60 新米聖女の出陣 02 手合わせ
ホリーの訓練を始めようとするバートたちに、ホリーの護衛を命ぜられた騎士の一人が声をかける。その騎士の名はオーブリー・ロットと言う。
「失礼。バート殿。ヘクター殿。あなた方は高名な冒険者であることは私も承知しています。ですが私はあなた方の実力を知りません。あなた方がホリー嬢をお守りするに値する実力を持っているのか、お示し願いたい」
「それは私かヘクターが君と手合わせするということだろうか?」
「はい。どちらか強い方と手合わせを願います」
「一応戦士としては俺の方が上だな。バートが魔法も使うなら大体互角だけど、手合わせで魔法まで使うわけにはいかねえからな」
オーブリーもバートたちの挙措やその身から感じられる強い魔力から相当な使い手であることは見抜いている。だが聖女を守るに値するほどの実力の持ち主なのかは計りかねていた。
「ヘクター、軽くひねってやりな!」
「リンジー殿。私は女性が戦場に出ることには感心できかねます。あなたは後方に下がっていただきたい」
「……へぇ。言ってくれるじゃないかい」
そのオーブリーの言葉はリンジーの怒りに触れた。彼女もヘクターとバートには及ばないとはいえ、極めて強力な戦士としてのプライドがある。
女性は男性に劣ると考える者はいくらでもいる。オーブリーはもう少し穏やかな考え方で、女性は守るべきものという意識の持ち主であった。だがそれも女性を下に見ていることには変わりない。騎兵隊には女性の騎士や神官、魔法使いもいるのだが、オーブリーはそれらの女性については実力を知っているから渋々ではあっても容認しているのだが。
何か起こりそうな気配を察して、周囲の天幕にいた騎士たちも集まって来た。
「オーブリー。まずあたしと手合わせしな。あたしはヘクターとバートには敵わない。そのあたしにあんたが敵わないなら、あんたがヘクターと手合わせする意味はないってことだね」
「……女性に剣を向けるのはためらわれますが、そう言うならば受けましょう。ですが私が勝てば、あなたとシャルリーヌ殿は戦いにあたっては後方に下がっていただきたい」
「つくづく人の感情を逆撫でしてくれるねぇ……」
「リンジー。やり過ぎては駄目よ」
「やれやれ。リンジーは怒りっぽくていかん」
「ニクラス。そんなことを言うと、リンジーはもっと怒るよ」
ニクラスとベネディクトの言葉に、リンジーはさらに怒りを露わにする。だが訓練用の刃を潰した剣を手にした時には、彼女の心は鋭く研ぎ澄まされていた。彼女も強者だ。怒りにいつまでも我を忘れるようでは、冒険者として生き残って強者に至るのは難しい。
ヘクターとバートはその様子を黙って見ている。これもホリーの護衛戦力であるオーブリーの実力を見るためでもある。ホリーははらはらしているけれど、手合わせということで善神にリンジーの無事を祈ってはいない。
リンジーとオーブリーがそれぞれ訓練用の剣を手にして、開けた場所で対峙する。その回りをバートたちと騎士たちが囲んで観戦する。
そこに騒ぎを聞きつけたエルマーたちが出てきた。
「これは何事だ!? オーブリー、説明せよ!」
「はっ! 冒険者たちの腕前を確かめるためです! 彼女らが私たちと共に戦うに値する実力を持っていると確かめなければ、友軍として認めることはできません!」
「彼らは高名な冒険者だ! その実力を疑うとは無礼であろう!」
帝国直属の騎士にも、冒険者を見下している者はいる。自分たちの方が戦力としては上であろうと。フィリップ第二皇子隷下の自分たちは精鋭であり、魔王軍と戦い続けてきたという自負もある。
叱りつけるエルマーに、バートが声をかける。
「いや。この場はリンジーとオーブリーを手合わせさせるべきだ。そうして彼女の実力を確かめなければ、騎士たちも納得はしないだろう」
「……はっ。残念ながら、バート殿の言葉は正しいと考えます」
実際そうでもしなければ騎士たちは納得しないだろう。エルマーもそれを渋々認める。
ヘクターが声を上げる。
「じゃあ、俺が開始の合図をするぜ。試合、開始!」
開始の合図と共に、リンジーは素早く接近し、剣を振るう。オーブリーはその素早さに驚きながらも、その一撃を剣で受ける。だが彼は再度驚いた。受けた剣の力強さに。本気で力を込めないと受けた腕が弾かれそうだ。ここで彼はリンジーをか弱い女性と見くびっていた自分の誤りに気づいた。
「そらそら! 受けてばかりかい!?」
「くっ……」
リンジーは受けられた剣を戻し、再度振るう。オーブリーはそれを受けるのでやっとだ。観戦している騎士たちからざわめきが広がる。オーブリーは彼らの中でも上位の実力の持ち主だ。その彼が見目麗しい女性のリンジーに押されているのだ。
「ほら! 次はこっちだよ!」
「くぅ……強い……」
リンジーは再度剣を振るう。オーブリーが剣を受ける位置はだんだん下がっている。この短時間で勝負の優劣は明らかであった。オーブリー自身がそれを一番わかっていた。自分はこの女性に勝てない。防御に徹すればある程度は持ちこたえられるであろう。だがそれでは自分はさらに追い込まれるだけで、勝機を見出せそうにない。だからせめて一矢は報いる。
「こちらから行きますよ!」
「はっ! 甘いね!」
リンジーが剣を戻したタイミングで、オーブリーは剣を振るう。だがそれはリンジーの思うつぼだ。リンジーは振るわれる剣に向かって自分も剣を振るい、オーブリーの剣を打ち上げる。オーブリーはその力強い一撃に剣を手放してしまった。
打ち上げられた剣が、地面に落ちる音が響く。観戦していた騎士たちは沈黙している。
ヘクターが声をかける。
「勝負あり、でいいな?」
「……はい。私の完全なる敗北です。リンジー殿。ご無礼、申し訳ございません」
「いいってことさ。そんなことよりも、あんたもホリーを守ってやってほしいね」
「はっ!」
オーブリーも自分の敗北を認め、非礼を詫びた。リンジーはそれを快く許す。彼女は怒りっぽい一面もあるが、それを後には引きずらない。彼女にとってはそんなことよりもホリーの安全を確保したかった。
リンジーも大規模な戦いの経験はあの妖魔討伐行しかない。今回の戦いはあれを遙かに上回る規模になるだろう。そんな戦いで自分たちだけでホリーを守り切れるかはわからない。だから彼女も騎士たちの協力もほしいのだ。
「エルマー殿。リンジーの実力は騎士団の者たちにも理解してもらえただろうが、まだ納得していない者たちもいるかもしれない」
「はっ。リンジー殿の実力は示されましたが、他の方の実力はまだ我々に示されていないのは事実です」
「野営の時間、騎士が我々と手合わせすることを望むなら許可しようと思うが、いかが思うか? もちろん戦士としては見習いのお嬢さんと魔術師のシャルリーヌが手合わせを求められれば断るが」
「わかりました。ご配慮、感謝します」
エルマーとしても難しい判断だ。バートたちの実力が疑われることは、バートたちとホリーの不興を買うかもしれない。だが騎士たちが納得せずにバートたちに不信感を抱くのもまずい。だからここはバートの提案に乗るしかないと考えた。バートは敵将を討ち取ったとのことであるが、自分たちはその敵将の力を知らないのだ。その敵将が英雄帝の英雄譚に登場するオーガの『勇将』ゲオルクというのであるから、バートの実力は本物なのであろうが。
それに騎士たちもバートたちの実力を認め、信頼関係を築くことができれば、この軍勢はより強い力を発揮できるであろう。そう、この軍勢には聖女がいるのだ。フィリップ第二皇子からはこの少女が本当に聖女なのか見極めよと命じられているが、この少女が聖女である可能性は高い。この少女は優秀な神官であるとオーブリーたち以外の者たちには説明しているのであるが。




