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3ー8


 それからアリス達は毎日四人ーーレイはいつ呼ばれてもいいようにか常に控えているーーで主に公爵邸か教会の一室に集まって、エフィネアが話していた通り一からすべてを作り上げているようだった。曲をアリス、振りをルチア、衣装をエフィネアがメイド達の力を借りて担当し、カロンは歌詞を考える。子供達が覚えられるような難しくない曲調を作るとアリスは普段よりも数倍わくわくした様子で語っていたが、それでも初めてのことなのに二つ返事で頷くカロンは、物分かりが良いというよりもとても素直で柔軟な思考を持っているように感じた。

 そのカロンの様子はというと、いままで孤児院の中では年長者で面倒を見る側だったこともあってか、自分が三人に妹のようにかわいがられることに慣れないようで始めは少し遠慮していた。しかし意外にもアリスが一番熱心に話しかけているとだんだんと心を開いてくれたのか、分かるか分からないくらいの笑顔を見せてくれるようになっていた。ので俺はどこで何をしていたか分からないジンを呼び、写真を撮るため店からタブレットを持ってきてもらった。ちなみにルチアが書き置きして出てきたハミルトンはギルグの知り合いで毎日店を回しているみたいだった。彼は顔が広いのでそれほど心配はしていなかったが。

 さらに気になることというと、カロンの養父養母となったココット夫妻のことだったが、さりげなくカロンに尋ねるといまは起床と就寝の時間が決められているだけということであった。エフィネアとシスターが家を訪ねて今回のことを打診した際も、快く許可を出してくれたようである。ただ公爵令嬢のエフィネア本人が足を使って訪ねてきた以上、それが彼らの本心かどうかは分からない。が、悪気が見当たらないような夫妻のことなので、いまは本当に慰問舞台が無事に成功して終わることを願い気遣ってくれているだけで、終わった直後に元の生活に戻しそうな気配がなんとなくしてならなかった。


「まあ……! キョウヤ様、こちらはどうなっているのですか? わたくし達の姿がたくさん……!」


 エフィネアから公爵邸滞在許可をもらったそんな俺は、みんなに頑張ってほしい気持ちと早く舞台を見たい楽しみな気持ちを持ちながら、主に雑用や差し入れをしては練習風景の写真を撮ることが日課となっていた。


「これは私の国の道具ですが、現実の一部を切り取って絵のように記録しておくことができるんですよ。それでこんな風にあとから何度でも見返せるんです、思い出として」

「……この間は浮島の技術は何も教えられないとおっしゃっていませんでしたか?」

「それはまぁ、代理人としての肩書きのうえでは。いまのこれは私個人の趣味みたいなものなので、アリスやルチアと縁を作っているエフィネア嬢やカロンには特に隠すようなことでもないです。これくらいなら周りにお話されても特に困ることはありませんが……」

「いいえ、そのようなことはいたしません! あの、こちら触れてみてもよろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。おーいルチア〜〜頼むよ」

「いいけど……今度あたしのにもそれ送ってよね」


 教会での休憩中、ルチアが面倒くさそうな顔をしながらもエフィネアに使い方を教えてあげるのは、彼女は浮島の道具や文化がそれなりに好きみたいだからだった。いままでは俺と彼女とほんのたまにギルグの間でしか浮島の話をすることはなかったが、アリスが来てから気持ちを共有できて楽しいのかたまに早口でまくし立てる姿をよく見かける。それはアリスも同じだったようで……。貴族が嫌いなルチアは始めエフィネアに対してはあまり深く関わりたくないようだったが、一緒に過ごすに連れて徐々にだが普通に話すことができているように見えた。


「……あれ、カロンは?」

「カロンちゃんなら外に出ていきましたよ」


 独りごちるとアリスから答えが返ってくる。長椅子に座り軽食を取っていた彼女は店で給仕をするときと同じく長い髪を頭上で一つに括り、そして練習着として膝上丈の短いズボンを着用していた。長いスカートでは動きにくいとのことでルチアはもっと短く、エフィネアはさすがに七分丈だが。平民では普段着の一部だが、貴族にとって素足を晒すのは恥ずかしいものであるのだと思っていたのに、アリスは特に何も思っていないようだった。すらりとした白い足が綺麗で無意識に目が追いかけてしまうため、会話するときはなんとか視界から外すようにしていた。


「子供達の声も聞こえますし、また一緒に遊んでいるんじゃないでしょうか?」

「時間ができると様子を見にいってるよな、他の子達からもやっぱりというかすごく好かれてるみたいだし」

「そういえばカロンちゃんってよく食べる方なんですけど、最近はお菓子とか自分の分をみんなに配ってあげてるみたいですね」

「そうなんだ……。ちょっと見てくる」


 はい、とアリスが頷くのを見て立ち上がると教会を出る。孤児院の敷地内、少し離れた子供達が生活する施設の裏手から声が聞こえるので歩いていくと、カロンを中心に十人以上の子供達がわいわいと集まっていた。


「あ! キョウヤ兄ちゃんだ!」


 一人の活発そうな男の子がこちらに気づいて声を上げる。アリス達が練習中の間、時間が合えばもっぱら彼らと遊んでいたので既にそれなりに仲良くなっていた。


「キョウヤ兄ちゃん! おかしちょうだい!」

「お菓子〜? いま持ってたかなあ」

「キョウヤくん、持っててもあげちゃだめ。こら、いまみんなに一個ずつ配ってるでしょ」

「一個じゃぜんぜんたりねーもん!」

「今日のおやつの時間にシスターも配ってくれるから。みんなもらった? もらってない人いない?」


 もらったー! との大音声にカロンの口元がやわらかく緩む。そのまま元気に走り出す子や施設に戻る子、カロンにくっついたまま離れない子などそれぞれ自由時間となったようだった。


「立派にお姉ちゃんやってるんだね」

「立派……かは分からない、けど。……でもキョウヤくんも、あの子達とたくさん遊んでくれてありがとう」

「全然。俺の方が遊んでもらってるくらいだから」


 実際そうだ。ハミルトンにいるときはなんだかんだ手が空くと店を手伝えと言われ走り回っているので、ここにいる間は若干手持ちぶさた感が否めない。だから子供達の相手ができるならちょうどよかった。


「練習はどう? 歌とか踊りとか、部外者の俺が見ている分にはあんまり苦戦しているようには見えないけど、やっぱり難しいかな?」

「歌は、難しいけど……アリスちゃんもルチアちゃんもエフィネア様もすごく歌が上手だから、わたしも、って頑張れてる。踊りは、わたしは体を動かすの好きだから楽しいよ? 勉強する方が苦手だから」

「……そうなのか?」

「うん。でも……苦手だけどしないわけにはいかないから。シスターになるためには、やっぱりいっぱい勉強しないといけないし」

「カロン、シスターになりたいのか?」


 初めて聞く将来の夢に少し驚く。しかし考えると孤児院での生活が長く、いまもずっと彼女の手を握ってじっとしている女の子のような、小さい子の面倒を見る手際の良さはシスターという職に合っているような気がした。もちろんシスターはそれだけが仕事ではないので、確か修道院へ入って数年は様々なことを学ばなければいけないはずだったが。

 尋ねるとカロンはこくんと頷き、十四歳とは思えない優しい笑みを女の子に向ける。


「わたし、赤ちゃんのときに教会の前に捨てられていたんだって。真冬で雪が降っていた夜の日で、前のシスターが見つけてくれたの。見つけるのがもう少し遅かったら危なかったかもしれない、本当に見つけられて良かったってよく言ってた。小さいときは何を言っているのか意味が分からなかったけど、だんだん意味が分かるようになってきたら、シスター病気で亡くなっちゃった」


 初めて会ったときよりも遥かに言葉数が多くなったカロンの過去に胸が締めつけられる。教会前に毛布に包まれて置かれていたことはいまのシスターから聞いていたが……。淡々と事実を話すカロンは既に過去のことと割り切っているように見えた。


「それが関係したのかは自分でも分からないけど、そのときになんか、シスターになろうと思ったの。わたしも、わたしを助けてくれたシスターになりたいと思ったの。だから一ヶ月前くらいに、おじさんとおばさんがわたしを養子にしてくれるって言ってくれたとき、いっぱい勉強できるって聞いて、それならと思っておじさんの家の子になったんだけど、」


 しかしだんだんとカロンの表情は悲しそうに、困ったように眉が下がり曇っていく。よく分かっていないのだろう女の子が首を傾げて彼女を見上げるが、カロンは複雑に顔を歪めたままだ。


「わたし……間違ってたのかな? このままでわたし、シスターになれるのかな?」


 なれるよおーと、意味の分かっていない女の子の答えにカロンははっとして顔を綻ばす。元々こういう子なのか、初対面時の印象よりも明らかに表情豊かになっていると感じたが、ココット家の夫妻についてどう思っているかはさすがに不躾に聞けなかった。けれど思わずカロンが詳細を話してくれて、彼女の考えを把握し理解できたとともに、このままではやはり舞台が終わると元の生活に戻るだけなのではと焦りを感じた。

 カロンにはなりたいものがある。そのために惜しまぬ努力もできる。しかしそれに繋がらない行程を「もうやだ」と言っていた。

 いまは難しいことは置いといてと伝えてみたけれど、考えてしまうのは当然だ。悩むことなど何もなく、心から舞台を楽しんでもらうためにはやはり当日になる前にこの件を解決させておかないといけない。

 このままではカロンはシスターになれない。なれないどころか心が壊れてしまうかもしれない。

 それだけは避けなければいけないのだ。俺に、できることは。








「それで、わたくしにお話したいこととは何でしょうか?」


 その日の練習が終わり、陽が沈み始める前。毎回練習後には使用した部屋と教会の掃除を担当を決めて行うことになっていたが、今日は無理を言ってアリスに代わってもらった。ルチアとカロンと使用人のレイは元々の担当で、俺は普段のドレス姿に着替えたエフィネアに少し話がしたいと声をかけた。教会を出ると日中よりも気温が下がった爽やかな風が頬を撫でる。


「練習でお疲れだと思うので率直に。慰問舞台を終えた後カロンをどうするかについて、シスターと何か話されてはいるのでしょうか?」

「いいえ、まだです。けれどカロンは始めと比べて随分と雰囲気が明るくなりましたね。言葉数も多くなって」

「ええ、私もそう思います」

「ココット家のご夫妻もそんなカロンの様子を家で見られているはずですし、いままでのご自分の行いと考えを改めている最中かもしれません。ですから舞台後に当人達とお話してから決めることかといまのところは」

「……本気でそうお思いですか?」


 扇を広げ、おっとりと話すエフィネアの言葉が信じられず、思わず険のある言い方になってしまった。目を大きく瞬かせる彼女を見て反省し、心の波を落ち着かせる。


「私は舞台前に決められた方が良いと思っています。その方がカロンの心も楽になるのではと」

「……キョウヤ様、あなたの言う『決める』とは、カロンを孤児院に戻すという結論以外は納得しない、ということのように聞こえます。わたくしにシスターと話し合いをしているのか聞いておきながら、そもそもご自分の意見以外を認める気がないのでしたら、尋ねること自体失礼というものではないでしょうか? まったく、率直とは思えません」

「それは……。……申し訳ありません」


 図星を突かれて頭を下げるしかなかった。薄々思ってはいたが、やはりエフィネアは公爵令嬢でありながら頭が柔らかく、回転も早い。説明をせずとも考えを察し、それ以上を見透かしてくるところがある。蝶よ花よと大事に育てられたのなら確実にこうはならないだろう。普通に話す分には問題ないが、こういうところは個人的に少し苦手かもしれなかった。


「この間のことが事実なら、確かにココット夫妻の方法はおかしいとわたくしも思います。しかしそれが、今後のカロンの身に絶対にならないとは言えません」

「毎日時間を管理されながらやりたくもない勉強をさせられることがですか」

「まぁ……わたくしも昔はそうでしたから」


 その言葉に思わず息をのむ。抑揚なく答えたエフィネアは眉を寄せて宙を見つめる。昔のことを思い返す表情は苦く、楽しい思い出でないだろうことはすぐに分かった。


「……時間を管理されていたということですか?」

「そうですね、さすがにいまのカロンほどではありませんが……。子供の頃は机に向かっていた記憶しかありません。およそこの国の貴族令嬢が学ばなくてもよいことをすべて頭の中に叩き込まされました。逃げようとしても逃げられず……。そうそう、レイが気配なくそばに控えるのはその名残りなのですよ? わたくしの監視役でしたので」


 にこっと微笑まれたが、悪いが心の中で少し引いてしまった。なぜ笑っているのか分からなかった。


「おそらくご両親のお考えからですよね……憤りは感じなかったのですか?」

「それはもう、反発いたしました! 反発して諦めてを繰り返して……そうしていたら、いつのまにかいまのわたくしが出来上がっていたのです」

「それは、感謝していると?」

「感謝なんてするはずはありません。ただ、いまのわたくの身にはなっていると思います。他の令嬢方のように社交界に参加して、美味しいものを食べて美しいドレスを着て、殿方について話を咲かせて一日が終わるような生活をするのではなく。いま現在、あなたとこのように対等に会話ができているということ。政治や軍事、その他いろいろなことを学ばされたがゆえに、王家に嫁げることにもなりました。生活を中央に移してもわたくしは引きこもることなんてせず、物申すところがあれば積極的に口に出して改革を促していくつもりです」


 泰然と話すエフィネアの今後を想像してみると、それは安易に描くことができた。


「わたくしはあの苦い過程を経たことが身のためとなりました」


 強いエフィネアはそうなのだろう。だが、


「……私は、身のためになどなりませんでした」

「…………キョウヤ様も?」

「なので、心が苦しくなるようなことを無理に味わわせたくないと思ったのです」


 絞り出してから口に出してしまったことを後悔して、帽子で目元を隠そうと思ったが今日は持ってきていなかったことに気づき、視線を落とした。穴が空くほど注がれる視線がとてつもなく気まずい。話は平行線でこれ以上進展することもなさそうなので、一人で先に馬車の中に戻っていようか考えたところで教会の扉が開かれた。


「あ……お二人ともまだお話されていたんですね。……って……どうかしましたか……?」


 掃除が終わったのだろう四人が出てきたが、こちらの異様な雰囲気にアリスはおっかなびっくり首を傾げた。レイがすぐさまエフィネアの後ろに控え、ルチアとカロンも神妙に顔を見合わせる。


「アリス……」


 掃除を代わってくれてありがとうと、ここでいつも通りに声をかければよかったのだが、そのような気持ちになれずに黙ってしまう。エフィネアも説明するつもりはないのか、なんとなく気まずい空気が周囲に漂う。


「……もしかして、わたしのこと?」


 それを破ったのはカロンの申し訳なさそうな一声だった。ぎくりとする。


「たぶん、そうだよね。みんな、わたしがわがまま言うせいでいろいろ考えてくれてるの、知ってるから」

「カロン……それはわがままなんかじゃ、」

「うん……だから、わたしもいろいろ考えてた。やっぱりちゃんと、おじさんにもおばさんにもシスターにも、正直な気持ちを話してみた方がいいんだって」


 カロンの言葉は冷静だった。既にそうしようと決めていたのか迷いがなく、表情も穏やかだった。


「キョウヤくん、エフィネア様、ありがとう。できたら明日、話してみるから」

「そうか……。……うん、分かったよ」


 笑みを作って頷き返す。本人がそう言うのならこちらが出しゃばることではない。


「キョウヤ様、明日はわたくしも彼女に付き添いますので、良い方向に進んでいくことを祈りましょう」

「……そうですね。お騒がせして失礼しました」

「いいえ、キョウヤ様のお気持ちも理解できますから」


 エフィネアはそう笑ってくれたが、俺はこの場にいることがいたたまれなくなり、一人で先に馬車へと向かう。無言の視線が背中に突き刺さるのを感じたが振り返らなかった。



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