃないかと確認してしまった。


「ここで着てみたい服を声に出すとね、映像の中で試着できるんだよ」

「……? どういうことですか?」

「例えばそうだな……真っ赤なドレス」

「えっ……!? ど、どうなって……!?」


 彼が何気なく呟くと、鏡の中の私は社交界で着用するような赤いドレスを身にまとっていた。腕や体を動かしてみても、袖や裾は布を翻して追いかけてくる。何かいい感じの装飾品、とのキョウヤの注文に耳飾りや首飾りが勝手に身につけられたのは、私の常識を範疇を超えていてもう意味が分からなかった。


「やっぱりアリスは赤が似合うよね! 実際に着ているところも見てみたいけど……着てみる?」

「ちょ、ちょっと待ってください。その、これは一体」

「俺のとこの店がどんな感じのか知ってもらいたくて。こうやって試着して、欲しいって思ったらこのまま一色買えるんだよ。それで家まで勝手に送ってくれるんだ」


 すぐさま処理できない情報が次から次へと飛び出てくる。けれどキョウヤが自分の町について教えてくれていることの方が大事なので深く考えることはやめにした。


「じゃあ、キョウヤさんもこっちに立ってください」


 だったらと、彼の腕をさりげなく引っ張る。え、と若干戸惑うような声を上げたが聞こえない振りをした。


「えっと……白を基調とした正装」


 いつも動きやすそうで楽そうな格好をしているので、きっちりと着込んだ姿を見てみたいと声に出す。すると本当にこちらの声に合わせて、映像のキョウヤは貴族が社交界で着るような正装姿となっていた。


「うわ……似合わない……」

「そんなことないですよ! この跳ねてる髪をもうちょっと……」

「わっ」


 手を伸ばしてところどころ跳ねている毛先を撫でつけてみるが、癖が強いからか何も変わりそうになかった。それでも似合っていないことはなく新鮮で、私は他の色やネクタイの種類、手袋の有無など、もっと似合っていて格好いい姿が見たくて気になったことすべてを試してみる。口に出してはすぐに反映される現象がまるで絵本の中の魔法のように感じられて、だんだんと一人で楽しくなっていってしまった。


「アリス……」


 そうしてキョウヤに名前を呼ばれてはっとする。いつのまにか彼を棒立ちにさせたまま、着せ替え人形と化させてしまっていたことに気がついた。


「す、すみませんっ! 私キョウヤさんの服装で遊んでしまって……」

「いやそれは問題ないんだけど……楽しそうだね?」

「あ、はい、えっと……楽しかったです……」


 一人で勝手にはしゃいでいたことに恥ずかしさを覚えたが、キョウヤは先程と同じように嬉しそうに笑った。


「楽しそうでよかった」


 まだ続ける? と聞かれたので首を振る。不思議な気持ちになりながらそのまま店を出ることにした。








 床のような硬い地面を音を鳴らして歩く。土でも木でも石でもないそれは外を歩いているのに建物の中を歩いているような感覚で、汚してはいけない気持ちになる。公園のような広場には花壇が並び、色鮮やかな花が咲き誇っているのが遠目からでも見える。世界が同じなら初夏であることも同じだと思うのに、空からの日差しに暑さは感じず、とても過ごしやすい気候となっていて不思議に思った。川の流れは穏やかで、水面に蓮の花がゆらゆらと揺れていた。


「キョウヤさん、このお店は?」


 服屋を出て歩いていると、私は一つの建物に目がいった。通りに面したガラスの内側に様々な料理の見本みたいなものが並んでいる。それぞれに番号が振ってあり、お菓子やケーキなどの甘いものも並べられてあった。


「もしかして飲食店ですか?」


 足を止めてキョウヤに尋ねると、なぜか彼は微妙そうに苦笑いをした。意味が分からず首を傾げると言いにくそうに口を開く。


「あー……まぁそんな感じかな。俺もたまに戻ってきたときはここで食べたりするんだけど……」

「……けど?」

「美味しくない。食べてみる?」


 ばっさりと言い切られてから尋ねられると躊躇ってしまう。けれど彼がどのようなものを食べているのかも私は知りたいと思った。


「はい、食べてみます」


 えっ、と驚く声を背に、自動で開かれる扉に再び肩を跳ねさせながら中に入る。こじんまりとした店内はやはりというべきか無人で、カウンターの真ん中には大きなタブレットのようなものが設置してあり、暗かった画面は私が来たことでか明るくなった。

 しかし決めたものの購入の仕方が分からず悩んでいると、キョウヤが番号を言うだけだと教えてくれた。朝食は軽く食べてきたのでラッピングされたクッキーを選ぶと、なんと天井の一部が下りてきてらその上にクッキーが乗っていた。恐る恐る手に取ると天井は元へと戻っていく。何もかもが規格外だったが、手の中のそれは作り立てなのか温かかった。

 そういえばお金を支払っていないことを尋ねるとなぜか必要ないとのことで、そのまま外に出るキョウヤの後をひやひやしながら追いかけた。川が流れる通りのベンチに並んで腰かけ、泥棒だと誰かが追ってくることもなかったのでほっと息をつく。でも結局はその誰かをいままで一人も見かけていないわけだったが。

 とりあえず私は困ったように微笑むキョウヤの隣でクッキーの袋を開けてみる。まだ温かいのに香ばしい匂いも甘い匂いも何も漂ってこなかった。けれど彼がたまに食べているのなら口にしても大丈夫なのだろう。意を決して五枚のうちの一枚を口にし咀嚼すると、キョウヤの感想がなんとなく理解できるような気がした。


「…………味があんまりしないですね」

「だろ? 店長が作ってくれるものに慣れちゃったからさ、昔は普通に食べてたけどいまは美味しくなさすぎて食べたい気持ちにならないよ」

「どうしても食べられないわけじゃないですけど……」


 薄味というか、味はするがとにかく微かにしかしなかった。明らかに材料が不足しているような、水分も飛んでぱさついているような食感だった。ただどうしても食べられないものではない。元々薄味の方が好みであるし、自分が作ったとしたら始めはこんな風になるんだろうなと謎の親近感も少し覚えた。


「でも、昔からずっとこうなんですか? 誰かが作っているのなら改善されていくような気もするんですが……」

「そうだね。でもあれは誰かが作っているわけじゃないんだよ、全部機械が作ってるんだ」

「機械……?」

「アリスもさすがにおかしいって思ったよね? この町に全然人がいないこと」


 ようやくその話題が出てきてどきりとした。何かこの島の核心に触れるようなそんな予感がした。


「この町だけじゃない、この地方、君達が言う浮島にはね……俺しか生きていないんだ」


 キョウヤは寂しそうに、けれど既に諦めて受け入れているように、そして笑ってくれなくてもいいのに笑みを浮かべた。


「いま浮島で生きている人間は、俺と君の二人なんだよ」




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