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5ー4


「それで、お話とは一体何なのでしょう? あたくし、このように見えて忙しい身なのですけれど」


 花壇に咲き誇る色とりどりの花に視線を移しながらイザベラが口を開く。訪問して案内された庭園は公爵邸の敷地内であることが信じられないほどに広大で、花を鑑賞しながらティータイムを楽しむためか、白く丸みを帯びた屋根の東家が見える範囲でも複数建てられていた。

 追い返されるかとも思ったがエフィネアが言った通り意外にも出迎えられ、花びら一つ落ちていない石畳の上を私達は距離を開けながらゆっくりと歩く。花が好きなエフィネアと物珍しそうに庭園を見回すカロンは純粋に景色を楽しんでいる様子で、私が再び話してみようと決めて訪れたので話をしなければならなかったのだが、どのように切り出せばいいのか頭を悩ませていたところだった。


「あなた、アリスのお兄さんが好きなのね」

「え…………へっ!? すっ…………! ひぇっ……!?」


 唐突にルチアが声をかけるとイザベラは驚愕に目を見瞬き、その顔が見る見るうちに赤く染まっていく。先程兄と対面していたときよりも分かりやすい動揺ぶりに、こういうところは物凄く女の子なのだなあと冷静に観察してしまった。


「な、なんっ……! のことですの、と、突然……」

「申し訳ないけれど、さっきあなたとアリスのお兄さんが話していた内容聞いちゃったのよね。あなた達が話していた近くの馬車にあたし達乗っていたから」

「えっ……!? な、なんですって!?」

「それで単刀直入に聞くけれど、あなたはアリスのお兄さんに気に入られたいからアリスを手助するようなことをしたってことなのよね?」

「そっ、そのような物言い……! 失礼にも程がありますわ!」


 イザベラが顔を赤くしたまま憤慨し、エフィネアとカロン突然の大声にこちらを振り向く。ルチアは大講堂にいたときよりも冷静で、ただ淡々と事実確認をするような口調であった。


「気に入られたいだなんて……! あたくしはアルフェン様がどれだけアリスさんのことを大切に思われているかを昔からよく知っているのです! 不正を行ったのはあたくしの家の雇用人なのですから、責任を取って公平な措置を下すのは当然のこと! 私情で挟んでの対応などと思われてはたまったものではありませんわ!」


 大きく肩を上下させるが、私はルチアと視線を交わす。何か勘違いをしているようだったので口を挟むことにした。


「イザベラ様、勘違いをさせてしまったのなら申し訳ありません。その、私はイザベラ様が兄から好感を得たくて行ったことでもまったく構わないと思っています」

「……え?」

「それはともかくとして、イザベラ様が大会の再開催に関してラズベル公爵様に口利きをしてくださったこと、私が審査を受けられるように打診してくださったことのお礼をお伝えしたくて、もう一度訪ねさせていただいたのです」


 先程の大講堂でのような敵対心はないと努めて穏やかに伝えると、まなじりをつり上げていたイザベラは眉を下げて困惑したようであった。

 別に、兄に気に入られたくて私を利用しているのだとしてもこちらは全然構わない。私が言うのもあれだが、彼女の話と行いにはしっかりと筋が通っているからだ。これがただ自分を好いてほしくて公爵令嬢という肩書きを利用するような人物なら、兄だってあれほど頭を下げて感謝をしたりしないだろう。道理にかなっているのなら、そこに好かれたいとう微笑ましい私情を挟むのは特に問題なんてないと思った。


「改めて、気にかけていただきありがとうございます。そしてその、盗み聞きのような真似をしてしまい大変申し訳ありません」

「…………」

「ついで、と言ったら聞こえが悪いのですが、イザベラ様に一つお聞きしたいことがあるのです」

「……何でしょうか」

「私達に話してくださった内容と、兄に話された内容、どちらがイザベラ様の正直なお気持ちなのでしょうか?」

「……!」


 尋ねると、イザベラはばつが悪そうな顔で目を逸らす。エフィネアからどちらも本心であることを聞かされていたが、彼女の口から直接聞いてみたいと思った。


「イザベラ様が私のことを……私達のことをどのように思っているのか、本心をお聞きしたいと思ったのです」


 中央の歌姫となり、伝統的な大国の曲を重んじて声を響かせる。中央の歌姫となりながら、私達を羨ましいとやわらかく微笑む。

 大会には歌姫として当然彼女も出場するのだろう。おそらくは最初で最後の何の縛りもない自由な大会。楽観的な考えかもしれないが、私達の舞台を素敵だと言ってくれた彼女と本心から分かり合えたらと思ったのだ。


「イザベラ様、お話ししてみてはいかがでしょうか?」


 不意にカロンと共にこちらの様子を見守ってくれていたエフィネアが口を切る。


「子供の頃から現在に至るまで、あなたが思い感じたことを語るときが来たのではありませんか?」


 そっと背中を押して諭すような口調に、イザベラは下を向いたまま唇を引き結ぶ。お腹の上で組まれた両手に力が込められるのが見ていて分かった。


「……別に、特別変わった話などあたくしにはありません」


 ぽつりと漏らされた声は激情が落ち着き、自分自身に言い聞かせるようだった。


「ただ、アルフェン様に大切にされているあなたが羨ましくて、憎かっただけなのですわ」








『初めまして、イザベランカ・ラズベル様。俺はアルフェン・アプライドと申します。本日からあなた様の護衛をつかまつりました。まだ見習いの若輩者ですが誠心誠意努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします』


 そう言って深く腰を折った金髪の青年を、十一歳のイザベラは王子様のようだと思った。

 十六歳になったばかりのアルフェンは、まだ騎士団に入団したばかりの見習いだったが、飛び抜けた優秀さとその腕を買われ、ラズベル公爵家の一人娘であるイザベラ付きの護衛を一任された。それほど歳が離れていないこともありイザベラはアルフェンによく懐き、アルフェンもまた自分が守らなければならない小さな令嬢のことを深い意味はなく大事だと感じていた。


『イザベランカ様は歌がお得意なのですね。俺の妹も歌が大好きでよく歌っているのですよ』


 ある日、もはや日常となっている歌のレッスンを終えた後にアルフェンが話しかけてきた。そこで初めて彼には自分より一つ下の妹がおり、その妹も自分と同じように歌が好きなのだということをイザベラは知った。

 アルフェンの妹の名前はアリスと言った。

 興味が惹かれ一度会ってみたいと思ったのだが、彼女はほとんど社交界に出ないのだという。顔を出しても伯爵位以下の家が主催する規模の大きくないパーティだけで、それもアルフェンに言われてようやく腰を上げるのだということだった。貴族の令嬢は社交界でいろいろな人と親交を深めることが大切だと思うのに、彼女はとんだ怠け者なのだろうか。と思ったことはアルフェンの手前さすがに口には出さなかったが。

 そしてそんなイザベラには友人と呼べる者が一人もいなかった。良くも悪くも思ったことをそのまま口に出してしまうからである。例えば誰かの容姿を褒めながら服装を貶し、誰かの日頃の行いを感心しながらそれ以上の欠点を突く。そうしているといつのまにか周りから誰もいなくなり、一度だけアルフェンから真剣に諭されたことがあった。イザベラも同じように真剣に受け止めたがその時点で既に誰からも避けられており、公爵家同士の社交界でたまに顔を合わせる、南部領のエフィネアだけは唯一会話してくれる相手となった。


『イザベランカ様、明日から俺は主に王家を守護する任務へと移らせていただきます。今日までこのような俺に良くしてくださいまして、本当にありがとうございました』


 それから三年後、イザベラが十四歳となった頃、アルフェンは彼女専属の護衛ではなくなり、公爵邸から姿を消した。

 途端にイザベラの世界は灰色になり、諭された話し方も元に戻ってしまったが、一緒にいられる方法を一つだけ思いつく。婚約者となり結婚すればいいのだ。公爵家の令嬢と騎士団の護衛という関係では難しかっただろうが、伯爵家の子息であれば何も問題はない。婿として迎えるのもいいが、自分が伯爵家へ嫁いでもいい。なんと良い案が浮かんだのだろうと当主である父親に提案すると、にべもなく却下された。


『お前は公爵家の娘だというのに伯爵家のもとへ嫁ぐだと? 馬鹿げている。お前の相手は王家の人間以外有り得ない、私が見繕ってやるから黙って愛想を浮かべていろ』


 その物言いにイザベラは憤慨し、相手が王族であろうが用意された縁談すべてを顔も見ずに断り続けた。それが一年も二年も続き、さすがに辟易したラズベル公爵は彼女に一つの案を出した。


『ならば次の歌踊大会で優勝しろ。運営を一任されている家の名をかけて。そうすれば自由を許してやる』


 イザベラにとっては喜び以外の感情が湧かない条件であった。何せ子供の頃から人一倍歌を練習してきたのだ。練習が日常であることも通り越し、歌はもはや自分の一部となっている。家名の圧力があろうがなかろうがイザベラはいままでしてきた努力からの自信で溢れ、優勝することを信じて疑わなかった。

 進む道が見え、淑女としても成長してきた頃、同じく成長して精悍な顔つきとなったアルフェンと、所有で訪れた王家の敷地内でばったりでくわすことがあった。


『お久しぶりです、イザベランカ嬢。お元気だったでしょうか? 最近、人づてにお話をお聞きしました。二年後の歌踊大会にご出場されるのですね』


 記憶の中にあった彼よりもたくましく感じる姿に、イザベラはたどたどしい言葉になりながら胸を弾ませる。


『身内話になりますが、妹も出場することになったのです。俺は音楽の学がないもので見守ることしかできないのですが、歌の才があるイザベランカ嬢と同じ舞台に立つことができるとは大変光栄に感じます。まだ先の話になりますが、とても楽しみにしております』


 しかし二言目には妹の話を嬉しそうな表情でするアルフェンは、記憶の中にあったものと変わらなかった。

 彼にはいまだに婚約者がいない。特定の女性と仲が良いという話も聞かない。噂では以前の自分と同じように縁談を断り続けているようで、イザベラにとってそれは嬉しいことであったが、反面出会ったときからアルフェンはずっと妹のアリスを気にかけていた。

 妹思いの素敵な兄。ずっとそう思っていたイザベラは、このとき初めてアルフェンはアリスに縛られているのだと感じ、アルフェンを縛りつけるアリスに無性に腹が立った。

 いままで顔を合わせたことはない。誰も彼女のことをよく知らない。けれど二年後の大会に出場するのなら否が応でも出会うはずだ。事あるごとに聞かされてきた、自分が想う人に大切に思われてきた彼女とついに。

 けれどイザベラにも優勝を逃せない理由がある。王族との結婚などしたくない。歌姫となり自由を勝ち取り、あわよくば彼に振り向いてもらえたら。その一心で、運営を担うラズベル公爵家が重んじてきた伝統ある大国の歌を中心に、イザベラは大いに練習に精を出した。

 そうして二年が経ち、四年に一度の歌踊大会が開催された。アルフェンがあれほど気にかけていたアリスとはどのような人物なのか。歌の実力はどの程度のものなのか。アルフェンがとても楽しみだと自分に話してきたくらいなのだから、戯れで出場する貴族達と同じではあるまい。真剣に受賞を目指して出場するのだろうと、勝手に自分のライバルとして長年仕立て上げてきたアリスは、とうとう最後まで舞台に上がることはなかった。

 良い成績を残せた者は自分以外一人もおらず、イザベラはアリスがいない大会で優勝して、歌姫となった。

 なったのに、この二年間は一体なんだったのだろうかと、途端に虚無感に襲われた。



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