65 新米聖女の出陣 07 死兵
エルマー率いる騎兵隊は猛威を振るっている。その彼らは敵中央集団から百以上の飛行できる魔族たちが戦場の外に飛び立つのを見た。魔族が離脱したのだろうか。今回の妖魔の大侵攻における魔族の目的は、妖魔共の間引きとのことだ。その目的が達成できそうだからということであろうか。シャルリーヌは遠距離攻撃魔法で逃げる敵を撃つこともできたのだけれど、逃げる敵を多少墜としたところで意味はないと、残った敵に備えて魔力を温存した。
「敵大集団が向かって来ます! 数は四千ほどと思われます!」
「突撃せよ!」
その彼らの前に、敵中央集団から妖魔共数千の大集団が向かって来る。騎兵隊は突撃する。
激突。騎士たちが剣で切り、槍で突き、鎚で叩き、馬蹄で踏み砕く。これまでどおりの一方的な蹂躙が為され、妖魔共の死体が累々と残される。
そして進む先に妖魔共とは違う集団が現れた。魔族たちだ。
「敵には魔族の集団がいます!」
巨躯のオーガが巨大な鎚を振るい、騎士を馬ごと叩き潰す。騎士たちがそのオーガに次々と槍を繰り出し、剣で切りつけ、瀕死に追い込み打ち倒す。トカゲ人間のような姿をしたリザードマンの戦士が槍を振るい、騎士たちを馬からたたき落とす。たたき落とされた騎士たちは痛みに耐えて剣を構えリザードマンと対峙する。近接武器の届かない空から悪魔族の魔法使いが攻撃魔法を放ち、騎士たちの肉体を焼く。騎兵隊の魔法使いたちが消耗した魔力の残りを振り絞って攻撃魔法でその魔族を攻撃する。
「敵は将軍クラスの魔族の親衛隊の模様!」
「数はこちらが上だ! 撃破せよ!」
「はっ!」
騎兵隊は足を止められた。敵は精鋭騎士団でも三倍以上の数でかからなければならないとされる、将軍クラスの魔族の親衛隊だ。だが数は騎兵隊の方が上。魔族たちは一体また一体と討ち取られていく。騎士たちも犠牲になっていくが、敵戦力の割には犠牲者の数が少ないことに気づく騎士もいた。
アードリアンは空から護衛数人と共に敵騎兵隊の様子を観察していた。時折攻撃魔法で攻撃されるが、それは防御魔法で防いでいる。
そして彼は見つけた。エルフの魔術師が操る馬に同乗している、鎧を纏ってはいるものの戦場には場違いの、人間の基準でもまだ大人に達していないであろう少女。その少女は表情に悲しみを浮かべ、傷ついた騎士たちに治癒魔法を使っているようだ。間違いない。あの少女が聖女だ。あの少女を保護しなければならない。
だが突入前にしておくべきことがある。
「ルイーザ。お前は敵の攻撃が届かない所で状況を観察し、離脱しようとする味方を援護せよ。誰も離脱できないならば、お前はモーリッツの後を追い離脱せよ」
「アードリアンおじ様!? 私もご一緒します!」
「お前は味方の撤退支援を不名誉なことと考えるか?」
「……申し訳ございません。味方の撤退支援のために待機します」
ルイーザと呼ばれた女悪魔は不服そうにしている。だが味方の撤退支援をせよと命令されると、彼女も逆らうことなどできない。それもまた重要な任務なのだから。
「お前はまだ八十歳と若い。死に急ぐ必要はない」
「……」
魔族も種族によって寿命は様々であるが、アードリアンやルイーザのような飛天族にとっては八十歳はまだ若輩だ。このルイーザはアードリアンの配下でありながら、戦う力を持たない人間共を殺すのは嫌がって拒否する上に、密かに匿った困った子だが、アードリアンはその優秀さを見込んでいる。
アードリアンは思う。この子はこんな所で死なすべきではない。自分は生き残る自信があるが、この子はあれだけの力を示している敵軍勢に突入したら生き残るのは難しいであろう。もちろん味方の撤退支援も危険度の高い役目だ。だがあの敵騎兵隊に突入するよりはましだ。
「行くぞ! あの中央で魔法を使っているエルフの後ろにいる人間の少女が聖女だ!」
「はっ!」
「おう!」
彼は供をしている魔族たちに声をかけ、全力で飛行する。その少女めがけて。エルフの女がこちらに気づき、範囲攻撃魔法を放って来る。それは彼の防御魔法でも完全には防げず彼を傷つけたが、行動には問題ない。彼の供をしていた魔族が一人、その魔法で墜落する。少女を護衛している騎士と戦士が身構える。彼が動いたのを見た彼の配下たちも一斉にそこに向かう。騎士たちを蹴散らしながら。自分たちも死に至る傷を負い、斃れながら。
『氷槍よ、貫け』
『そは爆ぜる炎。そは破壊を振りまくもの。爆裂する火球よ、敵を討て!』
多数の氷の槍がアードリアンに殺到した。彼は剣を振るってそれらを砕き、砕ききれなかったものは防御魔法で防ぐ。だがその一本が彼のコウモリのような翼を大きく傷つけた。彼は高度を維持できずに地上に降りていく。
同時に彼が聖女は巻き込まないように放っていた複数の火球の魔法が騎士たちに降り注ぎ、騎士たちはある者は傷つき、ある者は息絶える。
地上に降り、周囲から次々に向かって来た騎士を十人ほど切り伏せたアードリアンに、ホース・ゴーレムを走らせたバートが剣を振り下ろす。アードリアンはその剣を受けると同時に、魔法を放つ。
『そは最も速きもの。我が敵を討て。光の投槍!』
光の槍を受けたバートがホース・ゴーレムから振り落とされる。バートは着地すると即座に態勢を立て直して剣と盾を構える。彼のダメージも小さくはない。
「バート!」
「ヘクター! 敵がこっちに来るよ!」
ヘクターがホース・ゴーレムを駆ってバートの救援に駆けつけようとする。だがその彼とリンジーに複数の半人半馬の魔族、ケンタウロスの騎士たちが突撃する。そのケンタウロスたちも騎士たちを撃破しながらここまでたどり着いた精鋭だ。ヘクターとリンジーといえども、すぐに蹴散らすとはいかない。
「アードリアン様を援護して聖女を保護せよ! あのエルフの後ろの少女だ!」
「あのエルフの魔術師もできれば保護したいが、そうもいかんか」
ホリーの存在を知った魔族たちは一斉にそちらに殺到する。ヘクターたちと騎士たちは魔族たちの聖女を保護するという言葉を疑問に思うが、戦いに集中しなければならない。
『汝、強き者なり。その真の力を解放し、敵を打倒せよ』
シャルリーヌがバートや騎士たちに身体強化の魔法をかける。この乱戦になった状況で迂闊に攻撃魔法を使えば、味方に誤爆する恐れがある。
「善神ソル・ゼルムよ。この者たちの傷を癒やしたまえ」
ホリーがバートを含む傷ついた者たちに治癒魔法を使う。彼女の治癒魔法は一人前の神官と同等かそれより少し強い効果を発揮するくらいに成長している。バートも完全回復とはいかないが、傷の痛みもだいぶ消える。
「くっ……こやつら、死兵か」
「そうだね。こいつら、死を恐れていない。厄介だね。でもこいつら、ホリーを保護するって、何を言ってるんだ……」
「聖女を戦いに駆り出す下劣な人間共め! 死ねい!」
死兵とは、己の死を既に覚悟した兵だ。死を恐れない魔族たちは、ただ目の前の敵を殺してホリーへの道を切り開こうと武器を振るい、魔法を使う。ドワーフのニクラスは馬から下りて戦い、その重厚な鎧で敵複数からの攻撃から味方を庇っている。軽戦士のベネディクトは素早い剣捌きで隙のできた敵を切り裂くが、傷ついた敵は死を恐れずに反撃し、ベネディクトも完全には避けられずに傷つく。
「ホリー様をお守りしろ!」
「聖女を保護しろ! 人間共、どけ!」
オーブリーたちも傷つきながらホリーに敵を近づけさせまいと奮戦する。周囲の騎士たちもヘクターたちには及ばないなりに戦い、敵を傷つけ、撃破する。
これまで騎兵隊が妖魔共を蹂躙していた様子とは異なる、激戦が繰り広げられていた。




