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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
03 新米聖女は人間の業を知る
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93 魔王マインラート 01 報告

 魔王に仕える軍師ギュンターは、俗に魔王城と呼ばれる城、岩の城(フェルゼンブルク)の一室にある。フェルゼンブルクとは城塞(じょうさい)の名前であると共に、それを囲む城塞都市の名前でもある。

 ここは魔王の執務室であるが、この部屋を人間が見れば、魔王の部屋とは信じられないほど質素だと思うであろう。ここには人間の王宮に見られるような装飾はほとんどない。床や壁も調度品も作りは上質ではあるが、魔王が座す椅子にも机にもたいした装飾はない。この部屋で最も華やかなのは、花瓶に飾られている花々であろうか。

 これは魔族と人間では権威に関する考え方が異なることを意味している。魔族たちからすれば、豪奢(ごうしゃ)な装飾の数々で権威を演出する必要などないのだ。むしろ人間たちの王宮にあるような派手派手しい装飾や高価な調度品の数々を目にすれば、魔族の多くはそれを人間の欲望が具現化したような(みにく)いものであると感じるだろう。多少の装飾ならば魔族たちも建造物や物品などに(ほどこ)すのであるが。



「報告申し上げます。旧チェスター王国領西部における妖魔共の間引(まび)きは達成されました。ですが実行した将のゲオルク卿とアードリアン卿を失ったことは、軍師としての私の非才によるものです」



 軍師ギュンターは魔王マインラートに対し報告をする。この件について中間報告はしていたのだが、終了したということで総括の報告をするのだ。

 この世界の各地にはそれぞれの地域の魔族たちを率いる魔王がいる。この地域の魔王の名はマインラートと言うが、神々の時代から生きる魔王には本来の名がある。それは(はる)か過去のことであり、魔王の本当の名を知るのは各地の魔王たちと神々だけであろう。



「確かにあの二人を失ったことの損害は軽くない。ゲオルクは戦いの中での死を望んでいたのであるから、あの者は本懐を()げたと言うべきであろうが」


「はっ」



 ゲオルクもアードリアンも有能な将であった。この地域の魔王軍にも大勢の有能な将がいるが、あの二人を失ったことは深刻というほどではないものの損害としては軽くはない。

 ゲオルクが戦いの中で死ぬことを望んでいたのは魔王軍でも有名だった。ギュンターもそれを承知で送り込んだのだから、ゲオルクが(たお)れたのは予想のうちであった。軍師はゲオルクに死に場所を与えるつもりで任務を与えたのだから。その上で軍師は魔王軍にとって都合のいいように情勢を動かそうとしていた。

 ゲオルクが戦いの中で確実に死ねる機会は、今回くらいしかなかったかもしれないのだ。彼は個人として強かったのに加えて将としても優れており、戦況が不利ならば戦闘に固執(こしつ)せずに引いて軍勢を立て直すこともできた。彼に敬意を向ける味方の将たちも、彼の軍勢が不利ならば支援の手を差し伸べたであろう。ゲオルクが冒険者との一騎打ちで敗北して斃れたのは、軍師にとっても予想外ではあったが。だがゲオルクにとっては、これ以上は望みもしない最上の最期(さいご)であっただろう。



(けい)はアードリアンの死の原因は何故(なにゆえ)と思う?」


「それはアードリアン卿の直接の死の原因をお聞きになっているわけではありますまい」


「いかにも」



 アードリアンも有能な将であった。軍師はアードリアンまで失うとは予想していなかった。その死の原因を把握(はあく)することは必要だ。他の将たちまで失うことにならないように。



「アードリアン卿は人間共を殺すことにこだわりすぎたと考えます。妖魔共の間引(まび)きを優先していれば、アードリアン卿は無事に帰還していたでしょう。ですが時間をかけすぎて、フィリップ・ヴィクトリアスが派遣した軍勢と相対することになってしまったことが、彼の死の原因と考えます」


「であるな」



 魔王はギュンターの返答に同意する。アードリアンは人間たちを滅ぼさなければならないという意識が強すぎた。彼の死は結局は彼自身が招いたのだと魔王と軍師は判断している。

 彼ら魔族には人間と比べると(はる)かに長命な種族も多く、こういった失敗の(たぐ)いに対する経験も蓄積されているが、長い時の経過で忘れてしまうこともあるのだ。であるから時に立ち止まって失敗の原因を探り、同じ失敗を繰り返さないように総括しておくことが必要だ。それでも感情的になって忘れたりすることもあるが。魔族たちも決して完璧な存在ではないのだ。



「だが(けい)にも過失はなかったとは言えぬな」


「はっ。私がもっと強くほどほどにしておくようにと(さと)していれば、アードリアン卿は無事帰還した可能性は高いと考えます」


「わかっているならいい。同じ失敗はするな。同胞たちを無駄に死なせてはならぬ」


「はっ」



 軍師は自分にも過失があることを認める。だが最も大きな責任があるのは失敗した当人であるアードリアンだと魔王も軍師も判断している。であるから魔王も軍師をそれ以上は(とが)めなかった。

 魔王にとっては臣下も民も配下であると同時に庇護(ひご)対象なのだ。彼も必要とあれば配下たちに死を前提とした命令もしなければならない。だが彼は支配者の責務として配下を無駄に死なせることを自ら(いまし)めている。



「ですがアードリアン卿たちの死も無駄とまでは言えません」


「であるな。聖女の出現を確認したのであるから」


「はっ。敵軍に聖女がいなければ、アードリアン卿も死なずに済んだと考えられます」



 聖女の出現。それは魔王軍としても無視すべからず出来事だ。人類側の軍に聖女がいれば魔王軍の損害は増えてしまうのだから。だが聖女が出現したことを知ったのだから、対策を考えることもできる。魔王軍全体と近隣の魔王領にも周知しなければならない。もちろん本当に聖女が出現したとはまだ断定できない。だがその可能性が高いと彼らは考えている。

 アードリアンがあらかじめ聖女の存在を想定するべきだったと言うのは無茶だ。むしろこの時点でそのような想定をする方が妄想が過ぎると言うべきであった。



「そしてアードリアン卿は命を()して聖女に人間共への不信感を植え付けようとしたのでしょう。その彼の忠義と同胞たちへの思いを否定するわけにはまいりません」


「ふむ。帰還した者たちから聴取したのか?」


「はっ。ルイーザと申す飛天族(ひてんぞく)の少女がアードリアン卿の最期(さいご)を見届けて帰還しました。他にも飛行できる者たちがアードリアン卿の命令に従い帰還しております」



 飛天族とは、人類側からは悪魔族と呼ばれている種族の魔族側からの呼び方だ。ルイーザはアードリアンと静かなる聖者の戦いを遠見の魔法と音伝達の魔法を使って見届けた。彼女は離脱しようとする味方を援護するように命令されていたのだが、アードリアンたちは離脱できず、彼女は先に離脱した者たちと合流して帰還した。そしてアードリアンの副官であるモーリッツと共に軍師に報告したのである。遠距離通話でも報告はされていたのであるが、帰還した彼女らから軍師は詳しい話を聴取したのだ。



「ルイーザの話を聞くに、アードリアン卿は聖女が人間共の社会に留まれば不幸な最期(さいご)を遂げるであろうという事実を教えることにより、アードリアン卿を討ち取った冒険者と聖女に人間共に対する不信感を植え付けようと試みたようです。そしてそれは一定の成功を得たと考えても良いのかもしれません」


「ふむ? 聖女は心清き者(ゆえ)に魔族の言葉も聞き入れることもありうるかもしれぬが、冒険者もか? その冒険者はゲオルクも討ち取った静かなる聖者の異名を持つ者であろう?」


「はっ。ですが静かなる聖者バートは人間共の間では極度の人間嫌いとしても有名なようです。静かなる聖者はおそらく人間共を信じてはいないのでしょう」



 魔王もさすがに一冒険者についての細々した情報は普通は報告を受けない。静かなる聖者バートについては、ゲオルクとアードリアンを討ち取った者として名前は報告されていたのだが。魔王に人間の名前が認知されることも異例と言えよう。魔王が覚えるに値する人間はせいぜい国のトップ近辺の人物くらいなのだから。



「アードリアンは失敗をした。だがあやつも自分にできうることはした。それは認めねばならぬのかもしれぬな」


「はっ。アードリアン卿の遺族が悪く言われぬよう、対処するご許可を得たいと存じます」


「うむ。よかろう」



 魔族たちも陰口をたたくことくらいはする。戦死者の遺族にはアードリアンを恨む者もいるかもしれない。



「そして聖女はホリーという名の人間の少女のようです。人間の基準でも大人になったかならないかという程度の年齢ではないかとのことです」


「人間たちはそんな少女を戦場に駆り出すのか……いつものことながらやりきれぬものよ。フィリップ・ヴィクトリアスは見所がある人間なのではないかと思っていたのだが、見込み違いであったか……」


「フィリップ・ヴィクトリアスにつきましては、擁護(ようご)するべき面もあります。彼も統治者として聖女を戦場に出さぬわけにはいかぬのでしょう。人間共は己らの存亡の危機を聖女が救ってくれると信じているのですから。たとえ彼が聖女を戦場に出したくないと思っても、人間共はその彼に不満を(つの)らせることになりかねません」


「そうではあるのだが、納得はしたくないものであるな……」



 魔族にとって心清き者は守るべきである。そして聖女は偉大なる神アルスナムと対となる神ソル・ゼルムが心清き者と保証する存在だ。であるから魔族たちにとって聖女はできる限り保護するべきなのだ。



「ルイーザの報告を聞く限り、その少女が聖女である可能性は高いと考えます。アードリアン卿と彼の配下たちの死にも本心から悲しむ様子を見せていたとか」


「そうか。可能ならば聖女を保護せよ。だが不可能ならば討ち取ることもやむをえぬ」


「はっ」



 魔王にも聖女を保護してやりたいという善意はある。聖女を保護できれば、戦いになど出さずに穏やかに暮らせるように配慮(はいりょ)もする。だが魔王は魔族を治める者なのだ。魔族より聖女を優先するわけにはいかない。可能な限り保護したいのではあるが。

 保護できなければ聖女はおそらく不幸な最期(さいご)()げるであろう。魔王軍に討ち取られるか、それとも同胞であるはずの人間たちに殺されるか。神々の時代から生きている魔王も、人類社会に残って幸福に一生を終えた聖女の存在はほとんど知らないのだ。絶無ではないのだが。もちろん彼が知らないだけで人類社会に残って幸せに一生を終えた聖女もいるのかもしれないが。


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