72 ミストレーの街にて 05 墓地の手前で
ミストレー最大のソル・ゼルム神殿に併設された墓地の入り口。街の中ではあるが、その墓地は広大な敷地を持っている。その一角は共同墓地になっており、そこに例の事件の犠牲者たちが葬られているとのことだ。
武器屋の主人のフレッドと防具屋の主人のダグマーも、店を店員たちに任せてホリーたちと一緒に来ている。フレッドたちは花を用意していたが、ホリーも道中で花を買い求めた。包囲中でも街の人々は心を慰めるために花を育てていたのだ。
だが墓地の入り口は騎士と兵十人ほどに塞がれていた。その隊長であろう騎士がバートを見て声を上げる。
「お前……いえ、あなたは静かなる聖者か?」
「そう呼ばれてはいる」
騎士は横柄な態度を隠せていない。この騎士は帝国直属ではなく、ミストレーの街の騎士団に所属していることを示す紋章がその甲冑に描かれている。旧王国領の支配層側の人々には冒険者をならず者同然の存在として見下している者はいくらでもいる。そしてバートは英雄的な活躍をしたとはいえ冒険者であることには変わりない。それにバートが独力で妖魔共の大軍団を討伐したわけでもない。であるからこの騎士たちはバートたちに対して敬意を払う必要性を感じていない。取り繕うように呼び名だけは変えているが。
バートは人々にそんな態度をとられても気にもしない。それは彼が心が広い人物であるからというわけではない。彼は大半の人間は妖魔同然の醜悪な存在だと考えている。そんな人間たちに好かれようという気は彼にはなかった。裏を返せば邪険にされようと気にもしない。むしろすり寄られる方が嫌悪感を刺激される。彼は常に無表情で、不快に思っても感情を表に出すことは滅多にないが。リンジーたちは冒険者が支配層側の人間に見下されることには慣れているとはいえ、不快感を表情に浮かべている。
「我々はこの墓地に葬られている、暴徒共に殺されたという犠牲者たち、そして包囲中と討伐戦で戦死した者たちを弔いに来たのだが、入れないのだろうか?」
「現在墓地は修復中だ。入ることはならない。花はそちらに供えろ」
騎士が指し示す場所には大量の花が供えられていた。包囲から解放されたことで、墓参りに来る人々もいるのだろう。バートたちの他にも、手に花を持っているが墓地に入れずに困っている人々もいる。
「修復とは?」
「あなたが言っているであろう街の者共に殺された者たちが葬られた墓が破壊され、その修復中だ。拘束されていない者共が破壊したのだろう。他の墓にも被害が出ている。よってしばらくは墓地は立ち入り禁止だ」
「そうか」
ホリーはショックを受ける。被害者たちは無実の罪で殺されたであろうのに、死後にまで非道な目に遭わされているのかと。ヘクターたちもフレッドとダグマーもやりきれないという表情を浮かべている。だが修復中となれば墓地に入るわけにもいかない。
「お嬢さん。墓地に入るのは無理なようだ。ここで祈りを捧げていこう」
「はい」
「そうじゃな」
ホリーたちもそれには異を唱えるわけにもいかない。ただ立ち入り禁止なだけならば、バートたちなら通らせてもらえるかもしれない。だが修復作業中となれば、その邪魔をするわけにもいかない。実際、墓地の中には作業をしている人々が見える。
ホリーたちは花が大量に置かれている場所に持って来た花を供える。
「死せる者たちよ。その魂に安息を」
ホリーが祈りを捧げ、バートたちも唱和する。バートは加害者たちのみならず犠牲者たちも妖魔共と大差ないのであろうと思っている。だが彼らも冥界に行ってこの世界に戻って来る時には善なる者として生きる可能性もある。だからバートの言葉にも弔いの思いが込められていた。ホリーとヘクターたちは純粋に犠牲者たちを弔っているのだが。
そして祈りを終え、ホリーがフレッドたちに声をかける。
「私たちは神殿で祈りを捧げていきますが、フレッドさんとダグマーさんはどうしますか?」
「私もお祈りしていきます。店はもうしばらく師匠に任せておいてもいいでしょうから」
「わしもじゃ。どうにもやりきれん。ソル・ゼルム様にお祈りして、心をすっきりさせたい」
「では一緒に行きましょう」
この世界には多様な神々がおり、善なる神々も多数あって、大きな街には代表的な神の神殿があるものだ。人々の信仰の形も様々で、特定の神を熱心に崇める人もいれば、幾柱もの神々に祈りを捧げる人もいる。特に善神ソル・ゼルムは善なる神々の王とされており、善なる神々の信者でソル・ゼルムをないがしろにする者などいない。ホリーとシャルリーヌは、ソル・ゼルムは善なる神々の王と呼ばれることに複雑な思いを抱えていることを知ったのだが。




