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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
02 新米聖女は道を見出す
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48 フィリップ第二皇子との通話

 騎士隊長エルマーとの会話を終え、バートとホリーは執務室に戻っている。使用人に書類が預けられていたから、その処理をしなければならない。軍政担当官への引き継ぎ準備を始めるのは翌日からということになった。

 そうして執務をしていると、部屋の扉がノックされた。ホリーが返事をして扉を開けると、そこにはエルマーがいた。エルマーは部屋に入り、バートの対面に立つ。



「フィリップ殿下がバート殿とお話しになるとのことです。こちらをどうぞ」



 エルマーは小さな箱のようなものを机の上に置く。遠距離通話マジックアイテムだ。同種のマジックアイテムには様々な形状のものがあり、作成者の好みや発注者の注文によって形は異なる。商人のマルコムが使っていたものは小鳥の形だったが、これは軍事目的として使うために、持ち運びや使用の邪魔にならないように単純な形状にされたのであろう。

 第二皇子と会話するとなると、マジックアイテム越しとはいえ座ったままとはいかない。バートは立ち上がる。

 エルマーは疑問に思っている。なぜこんなすぐに通話するという返事が来たのかと。彼は可否の返事が来るのは早くても翌日になると思っていた。疑問に思いながらもアイテムを起動する。



「こちらエルマー・ギリングズです。静かなる聖者バート殿と通話できます」


『よろしい。フィリップ殿下がお出になる。粗相(そそう)のなきように』


「はっ」



 エルマーは内心驚いた。通話に出たのは彼の上官ヘルソン将軍だった。しかも既にフィリップ第二皇子が待っているというのだ。彼はしばらく待たされるであろうと思っていたのだが。このバートという冒険者はそれほどの重要人物なのだろうか。

 アイテムから先程とは違う、姿は見えなくともいかにも頼もしそうな声が発せられる。



『バート。久しぶりだな。お前も活躍しているようでなによりだ』


「はい。フィリップ殿下もご壮健(そうけん)のようでお喜び申し上げます」


『はっはっは。俺とお前の仲でそんな儀礼は無用だ。とはいっても、お前からすれば人目がある所で俺となれなれしくするわけにもいかんか』


「私は一冒険者にすぎません。そんな私にご温情をくださる殿下に感謝いたします」


『まったく。お前も頑固だな。まあいい』


「はい。今回はお忙しいところに不躾(ぶしつけ)に申し訳ございません」


『構わん。ちょうど手が空いていたところだ』



 ホリーもエルマーも驚きを禁じえない。ホリーからすればフィリップ第二皇子は空の上の人だ。そんな人がバートと親しげに通話しているのだ。エルマーからしても、フィリップは気さくな人柄とはいえここまで親しげなのは驚いた。



『それでバート。俺に話したい重要な話とはなんだ? お前がわざわざ俺と連絡を取りたいと言うからには、本当に重要なのだろうが』


「はい。殿下。まずはこの場とそちら側にいる者たちに口止めをお願いいたします」


『それほどの話か。わかった。貴公ら、この場で聞くことは他言無用(たごんむよう)だ。私が許可するまで他者に話してはならぬ』


『はっ』


「はっ」



 バートの要請に、フィリップの態度が変わった。皇子にふさわしい威厳ある態度に。



『では、私に伝えたいという話をせよ』


「はい。私とヘクターは聖女と思われる少女を保護しております。私たちはその少女を殿下の元に連れて行くつもりです」


『……もう一度申せ』


「私とヘクターは聖女と思われる少女を保護しております。私たちはその少女を殿下の元に連れて行くつもりです」



 フィリップは耳を疑う様子を見せた。聖女とはそれほどの重要人物なのだ。



『……それは本当か?』


「私たちはその少女が本当に聖女か確信してはおりませんが、その可能性は極めて高いと考えております」


『……その根拠を申せ』


「はい。私はその少女を保護した後、明らかに自分の実力を超えた力を発揮していると感じたことが何度もあります。これは聖女のいる軍は実力以上の力を発揮するという伝説と符合(ふごう)します」


『……』


「私はエルムステルの領主の依頼に応じ、その少女を連れて冒険者たちと共に妖魔共の討伐任務にも従事しましたが、冒険者たちも明らかに実力以上の力を発揮していたとのことです。それは当人たちの言葉でもあります」



 それはホリーにとっては実感まではなかった。彼女は(みな)の無事を善神に祈っていただけなのだから。勝利ではなく、皆の無事を。



「私が妖魔共を指揮していた魔族たちの頭目、オーガのゲオルクと一騎打ちし、ヘクターがゲオルクの義弟たち三体を相手に戦った際も、その少女がいなければ私たちは死んでいたと断言できます」


『……』


「少女は以前はただの村娘で、しかもまだ十四歳であり、善神の啓示(けいじ)を受けて一ヶ月もたっていないはずの時期に一人前の神官と同等の治癒(ちゆ)魔法を使い、そして妖魔共の死体数百体を一度に(とむら)う浄化の炎を使いました」



 フィリップは通話先で思案している様子だ。

 一方ホリーは怖かった。あの時バートたちが死んでいたかもしれないのだと知って。

 エルマーはそのホリーを驚愕の表情で見ている。バートが言う少女。それはホリーのことではないかと。



『そちらにその聖女らしき少女はいるか?』


「はい。お嬢さん。殿下にご挨拶(あいさつ)を」


「は、はい。ホリー・クリスタルと申します……」



 いきなりのことに、ホリーの言葉は消え入りそうなか細いものになる。



『お嬢さん。聖女は何度も善神の啓示(けいじ)を聞くこともあるとされている。貴女(あなた)は複数回善神の啓示を聞いたことはあるだろうか?』


「……? 何回か善神ソル・ゼルム様のお声は夢の中で聞いていますけど、それが普通ではないのでしょうか?」


『……』


「お嬢さん。神官は一回は神の啓示を聞くらしい。だが複数回啓示を聞くことは、聖女でもないとまずないと言われている」


「……」



 フィリップの言葉は、ホリーには意味がわからなかった。普通の神官は一回しか神の声を聞くことはないことを彼女は知らなかった。バートもホリーがそのことを知らないと思い至っていなかった。バートの説明にホリーも理解する。自分は聖女なのだと。悪神アルスナムの言葉は正しかったのだ。



『バート。どうやらそのお嬢さんは本当に聖女の可能性が高いようだ』


「はい。殿下」



 フィリップの口調が威厳のあるものから気さくなものに戻った。



『そのお嬢さんは戦場に出ることに耐えられそうか?』


「心構えとしては耐えられるかもしれません。妖魔討伐行にこのお嬢さんも私と共に戦場に出ましたが、数々の戦いでもお嬢さんは目を()らさずにいました。ですがこのお嬢さんが味方の死を目にしたら、耐えられるかは不明です」


『ふむ……』


「そしてこのお嬢さんが直接敵から攻撃されましたら、無事でいられるか疑問です。自分の身を守るために戦士としての訓練はさせていますが、まだ初心者の域を出ません」



 そのバートの評価に、ホリーは反論する気にもならない。まさにそのとおりなのだから。



『お嬢さん。貴女(あなた)はバートとヘクターのことは信じているか?』


「はい。私はバートさんとずっと一緒にいたいです」


『そうか』



 フィリップの質問に、ホリーに迷いはなかった。彼女は決めている。自分はバートと共にいると。この人を一人にはさせないと。



『バート。そのお嬢さんをしばらくお前たちに同行させて、冒険者として鍛えてやってくれんか? 俺が知る限り、聖女の伝説は悲劇で終わるものばかりだ。そのお嬢さんの人生も悲劇で終わらせるのは、不憫(ふびん)に過ぎる』



 聖女の伝説は悲劇で終わる。聖女は戦いの()てに魔族に討ち取られ戦死する者がほとんどだ。一般民衆にはその結末は知られておらず、聖女はただ人類の希望として活躍のみが語られているのだが。

 幸せな結末を迎えた聖女もいるのかもしれないが、賢者でもあるバートもその具体例は知らない。唯一の例外が女神デルフィーヌで、エルフの聖女が善神によって神に引き上げられたとされている。デルフィーヌは人々を守る女神として信仰を集めており、聖女には神への(きざはし)を上る可能性が与えられるとは、一般にも知られていることである。

 だからバートはホリーが生き残れるように鍛えてやっている。それは最初は理性からの判断であった。だが今の彼にはこの心優しい少女に不幸な最期(さいご)()げてほしくないという感情があることは間違いない。人がいいヘクターは最初から純粋にこの少女を案じていたのだが。

 そしてフィリップには統治者としての心構えもあるが、個人としては善良な男だ。善神に聖女として選ばれた少女の運命が悲劇に終わるなど、容認できない。そして彼には聖女の存在を自分のために利用しようという野心はない。

 バートはフィリップがそんな男だと知っていたから、ホリーを彼の元に連れて行こうとしていたのだ。人間など変わるものだし、フィリップが悪い方に変わっていないという確証がバートにあるわけではなかったが。



「殿下。それはまず皇帝陛下のお考えをお聞きになってからの方がよろしいかと」


『……おお。すまん。そうだった。まずは父上にこのことを報告し、ご指示を(あお)がねばならんな。気づかせてくれて礼を言うぞ』


「いえ。そして皇帝陛下が殿下と同じことを(おっしゃ)るならば、私には(いな)やはありません」


『うむ。父上に報告しよう。緊急なわけではないだろう? こちらとしては今すぐに聖女の力を必要とするほど切羽詰(せっぱづ)まっているわけではないはずだ』


「はい。殿下のお耳に入れた以上は、殿下のご判断にお任せいたします」



 フィリップは素直に自分の考え足らずを認める。それは彼の美点だ。上に立つ者が自分の考えに固執(こしつ)し、自らの間違いを認めなければ、後の災いの元となることもある。

 ホリーはうれしかった。バートが自分を同行させると言ってくれたことが。皇帝がどう判断するかは不安だけれど。



『ところでお前はゲオルクと言ったが、あの『勇将』ゲオルクか? 英雄帝の英雄譚(えいゆうたん)の』


「ゲオルクの配下の魔族は、ゲオルクはアラン・ヴィクトリアスと戦ったと言っておりました。ゲオルクは一際(ひときわ)雄大な体躯(たいく)を持つオーガでした」


『そうか。間違いなさそうだな。やっぱり立派な奴だったのか?』


「はい。堂々たる男でした。彼は武に生きる者として筋を通しました」


『そうか。俺も戦ってみたかったなぁ……バート。俺がゲオルクと戦ったとして、勝てたと思うか?』


「純粋な一騎打ちではまず無理と考えます。私もお嬢さんがいなければ確実に死んでいました」


『そうか』



 『勇将』ゲオルクの名は、ヴィクトリアス帝国初代皇帝アラン・ヴィクトリアスの英雄譚にも登場する。フィリップには武に優れた者としてそのゲオルクと戦いたかったという欲求もあるが、皇子としても将としても無意味に自分の命を危険にさらしてはならないこともわきまえている。



『だがお前も命は粗末にするなよ』


「ありがたいお言葉、感謝いたします」



 ホリーは気づいた。フィリップも気づいている。バートは自分の命を粗末にはしないとは言わなかった。ホリーは怖い。この人は死に場所を求めているのではないかと。



『では、もう一度言う。貴公ら。聖女のことは私が良いと言うまで他言無用(たごんむよう)だ。良いな?』


『はっ』


「はっ」



 そしてフィリップは威厳のある口調で配下たちに命令する。彼は親しみやすい性格であるが、帝国の第二皇子として必要に応じた態度をとることもできる。



『ではな、バート。父上がどう判断なさろうと、一度お嬢さんを俺の元に連れて来てもらうことになると思う。お前たちと再会するのを楽しみにしているぞ。お嬢さんと直接会うこともな』


「はい。光栄です。殿下」


「は、はい」



 ホリーは第二皇子と面会するなどあまりにも(おそ)れ多いと感じている。彼女はただの村娘だったのだから。それを言うならば神の言葉を直接(たまわ)ることはさらに畏れ多いのだけれど、神は彼女の意思によらず夢で啓示(けいじ)を与えるのだから、心の準備もできないのだ。



『エルマー。お嬢さんの安全には最大限気を配れ。かといってお嬢さんが聖女の可能性が高いということが広く知られないように注意せよ』


「はっ! ホリー・クリスタル様の安全に最大限の注意を払います!」



 そうして通話は終わった。

 ホリーは感じていた。エルマーの自分に向ける視線が畏敬(いけい)を含むものになっていることを。そして少し憂鬱(ゆううつ)な気分にもなった。自分は今後こんな態度で人々から接されるようになるのかもしれないと。

 だからこそ、バートや冒険者たちが普通に接してくれることがいかに得がたいのか実感していた。自分はバートから離れたくない。この人とずっと一緒にいたい。


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