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3ー10


 翌日、私達がこの二週間ほど深刻になって頭を唸らせていた問題は、それはもう拍子抜けするくらい呆気なく解決した。ココット夫妻がいままでの行いを反省し、考えを改めたからである。

 当然口約束なのではとキョウヤは信じられないようだったが、カロンと共に話し合いの場に同席したエフィネアとシスターが、私達の……盗み聞きした証言を元に問いただしたところ偽りなく認め、今後このようなことにならないようにと彼らに誓約書を書かせたようであった。

 原因の発端はシスターになるための勉強をしたいと考えていたカロンと、代筆屋の仕事を覚えさせてあわよくば跡継ぎとなってほしいと考えていたココット夫妻と、仲介のシスターの三者間による意思疎通がうまく行われなかったことである。互いに互いの考えを知らず、戸籍を移す前にしっかりと腹を割って話さなかったことを四人は深く反省したようだった。

 それでもココット夫妻のカロンに対する生活の管理は異常と言われても仕方ないものだったため、エフィネアが直々に問題点を指摘して、一人の人間を育てるうえで改善するべき点を指導したらしい。始めにキョウヤが感じたようにココット夫妻にやはり悪気はなく、良かれと思ってやっているようであったため、その考え方にまずは問題ありと結構厳しく話していたとシスターから聞き、キョウヤは複雑な表情で苦笑していた。

 子供に恵まれなかったココット夫妻は接し方も育て方も探り探りで分からなかった。エフィネアにきつく言われてかなり落ち込んでいたが、それでもカロンにはいつも優しく、彼女を想っていたことは確かであったため、カロンはこのまま養子でいることに決めた。跡継ぎにはなれないが、修道院に入るまでなら自分にできることなら手伝うと。受け入れようとしてくれたお礼がしたいと言えば、ココット夫妻はカロンの優しさに胸を打たれたようであった。

 そうして一連の問題は解決し、キョウヤの心配もついになくなり、その翌日、私達四人は教会で慰問舞台を行った。浮島の曲と、それを参考にすべてを一から作った曲と。孤児院の子供達と地元の住民の人々の前で披露する歌と踊りは、ルチアと二人で立った交流大会の舞台とはまた違った気持ちを胸に覚えた。

 公爵令嬢であるエフィネアは一言も弱音を吐くことなく、それどころか衣装と楽団の伴奏には一番真剣に取り組んでくれた。カロンも歌詞をすべて考えてくれて、あまり得意そうではなかった歌を、練習していくうちに楽しそうに歌う姿を見ることができるのは嬉しかった。

 成り行きにより四人で舞台に立つことになったけれどとても楽しくて、いろんな人に見てもらいたいと素直に思った。

 私はやっぱり歌が好きだ。結婚したくなくて家を出たかったのも本当だ。けれどいまは純粋に歌踊を職として、いろんなところでいろんな歌を響かせたいと思う。

 それはもう、二度と叶わない願いであったけれど。








「楽しかったです……っ!」


 人がいなくなり、静けさを取り戻した教会の前、すべてを終えた私達は高揚した気持ちに浸っていた。熱く火照ったままの肌を風が撫でていくのが涼しくて心地よかった。


「このような気持ちになるのは初めてでした……っ! まったく歌い足りず踊り足りません! 一からすべてを作り上げたというのに披露する舞台が一度きりなどともったいない限りです、家に戻ったら他の孤児院にも手紙をお送りするとしましょう。近々慰問で訪れる予定がありますと!」

「お嬢様も早速ね〜。でも、あたしもお店では大人のお客さんの方が多かったから新鮮だったわ! 小さい子達が笑ってくれるのは見ていて素直に嬉しかったし」

「そうだね! 全部初めてすることばかりだったけど、喜んでくれたのなら本当に良かった」


 私も含めルチアとエフィネアも興奮冷めやらぬ気持ちは同じようだった。半月前にエフィネアがハミルトンに訪れたときはどうなることかと思ったが、終わりよければすべて良し、だ。このような経験をさせてくれたエフィネアには感謝の気持ちでいっぱいだった。


「そういえばキョウヤとカロンは? 見当たらないけれど」

「隣の施設にいると思うよ、さっき他の子達に引っ張られていったのを見たから」

「ふ〜ん。ま、あとは帰るだけだから別に遅くなってもいいけれど、先に馬車に乗っていよう……、」


 と、ルチアの言葉が途中で切れる。どうしたのかと視線を辿ると馬車が一台、孤児院の敷地外でゆっくり止まった。中から身なりの良い男性が二人降り立ち、こちらに向かって歩いてくる。孤児院か教会に用事でもあるのだろうかと眺めていたが、その一人の顔をはっきりと認識すると私は驚愕に目を見開いた。


「お……お兄さま……!?」

「え……? アリス……? アリスなのか!?」


 高い身長に綺麗な金髪、目鼻立ちの良い整った顔。正装とまではいかないきっちりとした貴族衣装に身を包み、動きやすそうな黒い革のブーツを履いている。腰に長剣を携えた伯爵子息でありながら武人でもあるその姿は、やはりどこからどう見ても唯一心を許せる身内であった。


「アリス! こんなところで会えるとは!」

「わっ……!」

「いままでどうしていたんだ元気にしていたか? ちゃんとご飯は食べていたか? あれからまったく音沙汰がないから心配していたんだぞ!」


 勢いよく走ってきた兄に力強く抱きしめられる。ルチアとエフィネアが見ている手前とても恥ずかしく思ったが、あのように別れた後で久しぶりに会うことができて私もとても嬉しかった。こんな風に抱きしめられるのは子供のとき以来だったが、たくましい腕の中にすっぽりと収まっているとなんだか感傷に浸りそうになった。


「まあ! アリスさんにもお兄さまがいらっしゃったのですね」


 しかしエフィネアの微笑ましそうな声にさすがに恥ずかしくなり、なんとか無理矢理腕から逃れる。兄は不服そうにしていたがエフィネアの存在に気がつくと、途端に背筋をぴんと伸ばした。


「貴女様はもしや、エフィネア・メレン嬢でしょうか?」

「あら、わたくしのことをご存じなのですね? アリスさんとは最近お知り合いになりまして仲良くさせていただいているのです」

「なんと、アリスのご友人でしたか……! 申し遅れました、俺は中央の騎士団副団長、アルフェン・アプライドです。伯爵家の子息となります」

「伯爵家……?」


 エフィネアの視線がこちらに移る。一体何だろうと疑問に思えばルチアから「言ってないでしょ」と言われはっとした。そういえば家名を伝えず一応貴族であることを話していなかったのだった、完全に忘れていた。


「先程ご挨拶に公爵家をお訪ねしたところ、本日はこちらの孤児施設で慰問舞台を行われているとお聞きしまして。様子を窺えたらと足を運んでみたのですが、どうやら終わってしまったようですね」

「…………ああ! あなたは今日から数日間、領地視察のためにわたくしの家に滞在される方でしたのね! ……あら、そうなるとそちらの方はもしかして……」


 視線が兄の背後に佇むもう一人の男性に移る。兄とは違う色素の薄い金髪を顎先まで伸ばす彼は、ともすれば女性に見えるような中性的な顔立ちをしていた。私達と同年代だろうか、白と金を基調とした服装は清廉されており、静かな表情と見目の麗しさにより、儚くて消えてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。


「……ええ、こちらの方がーー、」


 なぜか兄がちらりと私を一瞥する。と、それを遮って男性は一歩前に出て優美な動作で腰を折った。


「初めまして、エフィネア嬢。僕はシアン・レイモンドと申します」

「レイ……」

「モンド……!?」


 エフィネアと私の叫びが繋がる。って、まさか……!


「…………誰?」

「ルチア……! レイモンドは王族の家名だよ……! この国の王子様……!」

「えぇっ……!? 何で王子様がこんなところに……?」


 慌てながらルチアと二人で小さく耳打ちしていると、ふとシアンと名乗った王家の男性と目が合った。


「アリス嬢も。こうしてお会いするのは初めてのことかと思います」

「は……はい…………?」

「ご存じないのも無理はありません。いままで一度としてご連絡差し上げなかったのは僕の及ばぬところでありましたから」


 話しかけられているのにその話が見えず、私は助けを求めて兄を見やる。その兄も何とも言えない表情をしており、余計に何がなんだか分からない。


「僕は、あなたの婚約者です。今日に至るまでの非礼、どうかお許し願いたい」

「え……」


 深々と丁寧に頭を下げるシアンを見下ろし、絹のようなさらさらとした髪が美しいなと何気なく思った。


「「「婚約者っ!?」」」


 そして一拍置いて私達三人は声が重なる。

 頭を上げたシアンはそこで初めて、それは美しい微笑みを見せた。



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