61 新米聖女の出陣 03 魔将は思案する
旧王国領北西部における中心的な都市の一つ、ミストレーの付近。悪魔族の将アードリアンは妖魔共を率いてミストレーの街を包囲している。
「妖魔共が怯んでいるか」
「はっ。街にフィリップ・ヴィクトリアスが派遣した軍勢が籠城している現状においては、数は勝るとはいえ妖魔共では荷が重いことは妖魔共もわかっているのでしょう」
「妖魔共を使い潰すには丁度いいと思ったのだがな」
アードリアンは焦っている。配下たちを動揺させないように平静を装っているが、忠実な副官のモーリッツはそれを察している。妖魔共の間引きはまだ終わっていない。
斥候から三千程度の軍勢がミストレーの街に向かっているという報を聞いた彼は、妖魔共をぶつけて使い潰すには丁度いいと考えた。五万ほどの妖魔共を、三千の精強な騎士団と脆弱とはいえ街の騎士団二千ほどが籠もる街を強引に攻めさせれば、壊滅的な損害を出す可能性が高い。街には貧弱とはいえ防備もあるから、数の差はあっても妖魔共をすり潰せる計算だった。
「敵の軍勢も街から出て来ん。敵は援軍を待っていると考えるべきであろうな」
「そのように考えるのが妥当かと考えます。街に潜入させている密偵の報告でも、領主代理と敵騎士団は援軍が来ると民衆を鼓舞しているとのことです。今のところ物資が窮乏している様子はないとも」
ミストレーの街の領主はその悪逆を咎められて領地を没収され、つい先日領主代理が着任したとのことだ。フィリップ・ヴィクトリアスが旧王国領北西部に派遣した三千の軍勢は、その街に籠城して街所属の騎士団と共に街の防衛をしている。彼らはさらなる援軍を待っているのであろう。相手の立場ならばアードリアンも籠城して援軍を待つであろうから、敵を臆病と責めることは理不尽だ。
彼らはフィリップを人間でありながら有能で高潔な将と評価しており、その手腕と人格を侮ってはいない。かの皇子は危機に陥っているミストレーの街の人間共を見捨てないであろう。
「昨日の飛空船団により、街の物資も相応に補給されたでしょう。早期に街の物資が尽きることは期待できないかと」
「うむ」
昨日、二隻の軍用飛空船に守られた飛空船数隻が街に着陸したのは彼らも見ていた。彼らの目的は街の陥落ではないから、それは見逃した。
輸送用飛空船が離脱した後、軍用飛空船が戻って来て妖魔共を攻撃する気配を見せたから、アードリアン自ら空を飛べる魔族たちを率いて飛空船を攻撃した。大きく損傷して、撃墜の危機を察した軍用飛空船は撤退した。軍用飛空船が装備する魔導砲も、精鋭揃いの彼率いる魔族たちにはさほどの効果はなかった。
妖魔共が殺されるのはアードリアンにとっても望むことなのだが、中途半端な攻撃では妖魔共が逃げ散る恐れがあった。その光景を見て妖魔共も街を攻撃する意欲を取り戻すかと思ったが、そうでもないようだ。
妖魔共もつくづく度しがたい。奴等は弱い相手に対してはどこまでも傲慢で残虐になり、強い敵からは逃げようとして命乞いすらする。その姿はまさに彼が嫌悪する人間共と同じだ。人間共を滅ぼした後は妖魔共も滅ぼさなければならない。
「敵はこちらの挑発に乗って出撃して来る愚か者ではないようだ」
「はっ。帝国直属の兵にはフィリップ・ヴィクトリアスの薫陶が行き届いているのでしょう」
アードリアンも街に籠もった軍勢をおびき出そうとしてはいるのだが、敵はそれに乗って来ない。物資が欠乏でもしない限り、援軍を待たずに出撃して来ることはなさそうだ。
彼の配下には、人間共を生かしたまま捕らえて、死ぬまで磔にして、敵をおびき出そうと提案する者もいた。それに対しアードリアンは即座に却下し、叱責した。人間共に慈悲をかける必要はない。だが相手の善なる心につけ込むのと、無駄に苦しめてから殺すのは、人間共の所業だ。自分たちがそれをすれば人間共と同列に堕ちることになると。提案した配下も恥じて謝罪した。
彼らは人間共を世界にとっての害悪だと思って滅ぼそうとしている。だがそのためには何をしてもいいわけではない。自分たちは人間共と同列になってはならないという誇りがある。妖魔ではない魔族にも下劣な者が全くいないわけではないが。
「もう一度街を力攻めさせようにも、妖魔共が動かんか」
「はっ。妖魔共は怯んでおります」
先日妖魔共に街を強引に攻めさせて六千ほど減らすことができたのだが、それで妖魔共は怯んでしまった。街の防備は貧弱で、頼りなさげな城壁が街の周囲をいくらか囲んでおり、そうではない部分は浅い空堀と低い土塁、その上に柵がある程度だ。妖魔共をすり潰すつもりで攻めさせれば街を壊滅させることも不可能ではなかろうが、妖魔共が動こうとしない。魔族の精鋭部隊を前面に出して突破口を開けば街を陥落させることは十分に可能であろうが、それで間引きするべき妖魔共が大量に残るのでは意味がない。アードリアンの儀式呪文で街を壊滅させることも同様で、妖魔共を消費することができない。
「全軍に指示せよ。妖魔共の死体からアンデッドが発生して街を攻撃したとしても、こちらからは手を出す必要はない。アンデッドが我が軍に向かって来るならば、適宜退治せよ」
「はっ」
このまま包囲していたら、街の周囲に放置された妖魔共の死体からアンデッドが発生しかねない。死体を処理しに行こうにも、街の軍勢から攻撃を受けるであろう。アンデッドは街に攻撃をかける可能性が高いが、それに乗じて街を攻撃する気はアードリアンにはない。アンデッドをも利用するのは、彼が嫌悪する人間共と同列になってしまう所業だ。
敵同士を共食いさせて味方を有利にすることは、アードリアンも否定しない。実際人間同士の争いを魔族が利用することもある。だがアンデッドを利用するとなれば話は別だ。アンデッドは魔族も人類も関係なく全ての生物にとっての敵であり、打倒するために魔族と人間が協力することすらある。協力はしないまでも、アンデッドと戦闘中の敵には手出しを控えるのが不文律となっている。
しかしアンデッドすら利用するなりふり構わない人間が魔族の軍勢に損害を与えることは、歴史上多数の事例がある。そんな人間は魔族たちの優先攻撃目標として狙われ、討伐や暗殺の標的にもなる。それは人類社会でも白眼視される行為であるため、表だってそのような行為をして長生きできる者は滅多にいない。
魔族が故意にアンデッドを利用する事例も希にあるが、露見すればそれを行った者は同胞たる魔族たちによって粛正される。
「人間共を殺すことを優先しすぎて、やり過ぎたか。人間共を警戒させてしまった。妖魔共も勝たせすぎて増長したところに惨敗させて、街攻めに対する恐怖心を強くさせてしまった」
アードリアンは自分の失敗を認めざるをえない。彼はミストレーの街を全滅させようとしているわけではない。もう十分に戦果を上げたから、妖魔共をすり潰そうとしているのだ。だが街の人間共は全滅の危機にさらされていると思っているであろう。
彼としてはすぐにでも離脱して魔王領に帰還したいのだ。敵の援軍が到着して妖魔共が全滅するのはいいが、このままでは配下たちを無駄に死なせてしまう恐れがある。彼は必要ならば将として配下を死地に向かわせることもしなければならないが、無駄には死なせないのが将としての彼の責務だ。
「軍師様からは、早急に妖魔共を減らして帰還するべきとの助言もいただいています。今後さらに敵の増援が来るであろうと」
「わかっている。だが妖魔共が動こうとせん」
彼らは魔王領にいる軍師ギュンターにも遠距離通話で定時報告をしている。ゲオルクに続きアードリアンまで斃れたら、魔王軍としても損害は小さくはない。
アードリアンは思案する。このまま妖魔共に街を攻めさせようにも、妖魔共は動こうとしない。無理矢理攻めさせようにも、無理強いすれば妖魔共は逃げ散るだろう。別の街の攻撃に向かおうにも、臆病風に吹かれた妖魔共は行軍中に逃げ出しかねない。それでは妖魔共を間引きするという彼の任務は失敗してしまう。
妖魔共が逃げ散ろうとも、フィリップ・ヴィクトリアスが派遣した軍勢が妖魔共の数を減らしてくれるかもしれない。だがこの地域の無能貴族共が領主として居座り続ければ、妖魔共の数が爆発的に増えてしまう恐れもある。敵ながら有能な皇帝アイザック・ヴィクトリアスは、無能貴族共を放置する愚か者ではないとは思う。だが領主共の切り替えがスムーズに進まずに、妖魔共の討伐が遅れる恐れもある。
「モーリッツ。敵の援軍を速やかに察知できるように、斥候隊を増員せよ」
「はっ」
アードリアンは思案を続ける。敵の援軍が接近するのに合わせて、その援軍に妖魔共をぶつけて自分たちは撤退するべきか。それもいささか危険度の高い賭けではある。街に立てこもった軍勢も敵援軍の接近に合わせて出撃し、こちらが前後から挟撃される恐れもある。そうなれば自分たちも脱出するのは容易ではない。だが分はそう悪くはない。妖魔共を囮にして自分たちは離脱すれば良いのだから。
残っている妖魔共は四万を超えるが、多くはゴブリンやコボルドといった下級妖魔で、個々の戦力は脆弱だ。それなりに訓練されている人間共の軍勢相手では、一万ほどの敵と互角に戦うことができれば上出来といったところであろう。前後から挟撃されたら妖魔共は逃げ腰になるであろうし、もっと少ない敵に打ち破られることも十分にありうる。自分と配下の魔族たちが戦闘に参加すればもっとましな戦いができるが、自分の第一の任務は妖魔共の間引きであって、敵と戦うことではない。
問題は、敵がこちらの予想以上の援軍を送って来る恐れもあることだ。前線地域や帝国領からの距離を考えると、迅速に送って来る敵援軍は一万を超えることはないとは思う。だが一万を大きく超えるようならば、妖魔共を敵軍の進路の前に誘導して、戦闘に入る前に妖魔共を残して自分たちは離脱することも考えなければならない。そうすると妖魔共は逃げ散るであろうから、逃げる妖魔共を敵軍が十分に減らしてくれるかわからず、できればそれはしたくないが。




