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3ー3


「改めて、ようこそおいでくださいました。我がメレン公爵邸へ」


 それはとてつもなく広い玄関広間を通り、それはとんでもなく長い廊下を歩き、案内されたのは応接室なのだろうかやはり広々とした部屋だった。座り心地のよさそうなソファに挟まれたローテーブルの上には既に茶器と茶菓子が用意されている。ドレスの裾をつまんで優雅にお辞儀をしたエフィネアはロランドまでの往復で長時間馬車に乗っていたはずなのに、体力があるのかまったく疲れを感じさせない笑みを浮かべていて意外だった。少し、ただ者ではないような雰囲気を感じた。

 促され、若干緊張しながら私は内心落ち着いていなさそうなルチアと並んで腰かける。向かいには帽子を脱いだキョウヤが、そして右側唯一の一人掛けのソファにはエフィネアが腰を下ろし、その背後にいまだ名前の分からない青年が音もなく控えた。


「始めにお話しておきましょう。今回の件に関してはわたくしが一任されております。父も兄も関係がありませんのでご理解を」


 そうして発せられた凛とした声音は先程までの穏やかなものとはまるで違く、静かな圧に自然と背筋が伸び上がった。


「まず最初に、キョウヤ様には楽団をお貸しした返礼としてお願いしたいことがございます」

「……はい、私にできることなら」

「南部領の今後の発展のため、あなた様の出身である空に浮かぶ島の技術と文化を教えていただきたいのです」

「……!」


 驚いて視線だけでエフィネアを見やる。と、やわらかな瞳と交わってどきりとした。しかし考えるとキョウヤは自分が浮人であることを特に隠していなかったので、彼女が知っていてもおかしなことではないのかもしれない。だが浮島の技術と文化とは……。


「それは……申し訳ありませんが、私だけの一存ではどうにも……」

「そんなはずはありません。あなた様はあの浮かぶ島を統べる方々の代理人なのですから」

「……代理人?」


 ルチアの疑問に釣られるように向かいのキョウヤに視線を移す。姿勢を正して座る彼はばつが悪そうに苦く笑った。


「お二人はご存じなかったのでしょうか? キョウヤ・シノミヤ様は、浮島の言葉をハルシア大国に伝えられるいわゆる島の代弁者なのですよ。わたくしも直接お会いしたのはこの間が初めてなのですけれど」


 そうでしょう? とエフィネアに問われ、曖昧に頷くキョウヤを見つめて考える。つまりこの国で例えると、王様や王家の方々の言葉を外国に代弁して伝える人、ということになる。まるで実感が湧かないが、そうなると物凄く位の高い立場にいる人なのではないだろうか。


「あの、そしたら代理人というのはどういうことなのでしょうか?」


 驚きつつも気になって、二人に尋ねるような形で口を開く。よく聞いてくれたとばかりに答えたのは扇を広げたエフィネアだった。


「代理人とはそのままの意味です。島におられる統治者様に代わり、大国にいらっしゃる間はキョウヤ様が何事にも決定権を持たれるいうこと。ですからわたくしは個人ではなく代理人としての肩書きをお持ちのキョウヤ様に、南部領を治める公爵家の娘としてお願い申し上げているのです」


 ぱちんと気持ちの良い音を立てて扇を閉じ、私達をにこりと見回す。つまり現在この部屋は政治的取引の場になっているのだと、慣れない空気に自然と体が強張った。

 楽団を借りたことがこのようなことに繋がるとは。楽観的に考えていたがエフィネアは公爵令嬢として強かで正しかった。家について考えたことのない私とは別の世界の人間のようで……。ルチアはどう思っているのか横目で見やると、眠そうな目であくびを噛み殺していてぎょっとした。キョウヤの正体を明かされてもピンとこないのか今更どうでもいいのか、難しい話も自分には関係ないとばかりにお菓子を手に取り紅茶に口をつける姿に、私は少しおかしくなって気が抜けた。


「隠していたわけじゃないんだ、特に言う必要はないと思って。ごめん」


 暴かれる形となったのに申し訳なさそうに謝るキョウヤに私は首を振り、隣からは別に、と声がした。嬉しそうに微笑んだ彼は居住まいを正し、改めてエフィネアと向かい合う。


「エフィネア嬢、一つお聞きしたいのですが、お知りなりたいのは南部領の今後の発展ためということでお間違えないでしょうか? 大国の今後の発展ではなく?」

「……地方の発展はゆくゆくは大国のためにもなります。南部は異国の技術や文化を受け入れることに抵抗がありませんので、先に中央や他の地方が情報を受け取るよりは何事にも活かせそうだと思われませんか?」

「確かに、そうですね……。つまりは私が先程扱っていた道具のように、人々の生活基盤が向上するような技術にご関心があるということですね?」

「おっしゃる通りです。何も争いを生み出すための技術を欲しているわけではございません。民の生活をより良くするため、より便利にするために、この国には存在しない技術を知りたく思った次第です」

「貴族の義務というものですか、大変ご立派な考えだと思います。しかし、申し訳ありません」


 二人の会話を聞いていて、メレン公爵家に若干思惑がありそうに感じたものの、生活する人々のことを真剣に考える言葉は嘘をついているように聞こえなかった。なのでそういうことならキョウヤも話に応じそうだと思ったのだが、綺麗な動作で頭を下げたので私の方も驚いてしまった。エフィネアも同様に感じたのか一瞬目を開いたものの、しかし穏やかな表情でキョウヤを見据える。


「……理由をお伺いしても?」

「はっきりと申しますと私達の島の技術をお教えしても、この国では応用どころか基本さえも理解することはできず、万が一にも人々の生活には利用できないと断言できるからです」

「そんなこと、まずは教えていただかなければ分からないではありませんか」

「分かるのです、浮島とハルシア大国には技術力の差がありすぎます。この国だけではありません、隣国も遠い外国も、『今この世界に存在しているすべての国』との間に天と地ほどの格差があります。あなたが想像しているより遥かもっと、さらに高く」


 なんとなくで渋っているのではないことは分かる。しかし真面目に答えるキョウヤの言葉は理解できるようで全然できない。すんなりと納得はできそうにない理由にエフィネアも同じように感じたのか、眉間に初めてしわが寄る。


「エフィネア嬢は電気についてはご存じですか?」


 おもむろにキョウヤが質問する。私も彼と初めて出会ったときに同じことを聞かれた覚えがある。あのときは懐中電灯の仕組みを説明してくれたのだった、あまり理解はできなかったけれど。


「ええ、隣国では既に街の一部分に電灯が設置される実験が行われているみたいですね」

「この国でその電灯が浸透するのにはどれくらいかかると思われますか?」

「実験が開始されるのは数年後……国全体に一般的に広まるのには、問題がなければ十数年から二十年はかかるのではないでしょうか」


 しかしエフィネアは都度考えながらもキョウヤの質問にしっかりと受け答えしており、学があることが窺い知れた。父親である公爵家当主やその跡継ぎである兄に一任されていると話していたのは、どうやら彼女自身に政治的知識があり信頼されているからのようだ。苦々しいがいままでの自分も含め、家柄にあぐらをかくだけの貴族達とは一線を画しており、とてもすごい人なのだと思った。


「順当にいけばそうなるでしょう。そしてその工程は私達の歴史の中では、約二千年前には終えられています」

「…………二千?」


 無意識にぽつりと漏らすと、隣のルチアも小さく身じろぐ。キョウヤと目が合うと彼はふっと肩の力を抜き、私達を安心させるように微笑んだ。


「私が触っていた道具も、あれは私達にとっては千年も前の物になります。現在のあの島の技術をこの国で再現することは不可能でしょう。千年前の道具も同じです。例えばそれを理解できる人間、分解する道具、理解する知識を得るための前提知識、その他すべてがいまのこの世界には一つも足りない。だからお教えする意味がないというのと、もう一つは数百年後には自然とそのようになっていくので、いまお教えするものではないということです」

「お待ちください、それでは……」


 エフィネアがとても納得できないというような難しい顔をして身を乗り出す。


「この国この世界で再現できないのならば、なぜあの島では問題がないのですか。あの島だっていまはあなたの言うこの世界とやらにあるはず」

「あの島の周囲だけは状況が違っているので問題ないんです。そういう島だと思っていただければ」

「では! 二十年前にあなた方はどうして突然現れて、この国に降り立ったのですか?」

「それはさすがに説明できませんが、たまに誰かが降り立つ以外は出来る限り互いの技術や文化には干渉しないようにしているつもりです」

「……キョウヤ様、あなたは二千年前とおっしゃいましたね? となると、あなた方は二千年後からお越しになったでもおっしゃるのですか?」


 最初に会ったときのおっとりとした雰囲気でもなく、つい先程の背筋が伸びるような凛としたそれでもなく、エフィネアは自分自身が感じた疑問をぶつけるかのようにまくし立てる。


「未来ではなく、別の世界から訪れたのだと思います。二十年前は私もまだ幼児だったので、これは聞きづてになるのですが」


 キョウヤが答えると場に初めての沈黙が降りた。エフィネアは乗り出していた身を戻し、静かな表情で何事かを考えている。


「…………その答えが返礼の対価ということになるのでしょうね」


 しばらくしたのち、エフィネアが息を吐いて立ち上がる。その表情には諦めが見え、疲労の色も見て取れた。


「お話、どうもありがとうございました。内容に関してはわたくしと彼ーー使用人のレイの心の内にしばらくは留めておくことにしますのでご安心ください。本日はこれにてお暇しますが、明日の朝食後に再びお話させていただきたいことがありますので、こちらの部屋にお伺いします。何かありましたら使用人に申しつけていただければ対応しますので、今日は用意させていただいた部屋などでごゆっくりとお寛ぎくださいませ」


 それではご機嫌よう、と優美に膝を折り曲げると、エフィネアはレイと呼ばれた青年の使用人とともに応接室を出ていった。途端に張り詰めていた空気が緩み、誰彼ともなく長い息を吐く。私も会話を聞いていただけなのに体力を奪い取られたような感じだった。


「つっっっかれた〜〜〜……」

「俺も疲れた〜〜こんな面白くないこと話しても何も楽しくね〜よ〜〜」


 ルチアとキョウヤがげっそりとのけぞるようにソファの背もたれに寄りかかる。二人して天井を見上げる姿に私も同じくもたれかかり、両腕両足をぐっと伸ばした。


「ほんと面白くなかったわ……。ほとんど聞いていなかったけれど、でもなんか最後の方にお互いの技術や文化には干渉しないようにしてるとか言ってなかった?」

「言った」

「干渉しまくりじゃない?」


 タブレットは使わせてくれてるし歌は披露しちゃってるし、とのルチアの言葉に確かにと頷く。


「大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫! 俺がやりたくてやってるだけだから」


 よく分からなかったが心配になって尋ねると、キョウヤは笑いながら体を起こした。答えになっているようでなっていなさそうだったが、本人がそう言っているので良しとすることにした。


「それより、いろいろ隠していてごめんね」


 すると再度彼が眉を下げて謝ってきたので、私は同じように首を振った。


「浮人だって言うんだからなんとなく普通じゃないことくらい分かっていたわよ。島自体二十年前に突然現れたんだから、別の世界から来たって言われてもそうなんだとしか思わないわ」

「それに、別に隠していたわけじゃないですよね? 仲が良くても話したくないことや特に話さないことなんてたくさんありますし。正直いろいろとびっくりしましたけど、私にとってのキョウヤさんは変わらないので……。だから、謝らなくても大丈夫です」


 ルチアの言葉に続けて話す。隠しているつもりでなくても話していないことなんていっぱいある。そういえば私もキョウヤに自分の子供の頃や家のことは話したが、家を出る理由になった歌踊大会での出来事や父親との取引の話はしていなかったように思う。ルチアには話したが隠しているわけではなくただ機会が訪れていないだけで、これと同じようなものだろう。

 キョウヤは言葉なく微笑むと、勢いよく立ち上がる。うんと伸びをした後に片手の指で帽子をくるくると回しながら、気を取り直したように目を輝かせて言った。


「じゃあ、探検しにいこう!」

「はぁ?」


 ルチアがじと目で彼を見やる。


「はぁ? って何だよ、公爵邸なんてめったに入れないんだから見て回るしかないじゃんか」

「まぁそれはそうだけど……それよりあたしお腹空いたわ。何か食べない? アリスはどう?」

「私も少し……お菓子つまんだだけだったもんね。キョウヤさんも何も食べていないですよね? どこかに食べに行きませんか?」

「あ〜確かに何も食べてなかったな、じゃあ街に行ってみようか!」


 そうと決まれば部屋を出て、すれ違った使用人に言づけると記憶を辿りながら玄関広間へと向かう。


「あの……ジンさんもリンドバーグに滞在されるんですよね? 一緒に行動しなくてもいいんですか?」


 その間にそういえばと、キョウヤに疑問に思ったことを尋ねてみる。ジンのことで私が分かっていることは、二人は普段は別行動を取っていることが多いが、キョウヤが何かを頼むときはなぜかちゃんと近くにいるということだけだ。それと無愛想で文句を言うことも多いが、必ずキョウヤに言われたことは守るということ。遠出をするときの御者の役割もそうだが、給仕の手伝い、馬の世話、その他もろもろ。今日からしばらくリンドバーグなので一緒にいなくていいのかと思ったのだが。


「ああ、問題ないよ。あいつはあいつでやることあるしね。何か頼みたいときはいつもみたいに呼べば来ると思うからさ、ロランドじゃないから少し時間はかかるかもだけど」


 どうやら普段通りで問題はないようだった。


「……ルチア、ジンさんってキョウヤさんと一緒にいないとき何しているの?」

「……さぁ? でも、キョウヤも普段特に何もしていないわよ」


 何気なく言われて私の方が胸に刺さった。それを言えば私もいまはルチアと同様、店を手伝いながら住まわせてもらっているが、他に特に何かをするでもない。歌で生活できればといまは考え始めたが、ただそれだけだ。

 首を傾げるルチアに答えず私はうぅむと考えようとして、とりあえずは空腹を満たそうと思考することを放棄した。



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