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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
03 新米聖女は人間の業を知る
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92 帝都にて 05 皇帝と次期王の友情

 サイアーズ王国現国王ルイスは先帝リーアムと同年代と、人間としては高齢と言える。彼はそろそろ王太子レイモンドに王位を譲ることを考えている。彼の治世でサイアーズ王国の国力もだいぶ回復した。ルイスはもう自分の役割は終わったと考えているのだ。残る問題は次の世代に(たく)せばよいと。



「ルイス陛下は大役を()()げて引退なさろうとしています。そしてサイアーズ王国はレイモンド殿下が次期国王として即位すると同時に帝国の庇護(ひご)下から離れ、心強い同盟国となるでしょう」


「はい!」


「まあアイザックとセルマがそう言うならば、そうなのじゃろう。余にはよくわからぬが」


「ええ。私たちが下手に口を出せば、アイザックたちの邪魔をしてしまうでしょう」


「もちろんそれは永久的に両国関係が良好に保たれることを保証するわけではありません。ですがサイアーズ王国を併呑(へいどん)しても、帝国にとっては災いの種になりかねないのです」



 少なくとも国王ルイスと王太子レイモンドは信頼に値する人物であり、対等の同盟国として自立させる方が得策であろうと皇帝とセルマは判断している。皇帝が権力欲にまみれた人物であったら、王国を併呑すれば一時的な欲望は満たされるかもしれない。だが皇帝にはいくらでも領土と富を拡大させたいという欲望はない。むしろ皇帝はそんな欲望にまみれた人間を侮蔑(ぶべつ)している。皇帝にとって権力は民に幸福をもたらす手段であって、目的ではないのだ。



「ファリントン公爵の狙いは、自分がサイアーズ王国領を得ることでしょう。ですがそうなれば公爵が第二のレオンになりかねません」


「公爵は野心的な方のようですしね……」


「むぅ……」



 王国一つ分という広大な領地を任せられる者は帝国でも限られている。第一皇子パトリックは皇帝の跡継ぎ候補だから帝都から離れるわけにはいかない。第二皇子フィリップは旧チェスター王国領を任されている。ならばサイアーズ王国領が帝国に併呑(へいどん)されれば、その領地を治めるのはファリントン公爵が第一候補であろう。仮にそうなれば、信奉者(しんぽうしゃ)も多い公爵の勢力拡張を喜ぶ者は帝国にも大勢いるだろう。

 だが皇帝とセルマからすれば、それは帝国の危機を招きかねないと考えている。公爵がサイアーズ王国領をうまく統治できたとして、公爵はさらなる野心を燃やすであろう。その野心は帝国全体を支配することに向けられかねない。そしてその先に。

 だが公爵には彼自身が信じるほどの能力はないとセルマたちは判断している。そもそもサイアーズ王国を併呑すればその民も不満を持つであろうし、公爵がそれをうまく統治できるかも危うい。それでも公爵の野心が帝国に災厄(さいやく)をもたらすことはありうるのだ。帝国を取り巻く状況はあの時期とはまた異なる。魔王軍の活動はさらに活発になりつつあるのだ。この状況でまたあのような戦役(せんえき)になれば、帝国もまとめて魔王軍に蹂躙(じゅうりん)されることになりかねない。

 そのセルマの言葉に先帝も危機感を(いだ)いたようだ。それはセルマの狙いでもあった。先帝が公爵の口車に乗せられてしまわないように。

 リーアムは一応納得したのか、話題を変える。



「そういえば、チェスター王国を攻めたしばらく後だったか、レイモンド王太子が姫をパトリックかフィリップに(とつ)がせたいと余にも伝えて来ておったが、なんでアイザックは断ったんじゃ? 余はいい話だと思っておったのじゃが」


「時期が悪すぎました。まさにチェスター王国を滅ぼした後だったのですから。パトリック兄上かフィリップ兄上にサイアーズ王国の姫が嫁げば、その兄上がサイアーズ王国を継ぐという誤解が両国に広がる恐れがありました。レイモンド殿下もそれはご承知だったようですが、なぜそのような申し出を内々にであってもして来たのかは私にはわかりません」


「ふふ。それはレイモンド殿下とアイザックの友情を考えれば不思議ではありませんよ。あの二人は政略以前にお互いの子供を婚姻させたかったのでしょう」


「うむ。アイザックはレイモンド王太子と親友だったようじゃからな」



 アルバート王子が帝都を旅立った頃、レイモンド王太子から内々に皇帝アイザックに対して、自分の息女が成年したらパトリックかフィリップに嫁がせたいと打診があったのだ。王太子は礼儀としてそれをリーアムにも知らせていた。皇帝も心情としては乗り気だったのだが、政治的な情勢がそれを許さなかった。それを受け入れれば、勝手な誤解をする者が帝国にも王国にもいくらでも出たであろう。そして野心を持つ者たちは誤解を自分にとって都合のいいように利用したであろう。



「ところで御爺様、御婆様。父上とサイアーズ王国のイヴリン殿下が恋仲だったのに結ばれることはなかったという悲恋(ひれん)の詩を聞いたのですが、それは事実だったのですか?」


「ふむ……? 二人はそんな仲であったのか? 仲は良かったようじゃが」


「イヴリン殿下はアイザックに恋心を持っていたようですが、アイザックは殿下を妹のようにしか思っていなかったようですよ。私もアイザックに水を向けてみたのですが、思いもしなかったという顔をされました。私の言葉に少し考えて、政治的にはそれはよろしくないと言っていましたが」


「……」



 アミーリアは少女らしい好奇心で聞いたのだが、その返事は彼女とセルマにとっても他人事(ひとごと)ではなかった。自分たちもアルバート王子から妹のようにしか思われていないかもしれないのだから。

 イヴリンとはレイモンド王太子の妹だ。帝国ではまことしやかに語られている悲恋の詩がある。かつて若きアイザックとイヴリンは恋に落ちたが、アイザックには既に妃がおり、イヴリンも妃の一人として迎えようにも政治的に難しく結ばれなかったと。アイザックからすれば、イヴリンのことはかわいがってはいたものの、そんな気はなかったのだが。

 イヴリンを妃に迎える政治的選択肢があることには、アイザックもミランダの言葉で気づいた。だがあの状況でそうすると、帝国はサイアーズ王国を併呑(へいどん)しようとしているという間違ったメッセージを送る恐れがあった。アイザックがイヴリンを女性として愛していたならば、困難であっても押し通したかもしれないが。


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