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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
02 新米聖女は道を見出す
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55 善神と悪神 05 神へのきざはし

 善神は悪神とさらに語り合おうと勢い込む。



「さて。我が友よ。思う存分語り合おうか」


「待て。我が友よ。我と心境を同じくする者がこの者たちの目覚めを待っている」


「……あ。彼が目覚めてからちょっと時間がたっているか」



 だが悪神が待ったをかけた。この空間と現実世界の時間経過が同じであるかどうかはシャルリーヌたちにはわからないけれど、少なくともこの空間ではバートが消えてからそれなりの時間がたっている。



「仕方ないか。我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。また私とアルスナムが語り合う機会を用意してくれないかな?」


「待て。我らとそう何度も魂の会合を続ければ、我と心境を同じくする者とこの者たちを神に引き上げることになりかねぬ。一柱(ひとはしら)ならともかく、二柱(ふたはしら)ともなれば影響を抑えきれぬ」


「私はこの子たちなら神に引き上げてもいいと思うんだけどね。君の聖者もね。この子たちが人としていずれ死に、輪廻(りんね)(かえ)るのは惜しい」


「……それは否定せぬ。我らに対し臆せずものを言える者は、人どころか神にも少ない」



 善神と悪神がそれほどに自分たちを見込んでいることに、ホリーとシャルリーヌは戸惑(とまど)う。だけど悪神は言った。永遠に生きることに耐えられない者にとって、神になることは呪いに等しいと。



「君たちは神になることは嫌かい?」


「……わかりません。ソル・ゼルム様とアルスナム様の期待には応えたいとは思うんですけど……」



 ホリーには善神の期待に応えたいという思いはある。だけど自分が永遠に生きることに耐えられるかはわからなかった。



「私は一人で神になるのは遠慮させてもらいたいわね。バートとホリーも一緒なら、私も永遠に生きることに耐えられるかもしれないけど」



 シャルリーヌは長命のエルフであるだけに、悪神の言葉の意味がなんとなくわかった。自分が寿命を迎えるまでに、人間やドワーフの友人たちは自分を置いて寿命を迎えていくことは彼女も理解していた。自分が神になれば、エルフたちさえ自分を置いて寿命を迎えていくことになるのだ。



「……それなら私も耐えられるかもしれません」



 そしてその言葉に、ホリーもバートとシャルリーヌが一緒なら自分も耐えられるのではないかと思った。



「アルスナムよ。我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。聞いてほしい」


「言うがいい」


「もはや私とアルスナムだけでお互いの陣営の戦いを収めるのは難しいかもしれない。こんな言い方をするのもなんだけど、これまではアルスナムとその配下たちがうまくやってきた。だけど今後もうまくやれるかはわからない。いずれ双方が滅ぶ全滅戦争にもなるかもしれないじゃないか。どちらか一方が完全に滅ぶ殲滅戦(せんめつせん)になる確率はさらに高い。具体的には、人間種族がいずれ滅ぶ確率は極めて高い」


「……」


「この子たちが神に至れば、それを調停できる存在になれるかもしれない」


「……それは否定せぬ」



 善神と悪神の配下たる神々にも彼らの考えを理解する者もいるが、互いに対する敵意で()り固まっている者もいる。悪神もその善神の言葉を否定はしない。たとえ双方全滅しても再創世すればいいという考え方もあるが、善神も悪神もできればそれはしたくない。彼らも今この世界に生きている者たちを愛しているのだ。



「だが我は無理にこの者たちを神に引き上げることには賛成せぬ。永遠を望んでもいない定命(じょうみょう)の者が神になって永遠に生きるのは、呪いでしかない」


「私も無理にとは言わないよ」



 ホリーもシャルリーヌも戸惑(とまど)うしかない。だけど善神の言葉に使命感を(いだ)くのも確かだ。使命感だけで自分たちが神として永遠に生きることに耐えられるかは自信はないけれど。その二人の心の内は二柱(ふたはしら)の神も見抜いている。



「まあでも、できればこの場での私とアルスナムが戦いにならず話し合いをする機会を作ってほしい。無理にとは言えないけどね。それで君たちが神に引き上げられることもありうるのは事実だ」


「確実にそうなるわけではないがな」


「……わかりました」


「でも、それはバートにもそれとなく聞いてみて、それからでいいかしら?」


「ああ。もちろん構わない」



 善神は二人の返答に満面の笑みを浮かべる。悪神は無表情であるが。



「ところで、この場を用意するにはやっぱり私とホリーがバートと添い寝する必要があるの?」


「我が聖女と我が友の聖者が共に寝ることにより、君たちは夢で我が友と会うことができて、私もこの場に来られるんだと思う。我が聖女と彼の二人だけでもいいんだけど、できれば君もいてほしいね」


「あの者とお前たちの相性がいいからこそ、お前たちもこの場に来られるのであろう。そして心清きエルフの乙女よ。お前が我が友の聖女になりうるからこそということもあろう」


「わかったわ」



 これは確認しておく必要があることだ。シャルリーヌたちも確信があってバートと添い寝したわけではなかったのだから。シャルリーヌもホリーも恋人でもない男と添い寝するのは恥ずかしいという感情はある。だけどあの男とならばそんな関係になってもいいとも思う。



「あと、バートがこの場にいる状態でアルスナム様に話しかけたら、彼がアルスナム様の聖者になる可能性があるのかしら?」


「その可能性が高いであろうな」


「彼が我が友の聖者として目覚めても構わないと私は思うんだけどね。その彼と我が聖女が結ばれるなら、それこそ素晴らしいことじゃないか」


「は、はい」


「ソル・ゼルム様はそう言うけど、バートの人間に対する絶望はたぶん相当根深いわ。その彼がアルスナム様の聖者になれば、人間たちと敵対する存在になりかねないと思うのよ。少なくとも今はまだそのことを教えるべきじゃないと思うわ」


「お前の考えは正しいであろうな。あの者は大半の人間を信じてなどおらぬ」


「……そうだね。彼も信じるに足る人間はいることはわかっているようだ。我が聖女を初めとして。でも、大半の人間のことは信じていない。アルスナムのようにね……」



 このことも確認する必要があった。下手にあの男が悪神の存在に気づけば、あの男は人間たちにとっての災厄(さいやく)になってしまうかもしれないのだから。



「でも、バートさんの心の絶望が溶けた上でなら、アルスナム様の聖者として目覚めてもいいんじゃないかとも思うんです」


「そうだね。その上で君と我が友の聖者が結ばれれば、それが人類と魔族の戦いを終わらせるきっかけになるかもしれないとも思うんだ」


「我はそうなってもそれはこの者たちの個人的なことでしかないと思うのであるがな」



 ホリーは悪神も存在としては善なる存在なのであろうと思っている。ならばバートもアルスナムの聖者となっても、存在としては善なる存在になるのではないか。



「ソル・ゼルム様も気が早いと思うわよ? ホリーはまだ明確にバートに恋してるっていうほどじゃないと思うから」


「は、はい」


「であるな」


「それはそうだね。君たちの未来を勝手に決めるわけにもいかない。すまないね」


「い、いえ」



 ホリーにとって、自分がバートに恋しているのかそうではないのか、よくわからないというのが正直な気持ちだ。でも善神が自分とあの人が結ばれることを望んでいるのは、うれしいという感情もあることは事実だ。善神が素直に謝ってくれたのは(おそ)れ多いけれど。



「心清きエルフの娘よ。心清き人間の少女よ。この愚か者が愚かなことを言ったら、遠慮なく叱ってやれ。どうも我が叱るだけではこの愚か者は理解せぬようだ」


「アルスナム。そう何度も愚か者と言わなくてもいいじゃないか」


「お前など愚か者で十分だ」


「やれやれ。我が友は辛辣(しんらつ)だね。でも君たちも、私が気づいていないことを遠慮なく指摘してくれると私もうれしい。私は善なる神々の王なんて担ぎ上げられているけど、私は決して全知全能なんかじゃないんだ」


「ええ。わかったわ」


「はい!」



 シャルリーヌもホリーも偉大なる神相手に(おそ)れ多いという感情はある。善神に対しては親しみも感じているけれど。そして彼女らはこの偉大なる二柱(ふたはしら)の神の期待に応えたいと思った。

 二柱(ふたはしら)の神が彼女らの方を向く。



「さあ、我が友の聖者が君たちが目覚めるのを待っているよ」



 その言葉と共に、彼女らは自分たちがこの場から消えるのを自覚する。

 今回の偉大なる二柱(ふたはしら)の神の会話は終わりなのであろう。




 そしてホリーとシャルリーヌは目覚める。彼女らはバートに左右から抱きつくようにしていた。目の前にはバートの顔がある。

 バートがそれに気づいたらしく、淡々と言葉を発する。



「お嬢さん。シャルリーヌ。目が覚めたのだろうか?」


「は、はい」


「ええ。待たせちゃったかしら」


「ああ。起きたのならどいてくれないだろうか」



 ホリーはさすがにこうも近距離でバートの顔を見るのは恥ずかしい。シャルリーヌは余裕ある態度を(よそお)っているけれど、内心恥ずかしいという感情もある。バートはいつもの無表情であるけれど、どこか居心地が悪そうにしているようにも見える。

 バートが目覚めたら、左右でホリーとシャルリーヌが自分に抱きつくように眠っていた。そしてこの男は二人を起こさないように律儀(りちぎ)に待っていたのだ。それに気づいたホリーとシャルリーヌはこの人がかわいく思えた。



「お嬢さんとシャルリーヌも目が覚めたか」


「ヘクター。なぜ二人を止めなかった」



 ヘクターはもう鎧姿だ。バートの声は、この男には珍しく恨めしげだ。この男は兄弟同然に育ったヘクターに対しては時々素直に感情を出す。



「あんたがあまりにもよく眠ってたんでな。今後も時々お嬢さんたちに添い寝してもらう方がいいんじゃないか?」


「……よく眠れたのは認める」



 ホリーとシャルリーヌは恥ずかしいと同時にうれしいとも思った。それだけこの人は自分たちに気を許してくれているのだ。

 ホリーとシャルリーヌが同時にバートに抱きつく腕に力を込める。



「バートさん。私たちで永遠に一緒にいたいと言ったら、受け入れてくれますか?」


「……お嬢さん。何を言っている?」


「答えて。あなたは私たち三人で永遠に一緒にいてもいいかどうか」


「……君たちとなら、そうなってもいいのかもしれない」


「おやおや。お嬢さんもシャルリーヌも随分情熱的な愛の告白だな。バートもお嬢さんたちも幸せになれるならそれでいいけどさ」



 ヘクターが驚いたように言う。彼はホリーとシャルリーヌがここまで早くこんなことを言い出すとは思っていなかった。この二人ならバートも受け入れる気になるかもしれないとは思っていたが。そして彼はバートにもホリーとシャルリーヌにも幸せになってほしかった。

 ホリーたちにとっては、告白とはまだいかない。それでも彼女らはうれしかった。これなら善神の頼みを聞いてもいい。そのたびにこの人と添い寝をするのは恥ずかしいけれど、いずれ自分たちがこの人と愛し合って結ばれるなら、それは素晴らしいことだ。

 一方バートは戸惑(とまど)っている。ただ、告白とは違うのではないかと思っている。ホリーとシャルリーヌの告白と言うには深刻な様子に。ホリーが善神から何か啓示(けいじ)を受けて、それをシャルリーヌに相談したのかもしれない。

 ホリーも彼とフィリップとの会話で聖女は不幸な最期(さいご)()げることを聞いていたから、それで不安になってということも考えられる。だがそれでは永遠という言葉が出た理由が説明できない。人間の寿命など、長くても百年かそこらが限界なのだから。



「私はバートさんとずっと一緒にいたいです」


「私もよ。あなたを一人にはさせないわ」


「……」



 バートからすれば、なぜこんなことを言われるのかわからない。自分はこの少女たちには不相応な人間であるのに。この少女たちにはもっとふさわしい者がいるであろうのに。

 バートは思う。自分は他者から好意を寄せられるような人間ではない。そんな自分はどこかで適当に死ねばいい。だが無為(むい)に死ぬことは父から(たく)された剣が許さない。あの無駄にプライドの高い父がその剣を自分に託した意味がわからないほど、自分は愚鈍(ぐどん)ではないつもりだ。自分はチェスター王国の民のために活動しなければならない。自分が死んだら、ヘクターはフィリップに仕官するようにと言ってあったのだが。

 だが、自分には気の迷いも生じてしまった。この優しすぎる少女を守ってやりたいと。この少女たちと共にいることが心地よいと思ってしまった。自分はこの少女たちから好意を寄せられるに値する人間ではないというのに。



「お嬢さん。シャルリーヌ。なぜ急にそんなことを言い出したのか、聞いていいだろうか?」


「……すいません。まだ話せません」


「でも、話していい時になったら話すと約束するわ」


「そうか。ならその時まで待とう」



 今は話せないなら、話せる時になるまで待とう。その時まで自分が生きているかは別としても。バートはそう思った。

 ホリーたちはうれしかった。この人がそこまで自分たちを信じてくれていることが。だけどまだ話すことはできない。この人がアルスナムの聖者になりうることを知れば、何が起こるかわからない。

 彼女たちはバートが内心自分自身の命を無価値だと思っていることには気づいていなかった。それでも彼女らはバートが死に場所を求めていることは知った。その彼の心を()やしたいと思っているのだ。



「ところでお嬢さん。シャルリーヌ。起きたのならばどいてほしいのだが。このままでは私は起きられない」


「ふふふ」


「ふふふ」



 そのバートの淡々としながらも少し居心地が悪そうな声に、彼女らは笑ってしまった。彼女らにはそんなバートがかわいく見えている。彼女たちも恥ずかしいのではあるけれど、今はこの人とふれあいたかった。


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