46 騎士団来援 02 休息中の会話
ホリーとバートはティーカップを手に会話する。
「でも、街も落ち着いてきたようで良かったです」
「ヘクターも頑張ってくれているようだ。この分ならば、街や周囲の治安が大きく悪化する心配は回避されると考えていいだろう」
「はい。良かったです」
二人ともわかっていることであるからこんな会話はしなくてもいいのだが、二人にとって、特にホリーにとってはいい気分転換になっている。
ヘクターが行っている騎士団の再編は順調で、街の警備と、周囲の村々とそれらをつなぐ街道の兵士の巡回は、冒険者たちの助けを受けなくても実施できるように指揮系統を再編されていた。騎士団にはこの地域に残っている妖魔共の捜索と討伐も命じている。冒険者たちも通常の仕事に戻り、冒険者の店には色々と依頼も持ち込まれているようだ。
リンジーたちは冒険者としての仕事には戻らず、騎士団の訓練の手伝いなどをしている。ニクラスは神官として負傷者の治癒も行っている。
一方シャルリーヌとベネディクトは犯罪者の取り調べの手伝いをしている。盗賊のベネディクトは人の心の動きを察するのが上手だ。強力な魔術師であるシャルリーヌの心を読む魔法に抗える犯罪者はまずいない。魔法もいくらでも使えるものではないから、まずベネディクトが罪を犯したと思われる者に目星を付け、そしてシャルリーヌが心を読むというコンビネーションになっている。
「罪人の摘発も順調に進んでいるようだ」
「はい……悪い心に飲まれちゃう人もいるんですね……」
「大半の人間の本性は妖魔共と大差ない。窮地においてその本性をさらす者もいる」
「……それでも私は人の本性は善だと思います」
「お嬢さんがそう信じるのは尊いことだと思う。私の考えを君に押しつける気はない。だが私は大多数の人間を信じることはできない」
「……」
ホリーは思う。このバートの心の在り方は悪神アルスナムと同じなのだろう。そして悪神は言っていた。妖魔たちも神々の時代では人間だったのだと。つまりこの人が人間は妖魔たちと大差ないと考えていることは、まさにそのとおりということになる。
彼女は考えていた。善神と悪神の在り方を。それは善神ソル・ゼルムは人間の本性を善と考え、悪神アルスナムは人間の本性を悪と考えているのではないか。あの偉大なる二柱の神は存在としてはどちらも善であり、善のために行動しているのではないか。悪神は人間を悪と考え、人間にとっては都合が悪いから悪神と呼ばれているのではないか。
そしてバートは人間でありながら悪神と同じ考えをし、だからアルスナムの聖者になりうるのではないか。彼女は怖かった。バートが自分と対立することになるかもしれない。そしてそうはさせないとも決意している。この人と共にいよう。この人を一人にはさせない。
「彼らは罪を犯した。罰せられるべき者は罰せられなければならない。そうしなければ統治と治安が危うくなり、ひいては人々の平穏な暮らしが脅かされる」
「はい。それは私もわかります」
優しすぎるホリーも、それは否定しない。バートが正義感からそう考えているのではないことも理解しているけれど。
略奪行為を働いた者たちについては、物質的な被害を出しただけの者は申し出て略奪品も返還するならば不問にするというバートの指示も、てきめんな効果を発揮している。略奪者の多くは自ら名乗り出て略奪品を返還し、バートの指示どおりその者たちは不問にされた。そしてその者たちは略奪や暴力行為を働いて申し出なかった者たちの情報も積極的に提供した。彼らにはそれによって自分が罪に問われないようにしたいという思惑もあっただろう。
そのおかげで罰せられるべき者たちも迅速に拘束され、その者たちはシャルリーヌによって心を読まれて、有罪の者は牢に入れられ罰を待つことになった。この成果には街の民衆も役人や兵士たちも喝采を上げて歓迎した。非常時に己の醜悪な欲望を満足させようとした者共を不快に思っていた人々も多いのである。
「不問にされた者たちも居心地が悪い思いをしているようだが、彼らも犯罪者であることには変わりない。命が助かっただけでも幸運だったと思うべきだろう」
「はい」
もしバートが彼らを罰そうとしたら、民衆は彼らを逃げた領主に抵抗した勇士と見て同情したかもしれない。だが不問にされたことによって、単に暴虐を働いた罪人と見られるようになったのある。領主が死なずに館に戻っていたら彼らは処刑されていたかもしれないのだから、死を免れて更生するチャンスを与えられただけで儲けものなのだが。
人を傷つけた者や暴行をした者、放火した者などは罰せられることになるが、バートの狙いどおりそんな者に同情する者がいるとしてもごくわずかで、民衆の反応はそんな者共は罰を受けて当然というものだ。
「盗賊ギルドもこちらに協力的だ。盗賊ギルドをどうするかは後任の者に任せればいいだろう」
「……」
この街にも盗賊ギルドという盗賊たちの元締めとなる組織もあるが、非常時にそんなことをしてもそもそも自分たちが生き残れなければ意味がないと、組織としては関わっていない。チンピラ同然の下部構成員には関わった者もいるようだが、そちらは盗賊ギルドの方で制裁している。潔癖なホリーは盗賊ギルドという存在そのものが認めがたいのだけれど、バートは度が過ぎないならば利用できるものは利用するという考えである。
盗賊ギルドは必要悪として存在が黙認されていることも多い。悪人共がそれぞれ勝手なことをしたら手に負えず、それならば盗賊ギルドで構成員たちが暴走しないように手綱を握っている方が扱いやすいという理屈だ。街によっては義賊を標榜する盗賊ギルドもあるが、街の有力者とつながりを持ってやりたい放題をしている凶悪な盗賊ギルドもあるのが現実である。領主から目を付けられないように目立たないようにしている盗賊ギルドも多く、この街の盗賊ギルドもそこまで悪質ではないようだ。
そうしてバートとホリーがお茶を飲み終わる頃に、ノックもなく急に扉が開いた。入って来たのは鎧を纏った騎士だ。非礼を気にする余裕もないのか、慌てた様子で騎士は応接椅子に座っているバートの近くに立つ。バートとホリーはカップを置く。
「バート様! 街の外より騎士団が到着しました!」
「どこの騎士団だ?」
「フィリップ第二皇子殿下が派遣してくださった、妖魔討伐のための来援です!」
それはバートの領主代理の役目が終わることを意味していた。




