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3ー2


 これほど早く再び降り立つと思わなかったリンドバーグにはお昼過ぎに到着した。空が高く、一週間前よりは日差しがほんの少しだけ強い。早速ジンは馬車を停めておくための乗り場へと去っていき、私とルチアはとりあえずキョウヤを探すためにメレン公爵邸へと向かうことにした。

 公爵邸は街の中心にあるため貴族街に踏み込み、なんとなくの方向感覚でそちらに向かう。ルチアはいろいろと思うところがあるのかきょろきょろと周りを見渡していた。しかし中央の貴族街と比べると自然が多いからかあまり圧というものを感じない。一応他所行きの服装を選んできたので浮いていることもないだろう。

 観光がてらに歩いていると開けた広場に躍り出た。真ん中には小さな噴水が虹を作っており、向こうを見ると大きな柵の門扉が見えた。やはりその先の公爵邸の敷地は広大なのだろうと感心したところで、噴水の石の縁にキョウヤが座っていることに気がついた。


「キョウヤさん!」


 ルチアと小走りに駆け寄って、しかしそのげんなりとうなだれる姿が珍しくて私は目を瞬かせた。


「死んでるわね」


 両膝に肘をついて石畳を眺めていたキョウヤがこちらに気づいてのろのろと顔を上げる。いつも明るいその顔からは笑みが消え、目元は疲れ切っているようだった。彼らしくない盛大なため息が口から漏れ聞こえる。


「疲れた……」


 一言が重い。私は手持ちの鞄から皮水筒を取り出すとキョウヤに差し出す。


「キョウヤさん、何も持っていけなかったですよね? 私達は馬車の中で少し食べたりしましたけど、水は飲まなくて大丈夫ですか?」


 言いながらそういえば先程一度口をつけたのだったと思い出したが、顔色が悪いしそんなことは言っていられないだろう。いやでももしかして不衛生でよくないかもしれないとぐるぐる考えそうになったがキョウヤはそれを受け取ってくれた。


「ありがとう」


 疲れ気味に笑って水を飲む姿は私が心配したようなことを何も気にしていないようで安心した。隣でルチアが鞄をごそごそと漁り、店から持ってきたお菓子の入った丸缶を差し出す。そこから数枚クッキーを口に運ぶとなんとか一息ついたようだった。


「……アリス、少し聞きたいことがあるんだけど」

「はい……?」


 するとなぜか突然神妙に話を切り出される。軽くなった皮水筒を受け取りながら何事かと目を瞬く。


「正直に言ってほしい。もしかして俺の性格うざ……嫌だった? 遠慮なく話しかけたり部屋に押しかけたり、無理矢理どっかに引き連れたりしてたからさ」


 今更なんだけど……。と、だんだんと小さくなっていく声に思わずルチアと顔を見合わせる。自信なさげに視線を逸らす表情は不安でいっぱいの幼子のようだった。

 この数時間の道中でエフィネアとどのような応酬があったのかは想像するしかないが、どうやら疲労感溢れていたのはそれだけが原因ではなかったみたいだ。彼女と性格が似ているかもしれないとでも思ったのだろうか? しかし私はキョウヤのことを特に嫌だと思ったことは一度もない。彼が不安に感じていることは杞憂なのだと伝えたかった。


「正直に言っても、キョウヤさんのことを嫌だと思ったことなんて一度もないです。もう分かっているかもしれませんが私、嫌でも始めは我慢しますけど、我慢できなくなったらはっきり言葉と態度に出しますよ?」


 言っていて自分でも面倒くさい一癖あるような性格だなと思ったが、それはそれとして顔の晴れないキョウヤに分かってもらおうと言葉を続ける。


「初めて会ったとき、キョウヤさんが声をかけてくれたから私はいまここにいます。隣にいさせてもらってます。私も無遠慮に踏み込んでくるような人は苦手ですけど、キョウヤさんはたくさん気遣ってくれましたから。優しくて明るくて、いつも楽しそうに笑っているのを見ると元気をもらえるので、私は好きです」


 邪魔だとか迷惑だとか心配したのなら決してそんなことはない。それよりも居場所を与えてくれた恩がある。大真面目に伝えるとキョウヤはびっくりしたように目を見開き固まっていた。


「…………あ、ありがとう。アリス」


 目を伏せて、片手の甲で口元を覆う彼の頬は若干赤くなっているように見えた。その様子にやはり少し気恥ずかしいことを言ってしまったなと、平静を装いながら内心じわじわと落ち着かなくなる。ふと視線を感じ隣を見るとルチアが呆れたじと目で見つめてきていた。


「アリス……そんなこと言ったら調子に乗るわよ?」

「いや、大丈夫。エフィネア嬢と話して反省したから、嫌われたくないしね!」


 こほんと一つ咳払いしてキョウヤが立ち上がる。頬が緩むのが抑えられないというような、ルチアが言った通り少々浮かれているように見えたが、普段の彼に戻ってくれたのなら良かったと思う。腰に両手をあててうんと伸びをする。


「お嬢様そんなにうざかったの? 何を言われたの結婚してほしいって?」

「恐ろしいこと言わないでくれ……。改めての話は屋敷でするからって、とりあえず先に戻ってもらって二人が来るのを待ってたんだ。少ししたら迎えを寄越すって言ってたし」


 改めての話と聞くと、ここまで来たからにはさすがにどんな内容なのか身構えてしまう。


「キョウヤさん、自分にできることなら何でもするって本当にそう言ったんですか?」

「あー……まぁね、そこまで言えば協力してくれるかと思って」

「……あたし達のため?」

「俺も見たかったから。俺も店長も含めてみんなのため」


 と、キョウヤがいつも通りにこりと笑ったところで、背後の門扉がゆっくりと開くと中から先程エフィネアのそばに控えていた青年の使用人が現れた。


「突然にも関わらずご足労いただきありがとうございました。お嬢様のもとまでご案内いたします」


 深々と頭を下げると青年はきびすを返す。私達はその後ろに静かに続く。


「……あたし達にもお願いがあるって言ってたわよね、何かしら」


 背後のルチアが小声で話しかけてくる。


「分からないけど……私達にもできることがあるならしなくちゃだよね、キョウヤさんだけに頼るわけにもいかないし」

「それはそうね」


 半分振り返りながら答えるとどうやらルチアも同意見のようで安心した。前を歩く広い背中に視線を移す。

 キョウヤが何者なのか分からないが力になれればと思った数刻ののちに、彼の正体を知ることになるとは思わなかった。



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