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プロローグ


 個別に用意された控え室にまで、この大会に臨む令嬢たちの歌声が微かに聴こえてくる。癖のないまっすぐな黒髪を腰まで伸ばす少女が違和感を覚えたのは三人目の歌が聴こえ始めたときだった。

 三人とも同じ歌だ……なぜ?

 静かに立ち上がり、今日のためにあつらえられた豪奢なドレスを翻して部屋を出る。陽光が差し込む明るい廊下にはちょうど、大会の運営陣であることを示す腕章を付けた男性の後ろ姿が見えた。


「もし、そこの方。少々お尋ねしたいことがあるのだけれどよろしいかしら?」


 努めて出来る限り貴族然と振る舞い声をかけると、給仕服姿の男性は「はい、何なりと」と、機敏な動作で目前まで来て恭しく頭を下げる。


「本日の大会の課題曲は自由題目でしたわよね? 部屋まで微かに歌声が聴こえてくるのだけれど、三人目の方まで同じ曲を歌われているのは単なる偶然なのかしら」


 疑問を何ともない雑談を装って問いかけてみたが、内心ではとてつもない焦りを感じていた。そしてその感性が真実で現実だと裏づけるように、男性は困ったように眉を寄せた。


「恐れながら申し上げますが、本日の大会の課題曲は自由題目ではございません」


 ーーという名の歌が課題曲でございます、と教えられたそれを少女は一切知らなかった。

 いや、知らないというか。そうじゃなくて。

 そうじゃなくて……。


「あの、アプライド様。いかがなされましたか?」


 少女の中におかしくなってしまいそうなほどの怒りが湧いてきては、ここで爆発させてはいけないと息を吐く。全身が心臓になったかのようにどくどくと脈を打つ音は大きく聞こえ、体中が猛烈に熱くなる。

 はっ、と無意識に自嘲した笑いが漏れた。そりゃもう笑うしかない。戦わずにして終わったのだ。この数年、今日のためにとすべてを練習に注ぎ込んできたのに。ざまあみろと胸を張って家を出ることを夢見ていたのに。

 ここまでするか……。気づかなかった私が悪かった? いやこんなことをするやつの方が悪いに決まっている。

 実の父親に嵌められた。私はこの曲を知らないから歌えない。歌えないから舞台に上がれない。ーー出場できない。


「ーー申し訳ありませんが、五番、アリス・アプライド。出場を辞退させていただきます」


 上の方に、そのようにお伝えくださいませ。と、小さく頭を下げたアリスの瞳は比喩ではなく、赤く燃えたぎり輝いていた。







 この日、ハルシア大国の大行事の一つである、四年に一度中央で開かれるハルシア歌踊大会は、一人の令嬢の辞退を除き大盛況で幕を閉じた。

 規則により、歌踊大会に出場できるのは例え不幸があろうと一度きりである。アリス・アプライド伯爵令嬢は自ら権利を手放したとして、しばらくは社交界の笑い話の種にされたが。

 後々、異色のアイドル令嬢として歌の世界に舞い戻ってくるとは、このときの誰一人として思ってはいない。



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