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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
02 新米聖女は道を見出す
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66 新米聖女の出陣 08 聖者と魔将の戦い

『つぶてよ、叩け』


「ぐっ……」



 バートが精霊魔法を使う。アードリアンの足下の地面が爆裂し、魔力を帯びた石つぶてが彼の肉体を傷つける。石つぶてを受けたアードリアンの翼は完全に動かなくなる。

 アードリアンにとって、これほどの実力を持つ冒険者たちが聖女を守っているとは予想外だった。この冒険者たちがいなければ、自分は聖女を保護して離脱することもできたであろうに。自分はここで死ぬのであろう。だが(あきら)めてはならない。悪あがきをしなければならない。手はある。聖女は心清き者。ならば直接にそれを守り、聖女の加護を受ける者たちも悪逆な者である確率は低いと考えられる。



「聖女を渡していただけませんか? 心清き聖女を戦場に駆り出すなど、人間共は許しがたい。聖女は保護し、戦う必要のない場所で穏やかに暮らさせないといけません」


「全く同感だ。だがお嬢さんをお前たちに渡せば死なせるだけだろう。渡すわけにはいかない」



 その会話中も彼らは剣を合わせている。

 バートはそのアードリアンの言葉自体は否定しない。あの優しすぎる少女は戦場になど出すべきではない。

 アードリアンは思った。自分は失敗したのかもしれない。目の前の魔法剣士は話がわかる者なのかもしれない。だが自分は今回の作戦でも万単位の人間共を殺して来た。その自分を人間であるこの男が信用する気にならないのも当然だ。そしてこの強力な魔法剣士に心当たりがある。



「私の名はアードリアン。魔王軍の将の一人です。あなたはもしや、オーガの将ゲオルクを討ち取ったという、静かなる聖者バート殿ではありませんか?」


「そうだ」



 アードリアンが剣を振るい、バートはそれを盾で受ける。バートが剣を振るい、それはアードリアンが(まと)う鎧に防がれる。互いに相手の防御をすり抜けるように攻撃しようとはしている。だがそう簡単にはいかない。

 バートはアードリアンの名を知識として知っていた。アードリアンにとって人間共は殲滅(せんめつ)の対象であって、わざわざ名乗る相手ではない。だがかつて彼の軍勢に見逃されたエルフやドワーフがその名を伝えていた。アードリアンには人類側がつけた異名もある。『鮮血の魔将』と呼ばれる悪魔族の将。アードリアンからすれば、人間共からつけられた異名など知ったことではないが。



「膨大な人間共を殺して来た私をあなたが信用できないのは当然でしょう。ですがあなたも理解しているのではありませんか? 魔族にはゲオルクのような、魔族に従うならば人間共も生かしておいて良いと考える者も大勢いると。ゲオルクと彼の義兄弟たちは戦う力を持たない人間たちを殺そうとはしなかったのでしょう?」


「……」


「聖女も私のような魔族の元で暮らすのは居心地が悪いとは思いますが、ゲオルクのような考え方をする魔族たちの元にいるならば悪くないと思いますよ?」


「お前が自分で言ったように、お前は大勢の人間を殺した。ゲオルクは信じても良い男だったのだろう。お前を信じることはできない」



 剣を交えながら、互いに攻撃魔法を使いながら、彼らは会話する。

 この男がゲオルクを知っているならば、口車に乗せられるかもしれない。アードリアンはそう思ったが、そう簡単にはいかないようだ。会話しながらの戦いでは、自分もこの魔法剣士も互いに剣捌(けんさば)きが(にぶ)るであろう。だがそれで良い。自分はここで生き残るのは無理であろう。ならばできることをしなければならない。



「私は六百歳ほどと、あなたたち人間からすれば長い時間を生きてきました。その私は知っています。聖女には私たち魔族に討ち取られた者たちもいます。ですが、味方であるはずの人間共によって殺された聖女も何人もいるのですよ?」


「だろうな。そんな疑いのある事例は私も知っている。お嬢さんが人間たちに絶望するならば、お嬢さんを人間たちの社会から離れさせて、隠れ住ませることも考えなければならないだろう。エルフやドワーフの国に保護を求める方がいいかもしれないが」



 バートも考えていた。ホリーにとって人間社会は決して安全ではない。逃げさせることも考える必要があると。皇帝とフィリップは信頼に値するが、その配下たちまで信頼できるとは限らない。



「もう一つ、あなたは知っておくべきです。少なくとも私は、穏やかにその生涯を(まっと)うした聖女は直接には一人しか知りません。戦場で魔族に保護された一人だけしかね」


「……」


「私が生まれる前や他の地域においても、少数ですがいくらかの例があることは知っています。ですが聖女が人類側に残って平穏に一生を終えられた例は、私は知りません」


「……」


「もしかしたら例があるのかもしれませんが、あるとしてもごく少数でしかないのでしょう」


「……」



 アードリアンの剣がバートの頬に傷を刻む。

 そのアードリアンの言葉をバートは否定できなかった。賢者でもあるバート自身も、平穏に一生を終えた聖女の存在を知らないのだ。



「聖女に保護を求められたエルフの国が、人間の国から攻撃された例もあることも私は知っています」


「……」



 そしてアードリアンはバートの目論見(もくろみ)の一つを否定する。バートもその言葉を否定できない。人間という種族はそんなこともしかねない。



「女神デルフィーヌが、人類側に残って不幸な結末を迎えなかった唯一の聖女なのかもしれません。かの女神については私もよく知らないのですが。神に引き上げられることを平穏に生を(まっと)うしたと言うのかは、私にはわかりません」


「……女神デルフィーヌについては、聖女として戦死した後、善神ソル・ゼルムによって神に引き上げられたという説もある」




 女神デルフィーヌはエルフの聖女だったとされている。だが神になることが平穏に生を全うしたと言えるのかは、バートも答えることはできなかった。

 剣を、魔法を使い、互いに傷つく。こんな会話をしながらも、彼らは互いを殺そうと本気で戦っている。言葉を交わしながらでは剣が(にぶ)っているのも事実ではあるが。

 アードリアンは思った。この人間はおそらく他の人間共を信じていない。その上で聖女を守ろうとしている。この男は自分に近い考えを持っているのかもしれない。

 バートは思った。目の前の悪魔はおそらくは本当のことを言っている。少なくともこの悪魔は故意に嘘をつこうとはしていない。そして事実だからこそ、自分の心を揺さぶれることがわかっている。



「人間共は醜悪(しゅうあく)です。放置すれば際限なく増え、その欲望は全てを飲み込み、己らもろとも全てを滅ぼすでしょう。そうならないように人間共を滅ぼさないとなりません。人間共は妖魔共よりもたちが悪い」


「……」


「あなたと聖女が人間共と運命を共にする必要はありません。あなたは人間共を信じてはいないのではないでしょうか? 少数の心清き人間を生かすことくらいは、私のような魔族も否定しません」



 アードリアンの剣がバートの防御をすり抜け、彼を傷つけた。だがホリーが即座に治癒(ちゆ)魔法を使ってその傷を()やす。

 それは悪魔の(ささや)きだ。ホリーとシャルリーヌは危惧する。バートはアルスナムの聖者になりうる人なのだから。



「大半の人間は妖魔共と大差ないことには同意する。だが(まれ)にお嬢さんのように心の美しい者や、フィリップ殿下たちのように本当に立派な方もいる。それを認めないわけにはいかない」


「ええ。私も人間にも見所がある者がいることまでは否定しません。ですがその者の子孫全てが認めるに値する心の美しい者であることはまずありえません」


「それは私も否定はしない」



 バートが剣を振るい、アードリアンの(まと)う鎧にひびを入れる。アードリアンの鎧も強力な防御魔法が付与されているが、こちらも強力な魔法が付与されているバートの剣を、それも最上級の魔法剣士であるこの男が己の魔力も込めた剣を何度も受ければ、破損するのも仕方が無い。

 剣を交え、魔法を使い、互いに傷つく。だが形勢はバートが有利であった。バートが傷ついてもすぐにホリーとニクラスが彼の傷を()やす。シャルリーヌは彼に補助魔法をかける。なにより彼は聖女の存在によってその力が引き上げられている。

 アードリアンは理解した。ゲオルクがたかが人間相手に一対一で敗れたのは信じがたかった。だが聖女がいたからこそ、この男は勝ったのだ。

 アードリアンを援護する者はほとんどいない。彼の配下にも治癒(ちゆ)魔法や補助魔法を使える者たちはいる。だがそんな者たちは多くはここまでたどり着くことができずに討ち取られていった。ここまでたどり着けた者たちも鉄騎(てっき)や騎士たちに次々に討ち取られていく。かろうじてアードリアンの支援をする者もいるが、(すき)を見せたその者共も討ち取られる。この場の様子を見ているはずのルイーザは、幸いなことに援護に駆けつけるなどという無謀なことは思いとどまってくれているようだ。

 バートが味方の援護を受けていることを、アードリアンは卑怯(ひきょう)とは思わない。一騎打ちならばともかく、集団戦とはそういうものだ。この状況では敵の方が優勢というだけだ。



「なぜあなたは人間共のために戦うのですか? あなたは大半の人間共には守る価値などないとわかっているようであるのに。それどころか、大半の人間は妖魔共と同様な有害な存在であるとわかっているのに」


「それが私の義務だからだ」


「義務で人間共のために戦うなど、おやめなさい。あなたがするべきことは、聖女が戦いに駆り出されないようにすることです」


「……」



 その言葉はバートの心を揺らした。アードリアンの言葉は彼の思いを指摘したのだから。



「そのためには、あなたは聖女を連れて魔王軍に保護を求めるべきです。魔王様はあなた方を丁重(ていちょう)に扱い、穏やかに暮らせるようにしてくださるでしょう」


「……」


「聖女を人間共の元にいさせたままでは、あの少女はおそらく不幸な結末を迎えることになるでしょう」


「……」



 アードリアンは傷を負い、治癒(ちゆ)してくれる者ももうおらず、その動きは少しずつ(にぶ)っていく。彼は死を覚悟している。その上で彼にできることをしようとしている。

 彼の振るう剣を、バートは余裕を持って回避する。だがバートはアードリアンの言葉に反論できない。アードリアンの言葉は彼の痛い所を的確に突いていた。

 ホリーはバートたちを治癒しながら、善神に(みな)の無事を心の中で祈りながら、アードリアンの言葉も聞いている。彼女も理解している。アードリアンの自分を保護するという言葉は、おそらくは本当に善意もあるのだ。そして善神すらも彼女には魔族たちに保護してもらうという選択肢もあると言っていたのだ。


 いつしかこの場での戦いはバートとアードリアンの戦いのみになっていた。アードリアンの配下たちは全て(たお)れ、ヘクターたちや騎士たちは手出しできずに彼らの戦いを見守る。ホリーとニクラス、騎兵隊所属の神官たちが負傷者の傷を()やしていく。残った妖魔共は逃げ散ろうとしていて、その追撃も始まっている。

 彼らもアードリアンとバートの戦いながらの会話は聞いている。そして彼らはその言葉を肯定はできないものの完全に否定することもできなかった。人間にも心の(みにく)い者はいくらでもいるのだ。そして騎士たちも理解していた。ホリーは聖女なのであると。


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