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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
03 新米聖女は人間の業を知る
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88 帝都にて 01 皇帝家の人々

 ヴィクトリアス帝国の帝都リスムゼン。その郊外にある離宮に、銀髪で毅然(きぜん)としたたたずまいが印象的な美しい女性、第一皇女セルマは来ていた。母親が違う妹、第二皇女アミーリアを連れて。

 アミーリアも姉と同様に銀髪であるが、まだ大人になっていないこの活発そうな少女は、いつも冷静な姉とは印象は異なる。この第二皇女は年若いながらも武と軍略に優れ、人々からは姫騎士と呼ばれている。数年後には姫将軍と呼ばれているだろうとはもっぱらの噂だ。

 アミーリアは第二皇子フィリップと母親を同じくするのだが、兄妹の年が少々離れているため、皇帝が正式な妃ではない女性に産ませた子供を不憫(ふびん)に思った第二皇妃オリアーナが、養女に迎えたのだという噂も流れている。フィリップが堂々たる偉丈夫(いじょうぶ)なのに対し、アミーリアは可憐(かれん)な少女で、兄妹があまり似ておらず、また女傑(じょけつ)と評判の第二皇妃とも顔の印象が異なることもその噂を後押ししていた。第二皇妃がアミーリアを妊娠していた姿は多くの臣下が目にしていたのだが、そのような下世話な噂をする者共もいるのだ。皇帝の権威を(おとし)めるために、故意に間違った噂が広められている形跡もあるのだが。



「御爺様も喜んでくれるでしょうか?」


「ええ。喜んでくださるでしょう。この植物は御爺様も見たことはないでしょうから」



 皇女たちは祖父、ヴィクトリアス帝国の先帝リーアムを訪問しようとしている。先帝は現皇帝アイザックによって退位させられ、現在はこの離宮にひっそりと暮らしている。

 アミーリアが押す台車には、この辺りでは見られない植物が幾鉢(いくはち)も乗せられている。皇女が自分で台車を押すなど、臣下からしたら言語道断な光景ではある。だがこの離宮に入ることが許される臣下は限られており、離宮まで同行した臣下と護衛たちは離宮の門前の詰め所で待機している。皇女たちはこの程度は自分でやりたがる性格であって、彼女たちは問題にしていないのだが。以前は詰め所に配置されている使用人が台車を押していたのだが、皇女たちの自分たちだけでゆっくり歩く時間がほしいという言葉に、今は皇女たちが自分で台車を押している。この離宮に来ると彼女たちも気軽に過ごせ、いい気分転換になっているのだ。

 皇女たちは広い庭園を進む。宮殿の入り口には彼女たちの祖父リーアムが使用人たちと共に待っていた。彼女たちが離宮の入り口に来た時に詰め所の者が来訪を伝えていたのだ。使用人が進み出て、アミーリアが押す台車を受け取る。



「セルマ。アミーリア。よくぞ来た。待っておったぞ」


「御爺様。お変わりはありませんか?」


「御爺様もいいお年ですし、あまりご無理はしないでくださいね?」


「なんのなんの。そなたたちの子供をこの手で抱くまで死ねぬよ」



 先帝リーアムは好々爺(こうこうや)そのものといった風情で二人を迎える。その姿はかつて大帝国の皇帝であったとは思えない、どこにでもいる老人のようだ。着ている服もいかにも豪華なものではなく、つい先程まで庭仕事をしていたかのようなものだ。

 先帝は孫たちを、そして第一皇子パトリックの子であるひ孫を溺愛(できあい)している。セルマからすれば、早くひ孫の顔を見たいとプレッシャーをかけられていると困った所もあるのだが、彼女たちもこの祖父が好きだ。それはかつて帝位にあったこの老人に対して、統治者として尊敬していることを意味するわけではないが。



「帝位はアイザックが引き受けてくれておるし、余は遠慮なく趣味に没頭できる。アイザックも孝行な息子よな」


「はい」


「御爺様は遠慮なくご自分のお好きなことをしてくださいね?」


「うむ。そなたらがこうして様子を見に来てくれるしな」



 それは、聞く者によっては先帝は帝位を奪われ監視もされているとして恨んでいると邪推(じゃすい)するだろう。だが先帝は本心からそれを言っている。彼は権力に興味はなかった。彼はただ自分がしたいことができればそれで良いのだ。そしてアイザックも愛する孫たちも忙しい中こうして訪ねて来てくれる。それで彼にはなんの不満もなかった。



「ですが御爺様に良からぬことを吹き込もうとする者もいるかもしれません。そのようなことがあれば、まずは私か父上に相談してください」


「わかっておるよ。余は政治に興味はない。政治はそなたらに任す」


「はい」



 セルマにとってこの個人としては愛すべき祖父は、統治者としては軽蔑(けいべつ)の対象だ。

 先帝は政治に興味はなく、民を守るという意識も乏しかった。こんな人物が帝位に就いたのは、彼の兄弟であった有力な皇帝候補たちが互いにつぶし合い、誰も注目していなかった無能な彼だけが残ってしまったからだ。

 だが彼は帝位に就いたからといって善政を行おうという意欲に目覚めることもなく、有力な臣下の専横(せんおう)を招き、帝国を傾けた。その状況を苦々しく思った彼の息子にして現皇帝のアイザックが先帝を退位させ、自分が帝位に就いたのである。

 リーアムはそれをかえって喜んでいる。彼の統治者としての唯一と言ってよい美点は、自分が統治者としては無能であることを認め、そして権力に興味はないことであった。彼は優秀な息子に帝位を譲ることに異を唱えるどころか積極的に賛成した。彼としては皇帝などという面倒な地位から早く降りたかったのだ。彼が退位したのは老年に至る(はる)か前と、異例の早さだったのであるが。

 それでも先代の皇帝という彼の立場は決して軽視して良いものではない。だから皇帝たちも十分に気配りをしている。帝国にも野心や身勝手な欲望から権力を握ろうとする者はいるし、そのような者たちが先帝を利用することも考えられるのだ。



「ところで今日持って来てくれたのはどんな植物じゃ? 二種類あるようじゃが」


「こちらの十株は、魔力を回復する魔法薬の材料となるものだそうです。サイアーズ王国領で産出するものですが、そちらでは自生しているものを採取していて栽培はされていないとのことです」


「ほうほう。これを栽培できるようになればそなたたちの役に立つか?」


「はい。これが栽培できるようになればその魔法薬を帝国でも生産できるようになり、国益にもなります。似たような魔法薬は帝国でも生産されていますが、供給源の多様化を図れます。魔王軍との戦いが本格化しようとしている今、戦場ではそういった魔法薬も大量に必要になりますから、それは重要です」


「うむ。事情はよくわからぬが、そなたたちの役に立てるのならば良い」


「自生地の環境などわかっている範囲の情報は、いつものようにメモに書いてあります」


「うむ」



 先帝の趣味は植物を栽培することだ。帝位にあるうちから彼は自分専用の植物園も持っていた。この離宮にも温室や魔法を組み合わせた立派な植物園がある。彼は統治者としては能力も意欲もなかったが、植物学者として、そして栽培技術の開発者としての能力には恵まれ、情熱を注ぎ込んでいた。そして息子のアイザックに頼んで、帝国植物園に運び込まれる植物の一部を持って来てもらっているのだ。それは趣味の領域を越えて、帝国植物園の職員が栽培方法を確立する前に、先帝が確立することもある。植物の栽培には年単位の時間がかかることもままあるのだが、先帝にはそれが性に合っていた。

 そして先帝はアイザックに、薬や食料になるものなど実用に供する植物を持って来てくれるように頼んでいる。彼にも息子や孫たちに重責を押しつけていることは後ろめたいという感情はあり、ならばほんの少しであっても息子たちの役に立つことをしたいとも思うのだ。離宮に務めている薬師(くすし)や魔法薬師に、栽培した植物を使った薬や魔法薬を開発させることもある。セルマもアイザックも、そんな園芸家としての先帝を評価してもいるのだ。



「そしてこちらの五株もサイアーズ王国領で産出するもので、珍しい花が咲くとのことです。こちらは薬や魔法薬として使われているわけではなく、観賞用だそうです」


「ほう。珍しい花とな?」


「はい。こちらの絵にある花だそうです。一度咲けば次々と一ヶ月くらいは花がつくそうです」


「ほうほう。これは美しい。楽しみじゃな」


「ですがこれは栽培が難しいそうです。栽培方法もこのメモに書いてあります」


「花が咲いたら私にも見せてくださいね?」


「うむ。それは余もこれを枯らさぬように張り切らねばな。見事咲けばアイザックにも送ってやろう」



 先帝はアミーリアの頭をなで、穏やかに微笑(ほほえ)む。彼は花も観葉植物も実用的な植物も路傍(ろぼう)の草花も樹木も()(へだ)てなく愛する。だが実用的な植物だけでは、たまには美しい花も育ててみたいと思うのも本音だ。

 皇帝も個人としては父を嫌っておらず、父の気分転換にもなるだろうと、珍しい花なども贈っているのだ。先帝もそんな息子の気遣いに感謝していた。先帝が見事咲かせた花を贈られた皇帝が、それをモデルに下手な絵を描くことは、先帝はもう少しうまい絵を描いてほしいものだと思っているのだが。



「咲いたらフィリップ兄上にも送って差し上げたらいかがでしょうか?」


「うむ。フィリップももう少しこちらに顔を出せばいいのにのう」


「それはご無理と言うものです。フィリップ兄上は旧チェスター王国領の統治を任されているのですから」


「そうなのじゃがなぁ」



 第二皇子フィリップも、先帝の影響か、豪快な人となりには似合わず植物いじりが好きなのだ。それは気晴らしの趣味という程度で、彼は己の職責を放り出すことなどはしないが。




 そしてセルマたちは宮殿の一室で椅子に腰掛けている。部屋にはリーアムが育てた植物も置かれ、目を楽しませる。使用人たちは退室させ、家族の時間だ。戸が開いて、お茶とお菓子をのせたワゴンを押した上品な老婦人が入って来た。リーアムの妃で、皇女たちの祖母のミランダである。



「セルマもアミーリアもよく来たわね。あなたたちが好きなアップルパイを焼いたから、食べていきなさいな」


「はい。ありがとうございます。御婆様」


「おなかをすかして来ました!」


「ふふ。フィリップがいたらもっと焼くんだけど」



 ミランダは、孫たちやアイザックが来るという知らせを事前に受けた時には、こうして手料理やお菓子を作ってもてなすのだ。そして孫たちもミランダとリーアムもこの時間を楽しんでいた。フィリップはたくましい肉体に見合ってよく食べるため、フィリップが来る時はミランダも多めに料理を用意するのだ。

 かつて皇妃という地位にあった女性が自分で料理するなど、普通は考えられない。だがミランダは、令嬢が自分で料理をしても(とが)められることもない程度の下級貴族出身であった。リーアムが皇子時代に婚姻したのだが、その当時リーアムが皇帝位を継ぐことなど本人も含めて誰も考えていなかった。野心も能力もない彼は、ミランダの実家を継いで下級貴族として生活に困らない程度にひっそりと生活すればいいと考えられていたのだ。



「御婆様。今度私にも料理を教えてくださいね?」


「ふふ。いいわよ。でもあなたは皇女なのですから、お料理をさせてもらえるかしら?」


「そうなんですよね……」



 アミーリアも料理することに興味を持っているのだが、彼女は生まれながらの皇女であり、自分で料理することを許されるかは難しいだろう。ミランダもこんな元気な彼女を愛しているのだが。

 セルマは口出しをせずに黙っている。アミーリアが皇宮でこんなことを言い出したら第一皇女として第二皇女を叱ったであろうが、今は完全にプライベートの時間だと彼女もわきまえている。そして彼女はこんな快活な妹も愛しているのだ。



「じゃがアミーリアが料理してくれるならば、余もそれを食してみたいな」


「ふふ。そうですね」


「なら、この離宮で料理させていただきます! できることなら、父上にも母上たちにも兄上たちと姉上にも振る舞いたいです!」


「楽しみにしていますよ」



 ミランダもリーアムも今の穏やかな暮らしに満足している。ミランダにとって皇妃としての生活は息苦しいものであった。思いもかけずリーアムが皇帝位に就くと、彼女は皇妃として敬われたのだが。

 そしてリーアムは側室を迎えて後継者候補を増やすようにと迫られた。皇帝になったリーアムに自分の娘や妹を(とつ)がせて、その子供を次代の皇帝に就けて権力を握ろうと考える貴族はいくらでもいた。だがリーアムは頑として受け入れず、側室は持たなかった。リーアムとミランダには子はアイザックしかおらず、そのアイザックに何かあれば皇帝家はどうなるのかと、真面目な廷臣たちをやきもきさせたものだが。

 そしてリーアムとミランダは今も先帝とその妃として敬意を払われてはいるのだが、常に身の回りに臣下たちがいるわけではない。夫と静かに暮らし、時折こうして愛する孫たちやひ孫も会いに来てくれ、皇帝として多忙なアイザックもたまに訪ねて来てくれると、ミランダが理想としていた平穏な暮らしがここにはあった。

 

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