表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
03 新米聖女は人間の業を知る
94/158

91 帝都にて 04 サイアーズ戦役

 喧嘩する皇女姉妹をリーアムとミランダが仲裁する。



「セルマ。アミーリア。少し落ち着いたらどうじゃ」


「ええ。アルバート王子が帝都に来るのは当分先なのでしょう?」


「……すいません。見苦しいところをお見せしました」


「うー……でも、私は引く気はないですからね!」


「アミーリア。この話はとりあえずはここまでです」


「……はい」



 ひとまず姉妹はお互いに(ほこ)を収めた。セルマも平常どおりの落ち着いた態度に戻る。先帝夫妻からすればセルマにもこんな一面もあったのかと微笑(ほほえ)ましいのであるが。



「ところでセルマよ。話を変えるが」


「はい。なんでしょう?」


「ファリントン公爵から、アイザックがサイアーズ王国を自立させる方針じゃということに、貴族たちから不満が上がっておると言われたのじゃが。サイアーズ王家を廃して完全に帝国の支配下に置くべきじゃとも」



 ブレント・ファリントン公爵。それはヴィクトリアス帝国の大貴族だ。皇帝家の血筋を引き、優秀で人望があることでも知られている。

 だが皇帝とセルマは公爵を警戒している。公爵は『正義』と自身の野望を混同して自分でも区別がついていないのではないかと。そして公爵は自身の能力を過信している様子も見られることに。公爵は子息にセルマを降嫁(こうか)させることも皇帝に願い出ているが、野心が透けて見えていた。

 公爵には皇帝を逆恨(さかうら)みする材料もある。公爵の父親は先帝リーアムの治世下で権力をほしいままにして栄華を極めた。だがアイザックが皇帝位に就くと引退させられ、正規の領地と財産は安堵(あんど)されたものの、不正に取得していた領地と財産は没収されている。その程度ならば甘いと言うべきであるし、公爵も表向きは皇帝に従う姿勢を示しているが、腹の底は違うであろうというのが皇帝とセルマの見立(みた)てだ。

 このことを正式な手続きを踏んで意見するのではなく先帝に吹き込んだことも、帝国の規律を乱すものだ。本来ならば宰相(さいしょう)経由で主張するべきなのだ。だが先帝経由という裏口から来ようとした。皇帝がそういったやり口を嫌うことは公爵も承知しているであろうのにそうしたのは、血族だという甘えか、皇帝に対する挑発か、それとももっと深い思惑(おもわく)があるのか。



「そういった不満を持つ者たちがいるのは事実です。貴族にも民にも。ですが父上の構想、サイアーズ王国を魔王軍と戦う上での同盟国とすることを理解し、賛同している者の方が多いと私たちは判断しています」


「ふむ。余は政治のことはよくわからぬが、そなたたちがそう判断するならそれが正しいのじゃろうな」


「私も政治の話は苦手です……」


「アミーリア。そんなところまでフィリップ兄上に似なくてもいいでしょうに」


「そう言われましても……」



 公爵は先帝に嘘を吹き込んだわけではないのだろう。ただ公爵にとって都合の悪いことを言わなかっただけで。そういった不満を持つ者が貴族にも民にもいることは事実だ。帝国にも際限なく栄華や富を求める欲深い者はいくらでもいる。皇帝が高潔だからといって、その統治下の者たち全てが高潔というわけではない。

 皇帝からすればサイアーズ王国まで併呑(へいどん)する気などない。下手に併呑すれば国内にさらに火種(ひだね)を抱えることになる。たとえサイアーズ王国が恒久的な友好国としてある保証はなくとも、同盟国として自立させる方が得策だと判断したのだ。ただでさえ帝国は凡庸(ぼんよう)な統治者では統治しきれない広大な国土を持っているのに、さらに拡大すれば己の重みを支えきれずに自壊することになりかねないというのが皇帝の考えである。

 その深いところまでは理解していなくとも、サイアーズ王国まで併呑する必要はないと納得している者も大勢いることも事実だ。現状でも帝国は十分に豊かなのだ。むしろ旧チェスター王国を併呑したことにより帝国に負担がかかっていることを問題視する者も、特に財政をあずかる者たちを中心にいる。



「じゃが本当に大丈夫なのか? サイアーズ王国を自立させて」


「御爺様が不安に思われるのはごもっともでしょう。御爺様はかつてサイアーズ王国の侵攻にさらされた当事者なのですから」



 サイアーズ王国は現在ヴィクトリアス帝国の属国という立場にある。だがかつては厳然たる独立した大国であった。帝国となにかと衝突する、友好国とは言いがたい国であったのだが。

 先帝リーアムの治世、帝国の統治は緩み弱体化しつつあった。そこに好機を見た当時のサイアーズ王国国王レオンは帝国に侵攻、帝国は危機にさらされた。サイアーズ戦役(せんえき)と呼ばれる戦争の始まりである。

 レオンが魔王領ではなく帝国に侵攻したのは、そちらの方が征服しやすいと考えたからだ。魔王領に侵攻しようにも、魔王軍相手に勝利できるかという問題がある。魔王軍に対抗するにはさらなる富を得て軍を強化しなければならないであろうと。そのために帝国の富を奪おうと。

 だがレオンの思惑(おもわく)は楽観に過ぎた。弱体化しつつあったとはいえ帝国の力は強大。帝国領の一割程度を制圧した時点で戦線は停滞し、一進一退という状況になった。長期戦の様相を(てい)した頃にさらに追い打ちをかけるように、魔王軍の活動が活発化し始めた。サイアーズ王国もヴィクトリアス帝国も、互いと戦いながら魔王軍の侵攻にも備えなければならないという状況になってしまったのだ。その当時は魔王軍は妖魔共を大量に人類側の国々に放って荒らさせる程度で、魔族の部隊が侵攻して来ることはほとんどなかったのだが、いずれ攻撃が本格化することは予想されていた。

 それに危機感を(いだ)いたのが現皇帝、当時は皇子だったアイザックである。アイザックは無能な父を退位させ自分が帝位に就き、専横(せんおう)を振るっていた臣下たちを追放、緩んでいた帝国の統治を引き締めた。軍事的にもそれまで場当たり的な対応をしていたのを、皇帝の指揮権を強化して飛躍的に精強な軍隊を組織し直した。特筆すべきは、戦争を継続しながら魔王軍に対する防備も整えて、しばしばあった小規模な侵攻も撃退し、治安維持も強化して妖魔共の活動も抑え込んだことであろう。アイザックの即位をもってヴィクトリアス帝国とサイアーズ王国の戦争は転機を迎えた。



「ですが国王ルイス陛下も王太子レイモンド殿下も賢明な方々です。あの方々は今の帝国の強さを十分に知っています。魔王軍の活動が活発化している現在において、帝国を敵に回すのは自殺行為であると嫌というほどわかっているでしょう」


「まあアイザックもレイモンド王太子とは仲が良かったしのう」


「そうですね。もう長いことルイス陛下ともレイモンド殿下ともお会いしていませんが、あの方々もいい方々でしたからね」



 サイアーズ王国現国王ルイスは先王レオンの弟だ。彼は人類同士で戦うことに否定的だったのだが、次第に兄王に(うと)まれるようになり、身の危険を感じて家族と共に帝国に亡命した。ルイスはリーアムと同年代で、その子レイモンドはアイザックと同年代だ。アイザックとレイモンドは理想の統治者とはどうあるべきかを熱心に語り合った盟友でもある。

 国王ルイスももう高齢であり、そろそろ王太子レイモンドに王位を譲ることを考えている。皇帝アイザックはそれを機にサイアーズ王国を帝国の属国という立場から自立させようとしているのだ。



「私と姉上が生まれる前、父上が帝国を率いてサイアーズ王国前国王レオンを破ったのですよね?」


「ええ。そうです」


「うむ。アイザックのあの手腕は余も驚いた」


「ええ。私も正直に申しますと、サイアーズ王国軍が帝都に進軍して来るか、それとも魔王軍が迫って来るか、不安でしたからね」


「うむ。まことアイザックは余にはもったいないできた息子よな。アイザックに任せておけば帝国は安泰(あんたい)じゃろう」



 帝位に就いたアイザックは、当初サイアーズ王国軍に対しては防戦を重視し、好機を見て奪われた領土を奪還していった。その間に国内統治を整えていったのだ。一方サイアーズ王国は長期化する戦争に莫大(ばくだい)な戦費を必要とし、民に重税を()いて貴族たちにも税を課した。より致命的なことは、大量の妖魔共に領土が荒らされ始めていたことである。だが国王レオンは帝国との戦争をやめようとはしなかった。レオンには今更(いまさら)引き下がれないという思いもあったのかもしれない。

 アイザックは密偵を送り、サイアーズ王国内に不満と不安が蓄積されていく様子を冷静に見極めていた。そして帝国に亡命していた王弟ルイスの人脈も使い、レオンに不満を(いだ)く貴族たちをルイスの側につくように取り込んでいった。民にも国王レオンに対する不信と王弟ルイスに対する期待を増幅させる噂をばらまいた。

 一方レオンは悪化する戦況に(ごう)を煮やし、自ら大軍を率いて帝国に侵攻。一気に勝負をつけるつもりであった。それに対し若き皇帝アイザックは要塞群でレオンの軍勢の足止めを図った。

 だがアイザックはただ防備を固めるだけではなかった。これを好機と見て、ルイスとレイモンドに飛空船を複数(よう)する精鋭部隊と強力な冒険者たちをつけて、サイアーズ王国に侵入させた。王国に帰還したルイスはレオンに不満を(いだ)いて自分についた貴族たちの協力を得て、王国の大部分を勢力下に置くことに成功した。

 レオンもそれをただ座して見ようとしていたわけではない。だが軍を引こうとすると帝国の軍勢が追撃する構えを見せ、引こうにも引けなかった。一部の軍勢を残して帝国軍の足止めをさせようにも、帝国軍を足止めするに足る戦力となると相当な割合で残さねばならず、戻れる軍勢だけでは待ち構えるルイスの軍勢には対抗できないことはレオンもわかっていた。そして当然ルイスはレオンの軍勢に食料などの物資を送るはずもなく、補給が途絶えたレオンの軍勢は食料不足に苦しみ、次第に離脱者が出て行った。

 そのレオンの軍勢に対し、ルイスとレイモンドが率いる軍勢が迫っているという情報がレオンの元に届いた。レオンは敵である帝国よりも自分を裏切った弟をより憎み、軍勢をルイスの軍勢に向けた。それは皇帝アイザックが待ちに待った最大の好機であった。

 アイザックが立て直した帝国軍は正面から戦ってもレオンの軍勢に勝てたであろう。だがそれでは帝国軍の損害も大きくなったであろう。たとえレオンの軍勢に勝っても、戦力を損耗して魔王軍に対抗できなくなっては意味がない。だからアイザックは敵軍が弱体化するように仕向け、機会を待っていたのだ。

 アイザック率いる帝国軍は背を向けたレオンの軍勢に総攻撃をかけた。レオンの軍勢は食料も不足し、戦力は見る影もなく低下していた。結果レオンは戦死。降伏したレオン傘下(さんか)の兵は、レオンの命令に最後まで従って死んだ兵の二十倍に(およ)んだと言われている。逃亡兵が略奪を働くなどの被害も発生したが、それらも遠からず討伐された。若き皇帝アイザック率いる帝国の完全勝利であった。



「そしてルイス陛下がサイアーズ王国の王位に就いて、友好国として今に至ると」


「アミーリア。対外的には言葉を飾ることも必要です。ですがここは内密の話ができる場所です。ここでは事実を言わなければなりません。現状サイアーズ王国は我が帝国の庇護(ひご)下にあると」


「は、はい」



 現在のサイアーズ王国は実質的にはヴィクトリアス帝国の従属国という扱いである。というのも、先王レオンの起こした無謀な戦争と魔王軍に対する無策から、サイアーズ王国は大きく疲弊(ひへい)していた。そのままでは魔王軍の侵攻が本格化したら到底防げないのはわかりきっていた。だから王位に就いたルイスは帝国の保護を求めた。皇帝アイザックもそれに(こころよ)く応じた。

 ルイスは帝国に援軍を要請し、国内を立て直すための助力も求めた。帝国と交易も行い、経済の振興とそれによって得た経済力で農村の復興も行った。

 帝国軍の軍費と協力への謝礼という意味も含めて、今もサイアーズ王国から帝国に無理ではないペースで賠償金も払われている。それは懲罰(ちょうばつ)的なものではなく、控えめと言うべき額だ。そして二十年以上かけて払われた賠償金も払い終わるのは目前だ。

 帝国内部からはもっと賠償金を取るべきだという意見も上がった。だが皇帝は、過大な賠償金を取ればサイアーズ王国はさらに疲弊し魔王軍の侵攻を防げなくなると退けた。サイアーズ王国が陥落(かんらく)すれば帝国に対する魔王軍の圧力はさらに増大するという論理だ。目先の欲につられて後の災厄(さいやく)を招くのは愚かなことであると。

 サイアーズ王国を帝国に併合するべきという声も上がったが、皇帝からすればそれこそ論外だった。帝国もサイアーズ王国との戦争で疲弊し、また先帝リーアムの統治下で緩んだ統治を引き締める必要があった。なにより魔王軍に対する備えを強化する必要があった。そこにサイアーズ王国を併合すればその占領政策も必要になり、手が回りきらなくなるのは明らかだった。そして皇帝には広大な帝国の領土をさらに拡大したいという欲望はなかった。むしろ拡大しすぎれば統治が行き届かなくなり、後の災厄を自ら招き入れることになりかねないと危惧していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ