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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
01 元王子は新米聖女と出会う
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05 エルムステルの街への道中 01 啓示

 街道沿いの村の、商人の荷馬車も利用する宿。宿泊料は少々高めだが、荷馬車の見張りもしてくれ、荷物の安全も確保できるため、商人たちにはこのような宿が重宝されている。

 バートたちは冒険道具などは異界収納のマジックアイテムに入れて持ち歩いている。それを使うと、かさばり重い荷物も手ぶらのように持ち歩くことができるのだ。ホリーの荷物もそこに入れてもらったのだけれど、それなりの大きさがある荷物が消えてしまう光景には彼女も驚いた。

 そのマジックアイテムは非常に高価で、よほど高位の冒険者でもない限り手に入れることはできない。このアイテムを使用するには智現魔法(ちげんまほう)という魔法分野をそれなりに使える技量も必要で、使える者はそうはいないという問題もある。冒険者のグループには智現魔法の使い手が一人はいることが多く、冒険者にとっては便利な(あこが)れのアイテムなのだが。商売に利用するほど大量のものを入れることはできないが、冒険に必要なものを入れること程度なら十分にできる。



「あの……私までこんないい宿に泊まらせてもらっていいんでしょうか……?」


「構わない。君の安全を確保しなければならない」


「俺たちにとってはこの程度の出費は問題ないしな」



 一般庶民が旅をする時はもっと宿泊料の安い宿を使うのが一般的で、ホリーもそういった安い宿を使っていた。だがバートたちは依頼で商人の荷馬車を取り返し、その荷物の安全も確保しなければならないため、この宿に泊まっている。ホリーの宿代もバートたちが出してくれたのは彼女は恐縮している。



「お客さんたち、この料理はサービスです。野盗を退治してくれたお礼です」



 バートたちは荷馬車の行方を確認するためにこの宿で聞き込みをしていたから、宿の主人は野盗が退治されたことに安心し、感謝している。

 そうして食事も終えて彼女らは部屋に戻った。



「お嬢さん。私たちと同室なのはすまない。男女別にするべきなのだろうが」


「お嬢さんの安全を確保しないといけないからな」


「いえ。大丈夫です」



 ホリーはバートたちと同室だ。聖女かもしれない存在であるホリーに万が一のことがあってはならないと。冒険者は男女の区別をあまり気にしない者も多く、少人数ならば男女同室で宿泊費を少しでも抑えようとするグループは、特に駆け出しの冒険者には珍しくない。



「お嬢さんが着替える時は私たちは部屋から出よう」


「ああ。お嬢さんも男に肌を見られたくはないだろうからな」


「あ、ありがとうございます……」



 それでもホリーが旅装から母が荷物に入れておいてくれた寝間着に着替える時は、野盗たちに下卑(げび)た感情を向けられた後に男に肌を見られるのは抵抗があるだろうと、バートとヘクターは部屋の外に出てくれた。それはホリーにとってはとてもありがたい心遣いだ。バートたちのことは信じたいと思っても、あの獣欲に満ちた男たちの表情を当分は忘れられそうになかった。

 そしてホリーは寝る前に善神ソル・ゼルムに祈りを(ささ)げてベッドに入ったのだけれど、あんな体験をしたばかりでなかなか寝付けなかった。



「お嬢さん。もう大丈夫だ。安心して寝ればいい」


「ああ。私たちと一緒ということに緊張しているのかもしれないが」


「あ、ありがとうございます」



 その彼女に人の良いヘクターが心配の声をかけてくれて、バートも無感情であっても気遣いの言葉をかけてくれた。そうしているうちに彼女も疲れが出たのか、いつの間にか眠りに落ちていた。


 そしてホリーは夢の中にある。神殿のような空間。ホリーの目の前には一人の青年に見える存在が立っている。だが人という表現は正しくないだろう。男性は明らかに人にはあらざる神聖な気配を放っているのだから。ホリーはあまりの(おそ)れ多さに膝をつき、祈りを(ささ)げる体勢になる。彼女は以前にもこの存在を夢の中で見たことがあった。

 存在が言葉を発する。



「かの者は、我が友に似ている」



 それはホリーに語りかけているのか、それともひとりごとなのか、彼女にはわからない。だけどなぜか、存在の言うかの者とはバートことだとわかった。



「私は我が友と対立し、戦った。だが私は友を憎むことはできなかった。それは友も同様だったであろう」



 ホリーは恐怖した。もしかしたら自分もバートと対立するかもしれないと。それはバートと敵対したら自分は死ぬしかないという恐怖ではない。バートは不思議な人だけれど、決して悪い人ではない。彼は自分を助けてくれたし、配慮(はいりょ)してくれている。その彼と戦うことなど考えたくなかった。



「我が信徒よ。かの者の心を救ってやってくれ。かの者は人間に絶望している。全てに不信感を(いだ)いている。それなのに、義務感だけで善行をしている。我が友のように、かの者も本当は人間を信じたいのだろう」



 ホリーは理解した。存在の言葉はひとりごとではなく、自分に対して語りかけているのだと。

 絶望。その言葉で、ヘクターがバートは極度の人間不信だと言っていた理由がわかったような気がした。バートが本当は人間を信じたいと聞いて、彼の矛盾(むじゅん)する人となりも()に落ちた。



「我が信徒よ。善の意味を考えよ」



 ホリーは目の前の存在が何者なのかわかっていた。善神ソル・ゼルム。彼女に神聖魔法の力を与えた偉大なる神だ。

 神は全てを見ているとされている。それが本当に全てを見ているのか、それとも信徒の見聞きしたことが神に伝わっているのか、それは神学者たちにとっても議論の対象だ。

 善神が友と呼ぶ存在が何者なのか、そして善の意味を考えろという言葉の意味は、彼女にはわからなかった。


 ホリーは目を覚ます。先程の光景は夢だったのだ。普通の夢は起きた時には淡雪(あわゆき)のように記憶から抜けていくことが多いのだけれど、先程の夢ははっきりと覚えていた。彼女は理解している。あれは善神ソル・ゼルムの自分に対する啓示(けいじ)だったのだ。自分はバートの心を救わねばならぬのだ。自分ごときが立派な冒険者であるバートの心を救えるのか、そもそもどうすれば彼の心を救えるのかわからないと、不安ではあるけれど。



「お嬢さん、起きたかい?」


「疲れているのだろう。まだ眠いならもう少し寝ていても構わない」


「あ……はい。大丈夫です」



 ホリーが起きたのは、いつもより遅めの時間だった。やはり彼女も疲れていたのだろう。先に起きていたヘクターとバートが声をかけてくれた。彼らの気遣いが彼女には快かった。この人たちはとてもいい人なのだろう。少し恥ずかしいけれど。

 善神の啓示(けいじ)に、バートのことは心配だ。でも直接それをバートに言ってどうにかなるものではないだろうことは、人生経験の少ない彼女にもおぼろげではあってもわかった。



「では、君が着替えている間は私たちは部屋から出ていよう。着替え終わったら声をかけてくれ」


「慌てる必要は無いからな」


「あ、ありがとうございます」



 村娘だった彼女は羞恥心(しゅうちしん)はそう強く意識していなかったけれど、あんなことがあったばかりで男性に肌を見られるのは抵抗がある。バートもヘクターも、大人にはもう少し届いていない自分にそんな感情を向ける下劣な人間ではないだろうとは思うけれど、それでも抵抗はある。

 そしてホリーは旅装に着替え、バートとヘクターと共に宿の一部である酒場で朝食の席にある。朝食も安宿とは違って少し上質なものだった。

 朝食を一通り食べ終わって、ホリーは(たず)ねる。



「あの……善の意味って、なんだと思いますか?」


「ふむ……」


「それは……深いな」



 善神の啓示(けいじ)の意味は彼女には理解できず、バートたちの考えを聞いてみたかった。



「私は公正であることだと思う。自分自身に対しても他者に対しても公正であり、他者に対しても慈悲深く接するならば、それはすなわち善となるのだろう」


「俺はそこまで小難しいことは考えられねえなぁ。いいことをして悪いことはしない。それが善だと俺は思う」


「なるほど……」



 ホリーはバートの言葉もヘクターの言葉も理があると思えた。バートの小難しい理屈を単純化するとヘクターの言葉になるのだろうと彼女は思った。



「お嬢さんはなんでこんなことを聞いたのかい?」


「善神ソル・ゼルム様からの啓示(けいじ)で、善の意味を考えよと言われたんです」


「なるほど」


「それは神官として考えなければならないだろうな」



 ホリーの言葉に、ヘクターもバートもあっさりと納得する。神官ならば一回は啓示を受けるのは当然だ。そして神官にとって神の啓示は絶対だ。啓示に背くことを続けた神官が神聖魔法の力を失うという事例も(まれ)にある。

 ホリーが受けた啓示が一回だけではないことを知れば、バートたちは彼女が聖女だと確信を深めたかもしれない。だがホリーは神官も複数回神の啓示を受けることはまずないということを知らなかったから、バートたちにもそれを言わなかった。


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