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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
01 元王子は新米聖女と出会う
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02 少女は青年と出会う 02 二人組の冒険者

 少女の前には魔法剣士の青年。少女は青年が怖い。凶悪な野盗相手とはいえ、表情も変えずに九人もの人を殺した青年が。

 青年が少女を見る。当然青年も少女が自分を見て(おび)えているのは気づいているだろう。だが青年は表情を変えない。いつしか少女を守るように囲っていた光の壁も消えていた。



(なんじ)、人なりや? 汝、心を(さら)せ』



 青年はまた少女にはわからない言語の言葉を二回発する。魔法だろう。少女は理解できない何かの力が自分に向けられたのはわかった。少女はなぜ自分が魔法を使われたのか理解できなかった。少女は混乱していた。自分は本当に助かったのだろうかと。

 そこに草や枯葉を踏む重い足音、そして金属がこすれ合う音が聞こえて来た。少女はその音を初めて聞いたが、それは金属製の鎧を着た者が動くと出る特有の音だった。

 姿を現したのは、金属塊のような重厚な鎧に身を包んだ、槍に斧頭(おのがしら)を組み合わせたような()の長い武器ハルバードを持ち、腰にも剣を下げた偉丈夫(いじょうぶ)だった。

 現れた偉丈夫が声を発する。



「バート。俺を待たずに終わらせたのか? その子がいたから動いたんだろうけど」


「ああ。こいつらが目的の賊だった。この少女も捕まってはいたが怪我はないようだ。もう少し遅かったら危うかったが」



 少女を助けた魔法剣士の名はバートというようだ。

 少女はこの青年たちが自分を助けてくれたことは理解した。まだ猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られたままで、礼を言おうにも声を出すことはできなかったけれど。



「ヘクター。周囲の警戒を頼む。この賊共に他に仲間はいないようだが、一応だ」


「わかった。そいつらの心は読んだんだな? その子も」


「ああ。この少女は単なる被害者のようだ」


「まあこの状況でその子が敵とは思えないけどな」



 偉丈夫(いじょうぶ)の名はヘクターというようだ。指示されたヘクターという青年は油断なく辺りを警戒する。

 バートという青年は少女も敵の恐れがあると警戒していた。保護対象と思っていた相手が実は敵という事例はたまにある。優秀な冒険者ならなおさらその危険は身に染みている。人に化ける魔族もいるし、そして人であっても信用できるとは限らないのだから。

 少女は自分の心も読まれたと知り、自分も疑われたことが悲しかったけれど、命の恩人相手に責めることもできないと思い直す。それでもやはり悲しいという感情を抑えることはできなかった。



「君の拘束を解く。動かないでくれ」



 バートは剣を鞘に収め、少女の前に膝をつく。そして少女の猿ぐつわを外し、手を縛っている縄も解く。(おび)えている少女に対し、バートは安心させるために微笑(ほほえ)みを浮かべることも優しい言葉をかけることもなく、淡々と作業をする。

 それでも少女は勇気を振り絞って声を出す。



「あ、あの……た、助けていただいてありがとうございます……」



 その声はか細く、途切れ途切れだ。

 バートという青年と視線を合わせ、暗い影を感じさせる灰色の瞳を見たら、ふと少女の心に浮かぶ言葉があった。



「王子……様……?」



 少女はなんで自分がこんなことを言い出したのか、自分でも理解できなかった。

 バートはピクリと眉を動かす。



「は……はっはっはっは! バート、あんたが王子様だってよ!」


「私たちはただの冒険者だ」


「あ……す……すいません……」



 少女は恥ずかしさに声も消え入りそうになる。

 周囲の警戒を解かないままのヘクターの笑いと言葉に、ほんの少しのわざとらしさがあることに、少女は気づかなかった。



「あの……私はホリー・クリスタルといいます。助けていただいて、本当にありがとうございます」



 クリスタルとは村娘らしくないけれど、彼女の先祖が王都でも腕のいいガラス職人で、王様からその姓を(たまわ)ったと聞いている。今の彼女とその家族はただの農民だけれど。



「私は魔法剣士のバートだ。私にとっては礼を言われるほどのことではないが、君にとってはそうではないだろう。その礼の言葉は受け取っておこう」


「俺は見た目通りの戦士のヘクターだ。バート、その子、手に縄が食い込んで傷ができているじゃないか」


「そうだな。治そう。『水精と地精よ、()やせ』」


「あ……ありがとうございます」



 ホリーはバートはひねくれた性格の人なのかもしれないと少々失礼なことを思った。でもバートが治癒(ちゆ)魔法を使って、傷がきれいに癒えたことには素直に感嘆し、感謝した。魔法に詳しくない彼女は、この感想も心を読まれているのか読まれていないのかもわからなかった。

 なお冒険者でも魔法剣士は珍しい。戦士と魔法使いのどちらかに集中する方が、より高みに至りやすいというのが常識的な考え方だ。そしてバートはその中でも精霊魔法と智現魔法(ちげんまほう)という二種類の魔法を使えるさらに珍しい男だ。



「あ……すいません。私、自分でも()やせたのに……」


「む? 君は見習い神官か何かか」


「はい……つい最近神聖魔法を使えるようになって」


「そうか。それは余計なことをしたかもしれない。神聖魔法を使える神官にとって、他人から癒やされることは屈辱と思うかもしれない」


「い、いえ。そんなことはありません。ありがとうございます」



 ホリーは恥じ入る。せっかく自分は善神ソル・ゼルムの啓示(けいじ)を受けて神聖魔法も使えるようになって、あの程度の傷ならたちどころに癒やせたのに、それを忘れていたのだから。彼女は後で落ち着いたら、頼もしい冒険者たちが助けてくれたこと、そして自分が助かったのは善神の加護かもしれないと感謝の祈りを(ささ)げようと決めた。



「で、バート。依頼の荷物がどこにあるかわかったか?」


「ああ。こいつらは近くの小川を(さかのぼ)った先にある使われなくなった猟師小屋をねぐらにしていたようで、そこに荷物と荷馬車もあるようだ」



 その会話にホリーは思い出す。彼らは自分を助けるために来てくれたのではなく、自分を助けたのはついでなのだと。それで助けてもらった感謝の念が薄れるわけではないけれど。



「君にも一応言っておこう。我々はエルムステルの街の商人の依頼でここに来た。貴重品を積んだ荷馬車が襲われたようで、荷物の奪還と賊の討伐をしてほしいと。荷物を運んでいた者たちが無事ならその保護も依頼されていたのだが、残念ながらそれは無理なようだ」



 エルムステル。それはこの近隣最大の街で、ホリーの旅の目的地だ。彼女はそこにある善神ソル・ゼルムを(まつ)るエルムステル神殿を目指していた。



「旧王国領西部では妖魔共の被害が増えているとは聞いてたけど、この辺りは治安は悪くないと聞いてたのになぁ。だけどこいつら、野盗というよりは猟師みたいな格好だな。弓も人数分あるし」


「こいつらは妖魔共に襲われて壊滅した村の猟師だったようだ。食い扶持(ぶち)を求めて移動していたようだが、例の荷馬車を奪って獲物に目が(くら)んで、欲が出てここに居座ろうとしていたようだ」


「はぁ……やだやだ。そういう話を聞くと気が滅入(めい)るねぇ」



 ヘクターは(いか)つい見た目に似合わず人がいいのだろう。その声と表情は本気で嫌だと思っているようなうんざりしたものだ。

 ホリーは怖くて死体から目を()らしていたけれど、確かに野盗たちの格好は彼女の村にいる猟師たちと似たようなものだ。猟師でも村の自警団に所属する者は、不意に妖魔などと遭遇してもいいように、軽量な鎧を(まと)って狩りに出る者もいる。ホリーは襲われた身であるのに、野盗たちに(あわ)れみも感じていた。野盗たちも本当ならこんな死に方をしなくても良かったはずなのにと。



「こいつらは悪心に飲まれ、自らの選択で悪に()り下がった。大半の人間はその性根は妖魔共と大差は無い。心の(みにく)さと欲望を建前で(おお)い隠すか、隠すことを思いもしないかの違いだけだ。心の美しい人間や本当に立派な人間もいることは否定しないが」


「はぁ……バート。いつも言っているけど、あんたは人間不信も度が過ぎる」


「悪いな。これが私の性分だ」



 ホリーは悲しかった。自分を助けてくれた恩人がそんな考え方をしていることに。そして自分も妖魔と大差ないと思われているかもしれないことに。

 だけどホリーにも譲れないことはある。バートの灰色の瞳をしっかり見る。そして勇気を振り絞って口に出す。



「あの……いい人はいっぱいいます。人の本性は善だと、善神ソル・ゼルム様も教えています。悪い人もいることは事実なんでしょうけど……」



 ホリーは人の善性を信じている。それは彼女が善神の敬虔(けいけん)な信者であるからということもあるだろう。そして彼女はそれを信じるに足る教えであると、十四年という未来の方が(はる)かに長いであろうこれまでの人生でも思って来た。彼女の家族も村の人々も、そして人生初めての旅でこれまで宿を取った小さな街や村の人々もとてもよい人たちだったのだから。悪い人もいると、思い知ったばかりではあるけれど。

 バートもホリーの目を見て答える。



「君が人を信じるのは尊いことだと思う。それは善神の教えにもかなうことだ。君は君の信じる道を行くといい。だが私は人の善性を信じることはできない」


「……」


「お嬢さん。許してやってくれ。この人は極度の人間不信なんだ」


「……はい」



 バートはホリーを否定しない。ホリーには、バートの淡々とした声色(こわいろ)が少し緩んで、真摯(しんし)に自分を後押ししてくれているように聞こえた。たとえ彼が彼女の考えとは相容(あいい)れないと断言していても。

 ホリーにとって、バートは不思議な人だ。この人は自分の思いを肯定してくれるのに、その上で人間の本性は悪だと考えている。この人は彼女が見たこともない人だ。


 これが、数奇な生を辿(たど)ることになる、まだ未熟な新米聖女と仲間の出会いだった。


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