3ー7
教会に戻ると長椅子に並んで座ったルチアとエフィネアが意外にも談笑して盛り上がっていた。
「ルチアさん、わたくしの夫となる方についていろいろと尋ねてくださるのです。他のご令嬢方は大体うんざりとした顔をなさるので、お話できてとても楽しいです」
「お嬢様の話意外と面白いのよ! アリスが言っていたように相手はやっぱり王家の人だったみたい。それよりそっちはどうだったの? 何かあった?」
振り向いた二人の視線を受けてキョウヤを見ると、先程はああ断言していたものの、どう伝えるべきか唇を引き結んで悩んでいるようだった。確かに情報を知った手段が手段だ、ルチアはともかくエフィネア達には事細かに伝えられない。
「一応、いろいろ分かったことがあったから話すよ」
しかし彼はシスターも呼んで伝えることにしたようだった。私もそれには賛成だ。詳しい内容をシスターとエフィネアは知っておいた方が良いと思ったからだ。
かいつまんだ話にシスターは驚き、エフィネアは扇で口元を隠して静かに聞いていた。短い話が終わると当然、この疑問が飛んでくる。
「そのような細かなことを、キョウヤ様はどのようにお知りになったのですか?」
「盗み聞きですッ!」
そして嘘が苦手だからか前のめりに開き直るキョウヤに思わず噴き出しそうになってしまった。ルチアがいつものことね、と冷静に呟く。彼にそんなつもりはなかっただろうが、これ以上聞いてもちゃんとした答えは返ってこないだろうとエフィネアは判断したようだった。
「カロンのいまの状況については理解しましたが……どうしましょうか。シスターはどのようにお考えですか?」
「正直、ココットさんがそのような方達だとは信じられなくて……。直接カロン本人から話を聞いてみないことには……」
「でもその本人がさっき、ここに戻ってはだめかってあなたに聞いていたのよね? それが本音なんじゃないの?」
三者三様の回答に私達も含め思い悩む。結局のところシスターが言うように本人の気持ちを聞かなければならないのだろうが、
「…………」
何を考えているのか立ち尽くして押し黙るキョウヤが先程から気にかかる。いますぐどうこうするのではなく何かないかと私は眉を寄せて考えて、不意に一つだけ思いついた。
「あの、カロンちゃんを舞台に誘うのはどうでしょう」
全員の視線がこちらに集まる。
「子供達の参加型か誰かを誘ってとのことでしたし、彼女はいま孤児院で生活してはいませんけど……。一緒に過ごして様子を見てみるのはどうでしょうか。慰問舞台に参加するための練習と家の方に説明すれば許可もいただけそうですし、しばらくその家とも距離を置くことができて良いと思うのですが」
なんとなく思い浮かんだだけだったが口に出すと良い案なのではと自分でも思った。本人とあの夫婦に説明するのはシスターかエフィネアに協力してもらわなければいけないけれど。
「そうしよう!」
考えていると一番始めに賛成してくれたのはキョウヤだった。
「いや、俺はただ見守るだけの立場だけど……。ルチアと、エフィネア嬢はどうですか?」
「あたしは何でもいいわ」
「わたくしはご一緒させていただく身ですのでお二人がそれでよろしいのでしたら。公爵家としては今後、同じような事態が起きたときの解決策を考えるためにも様子を見ておきたいので有難いです。ですからカロンとココットさんのお家の方にはわたくしとシスターの方からお話してみようと思います」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
発案したのは私だったのになぜかキョウヤが頭を下げた。
そして今日はこの場で解散ということになり、早速訪ねにいくのかエフィネアがレイとシスターを伴って教会を出ていく。近くに寄ってきたルチアに本当に良かったのか尋ねると特に何もなく淡々と頷かれた。
「もともと小さい子達向けなら覚えやすいものでいいかなって考えていたし、さっきちらっと見ただけだけれどしっかりしてる子なら真剣にやってくれそうだからいいんじゃない? お嬢様はなんか一から全部作るつもりでいるみたいだけれどそっちの方が大変よ、アリス作曲とかできるの?」
「やったことないけど……一応ここにはオルガンもあるし、いままで聴いた浮島のアイドルの曲をイメージしながら作ってみる……ことはできそうかなぁ……。難しいものじゃなければ」
「あたしは楽器弾けないしそこは任せるわ、歌詞と振りと衣装はあたし達でどうにかできるし。曲ができたら伴奏を楽団を借りて演奏してもらうことにして、そのときにキョウヤの機械で録音してもらうしかないわね。ここは狭くて楽器なんて持ち込めないし」
「ああ、いいよ。俺はそれくらいしかできないからね」
先程の白い小さな機械で演奏を記録して、再び流すことができるということを最近教えてもらった。だんだんと浮島の技術に驚かなくなっているなと思いながらキョウヤの様子をそっと窺う。それなのに向こうはすぐに気づいて穏やかに笑った。
「ありがとうアリス。これでカロンの様子が少しでも分かったらいいな」
「はい……そうですね」
「君達と関わって世界が広くなればいいと思う。アリス達が練習している間は俺は話し相手か応援することしかできないけど、でも舞台はすごく楽しみにしてるから頑張って! また録画するよ」
「でもキョウヤへの用は済んだからもうお嬢様のとこに滞在させてもらえないんじゃない?」
「えっ!? それは困るな……あとでエフィネア嬢に慰問舞台まで滞在させてもらえるように頼んでおかないと」
ルチアと話すキョウヤはいつも通りに戻っていた。カロンが了承してくれるなら日中は様子を知ることができるし少し気楽になったのだろうか。それならいい。
自分から言ったことでもあるし私も気をつけて見ていることにしよう。一応年上でもあるからしっかりしないとと、明日からの日々に向けて心の中で意気込んだ。
翌日から私達は慰問舞台に向けての練習を始めた。
といっても日にちが決まっているわけではない。シスターが言うには二週間前後を一応の目標に完成できたら言ってほしいとのことで、堅苦しいものでないことは理解できた。例えば教会内の部屋で練習しているときの様子なども子供達が見学しにくるかもしれないらしい。キョウヤが言ったことではないが、いまの孤児院は子供達の世界を広げるようなこともしているのだなと感心した。他の地方もそうなのかどうかは分からなかったが。
「初めましてカロンちゃん、私はアリスと言います」
教会内の一室、シスターと一緒に部屋に入ってきたカロンに私は努めて明るく名前を告げた。エフィネアとは昨日知り合っているだろうからと、こっちはルチア、こっちは……キョウヤさん。と一応彼についても紹介する。エフィネアから本人が了承してくれたことを聞いたときは、やはり家から離れたいのかなと考えつつ発案者なだけに内心ほっとしたが、眠たそうな丸い瞳をじっと向けてくるカロンの顔は感情が読めず、心の中では冷や汗をかいていた。
「私とルチアは歌うことが大好きで、たくさんの人の前で歌ったり、それに合わせて踊ったりして見てもらっているの。今回はエフィネア様と、あとカロンちゃんも一緒に参加してもらって、ここの子達に見てもらえたらと思っているんだけど……」
無言の視線が存外にきつい。隣のシスターを見やると苦笑していた。こういう子なのか……それとも私限定でこうなのか。ルチアより一つ下なだけなのにそんな反応も相まってとてつもなく幼く見える。
「カロンちゃんは歌うことは好きですか? 今日から少しずつ練習していくことになるんだけど、大丈夫?」
そもそもだから私は小さい子であろうが人と関わるのはあまり得意ではないので笑った頬がひきつって怖がらせていないか心配でもう逃げ出したくなった。こういう子を相手にするのはキョウヤが絶対得意そうなのだが舞台に関しては彼は応援してくれる側だしなぜかルチアは一歩下がるし結局私が話しかけるしかなかったのだ仕方ない。
「……歌うのを好きとか嫌いとか思ったことない。けど、体を動かすのは好き」
と、ようやくカロンがぽつりと口を開いてくれる。ものすっっごく安心した。
「シスターとエフィネア様から聞い……聞きま、した。みんなが楽しんで、喜んでくれるならわたしも一緒にやりたい。みんなのために頑張りたい。だからよろしく……お願い、します」
彼女がぺこりと頭を下げると背負ったリュックが横にずれてうさぎのぬいぐるみが顔を覗かせた。繰り返し聞きたくなるようなかわいらしい声に、私は苦手意識などどこかに吹き飛び心臓を掴まれたような衝撃を受けた。
「かわいい…………っ」
「アリスさんのお気持ちよく分かります! 昨日少しお話しただけですが本当にかわいらしくて、わたくしにも妹がいたらこのような気持ちになるのかと思いました」
エフィネアが興奮したように語る言葉に同意見だった。妹がいたらこんな感じなのだろうか……。こちらの反応に問題ないと感じたのか、シスターが会釈して退室するのを視界の端に入れながら、そわそわとなんだか落ち着かない気持ちになった。
「カロン、あたしはルチアって言うけれど、歳は一つしか変わらないから普通に話して大丈夫よ」
「分かった、ルチアちゃん」
「うっ」
ルチアも不意打ちのかわいさに胸を押さえる。待ってほしいそれなら。
「カロンちゃん、私もそんなに変わらないからルチアと同じで大丈夫だよ」
「うん、アリスちゃん」
「かわいすぎる……」
「お待ちくださいカロン! それでしたらわたくしもそのように呼んでいただきたいです!」
「いやさすがにお嬢様をちゃん付けは難しいでしょ……」
どうしてですか! とルチアに詰め寄るエフィネアを横目に胸をさすっていると、カロンがキョウヤをじっと見上げていることに気がついた。
「初めまして、俺はキョウヤだよ」
「……キョウヤくん? も、一緒に歌うの?」
「いいや、俺は君達の応援をしている人。それで見るのを一番楽しみにしている人」
「昨日わたしを追いかけてきた人?」
「う、バレてたんだ……。ごめん、もしかして怪しいやつだと思って怖がらせちゃったか?」
「ううん。そういう風に感じなかったから、大丈夫」
小さく首を横に振るカロンに、キョウヤはありがとうと優しく笑みを返す。身長差があり若干屈みながらで、その様子は歳の離れた兄妹のように見えた。
「カロンはここにいる子達のことが好きなんだね」
「……うん。わたしが一番上だったから、みんなわたしの弟で妹なの」
「そうかぁ。だったらカロンが歌って踊る姿を見たらみんなは喜ぶだろうなぁ」
「……そうかな?」
「俺だったら嬉しくなるよ。お姉ちゃんが楽しそうにしているのを見られたらさ」
だから、とキョウヤは続ける。
「アリス達と一緒にいるときは難しいことはちょっと置いといて、みんなのことを考えていたらいいと思うよ。いままで知らなかったこともいろいろ知ることができると思うし。君が歌うことを楽しく思えるかは分からないけど、アリス達の歌は俺も大好きなんだ。だからカロンも好きになってくれると嬉しいな」
ぽん、と彼女の頭に手を乗せるキョウヤの言葉が嬉しくて少しむず痒い気持ちになる。この短時間でカロンが物分かりが良くしっかりしている子であることも理解できて納得した。
あまり感情を顔に出さない女の子だけど、家族同然に過ごした他の子供達のことを大事に思っているようだった。それならばなぜカロンはココット家の養子となることを選んだのだろう……。