42 宿にて 01 バートの意外な姿
夕方、バートたちは政務も終えてこの街での宿として使っている冒険者の店に戻っている。ここは冒険者の店の訓練場だ。ホリーも普通の服から鎧姿になっている。
「そうだ。お嬢さん。盾をうまく使うんだ」
「はい!」
今はヘクターがホリーの相手をしてやっている。ホリーもヘクターも練習用の刃を潰した剣を手にしている。こうしてホリーに訓練をつけてやることが彼らの日課なのだ。
戦士として鍛えるにも、日々の積み重ねが重要だ。そしてホリーが戦場に出ても生き残れるように、彼らはホリーを訓練させているのだ。
そして訓練も終えて夜。恒例になっているが、酒場ではヘクターが冒険者たちと木のジョッキを合わせている。今日はそこにリンジーたちも加わっている。彼女たちは別の冒険者の店を拠点にしているのだが、シャルリーヌに誘われたのだ。
「ヘクター! あたしもあんたたちと一緒に行くよ!」
「お主らと共に行くのも楽しそうじゃしな」
「僕もホリーのことは心配だしね」
「おいおい。なんのことだ? バートは何か聞いてるのか?」
ヘクターは藪から棒に言われて面食らっている。そこにシャルリーヌが口を出す。
「それは私から言うわ。私があなたたちについて行こうと、バートに言ったのよ。ホリーのこともそうだけど、あなたたちのことも心配だし。それでリンジーたちも一緒に行かないかと誘ったのよ」
「シャルリーヌたちがお嬢さんを守ってくれるのならば私も安心できる。お嬢さんも気軽に相談できる女性が近くにいる方がいいだろう」
「私もシャルリーヌさんたちが一緒だと心強いです」
「なるほど……確かに。リンジー。ニクラス。ベネディクト。シャルリーヌ。よろしく頼むぜ」
「任せておきな!」
「よろしく頼むぞ」
「君たちと一緒だと飽きなさそうだしね」
「よろしくね」
ヘクターもあっさりと納得する。ヘクターとバートは強い。だが二人だけでホリーを守り切れるとは断言できない。そしてヘクターもリンジーたちのことは信じていいと思っている。
「それなら俺も行くぜ!」
「私もよ!」
「お、俺も!」
「おい、お前ら! 全員街を後にする気か!?」
その会話を聞いていた冒険者たちも次々に名乗りを上げ、店の主人が悲鳴を上げる。
「あー……みんなの気持ちはありがたいんだけど、そんな大人数で行くわけにはいかねえし……」
「君たちはこの街に残ってほしい。この地域の治安維持にも重要な働きをする冒険者たちがいなくなってしまうと、人々は困るだろう」
「あー……そういえばそうだなぁ……」
「街のみんなも村とかのみんなも、冒険者がごっそりいなくなれば困るよなぁ……」
「そうね……私もついて行きたいけど……」
ヘクターは困っているが、バートの冷静な言葉に、勢いで同行を申し出ていた冒険者たちも気づく。店の主人はバートに感謝の視線を向けている。
「まあでも、俺とバートも当面はこの街にいないといけないし、しばらくはよろしく頼むぜ!」
「うむ。まずは飲み比べじゃな」
「さあ、今日は飲むよ!」
「僕は酔い潰れないうちに離脱させてもらうけどね」
ヘクターの言葉に店の中が盛り上がる。そうして酒盛りが再開される。ある者たちはジョッキをぶつけ、ある者たちは肩を組み歌う。店を喧噪が包んだ。
「ふふ。みんな元気ね」
「ああ」
「皆さん、お酒を飲み過ぎないといいんですけど……」
シャルリーヌとバートとホリーはその光景を眺める。酒盛りには巻き込まれないようにしながら。だが彼らもこんな光景は嫌いではない。まだ大人になっていないホリーはもちろん、バートも酒は飲まないが。シャルリーヌは酒を飲むものの、嗜む程度だ。
酒盛りも早めに切り上げて、ホリーたちは部屋に戻っている。今もホリーとバートとヘクターは同室だ。ホリーが着替える時はバートとヘクターは部屋を出るのはこれまでどおりだ。バートとヘクターが着替える時はホリーは部屋の外に出ない。村娘だったホリーには男の人の裸が恥ずかしいという感覚はそれほどない。さすがに間近で見るのは少々恥ずかしいから、見ないように後ろは向くけれど。
そして今の彼らの部屋は通常どおりではない光景になっている。
「リンジー。さすがに恥ずかしいんだけどさ」
「何言ってるんだい。あんたがニクラスとの飲み比べに負けたんじゃないか」
「うぅ……そうなんだけどなぁ……」
リンジーはヘクターに膝枕をしてやっている。酒に強いヘクターはもう酔いはだいぶ覚めて恥ずかしそうにしているが、リンジーはそのヘクターの反応に上機嫌だ。彼女もヘクターが自分を女性として意識していることがうれしいのだろう。今のリンジーは酔っているからここまで大胆になれるのであろうが。さすがにヘクターとバートも今は鎧は脱いで部屋着でいる。
リンジーとシャルリーヌもこの部屋にいるのだ。彼女たちとニクラスとベネディクトは、今日はこの冒険者の店に男女別で部屋を確保している。もちろんリンジーとシャルリーヌはヘクターたちとは別室だ。
その彼女たちがこの部屋にいるのは理由がある。ヘクターがドワーフのニクラスと飲み比べをして、その際にリンジーが横から口を挟んで賭けをしたのだ。ヘクターが負けたらリンジーがヘクターに、シャルリーヌとホリーがバートに膝枕をしてやると。ヘクターが勝ったらリンジーが今日のこの店での冒険者たちの飲み代をおごると。それで見事にヘクターは敗北したのだ。冒険者たちにとってもどちらが勝っても見物であり、勝負は大盛り上がりであった。
「でも、バートは無防備に寝ちゃってるわね」
「バートさんも忙しいですから、こうして気持ちよく休んでくれるとうれしいです」
バートはホリーに膝枕されて、いつの間にか寝てしまった。そのバートを見て時折彼の頭をなでるホリーは、まだ大人にもなっていないのに慈母のようにさえ見える。彼女は自分がこの人に恋をしているのかそうではないのかわからないけれど、自分に膝枕をされて安らかに眠っているバートを見るのがうれしかった。
バートは理由を付けて断ろうとしたし、ホリーもためらったのだけれど、シャルリーヌに押し切られてしまったのだ。先にホリーで次はシャルリーヌだと。バートも理屈で押し通すのは無理そうだと、少し膝枕してもらえばシャルリーヌも満足するだろうと諦めた。ホリーもシャルリーヌの勢いに流されてしまった。だけど予想もしていなかったことに、ホリーに膝枕されたままバートは眠ってしまった。
シャルリーヌもホリーをまねてバートの頭をなでる。バートは目を覚まさずに安らかに眠っている。ホリーも穏やかに微笑んでバートの寝顔を見ている。
「ふふ。本当に無防備ね」
シャルリーヌも穏やかに眠るバートを見て、今日はこのまま眠らせてあげようと思い始めている。自分は後日でもいいと。強力な魔法剣士であるバートがここまで無防備な姿を見せてくれているのは、この男は自分たちを信じてくれているのであろうという喜びもある。
「ええ。こんなバートさんを見るのは初めてです」
ホリーは自分が少し大胆なことをしているという自覚はある。自分が立派な人のバートにこんなことをしていいのかという思いもある。だけどバートが自分の膝で安らかに眠っているのを見ると、そんな思いも吹き飛んだ。そして思う。自分はこの人に恋をしているのかもしれない。
「私がバートに膝枕するのは、また後日にしようかしらね」
「ええ。今日はこのまま眠らせてあげたいです」
シャルリーヌは思う。バートに膝枕してやっているホリーが少し羨ましい。自分もそうしてやりたい。この男とならそんな関係になってもいいかもしれない。エルフの流儀で数年間かけて見定めるのは、人間のバート相手では時間をかけすぎだろうか。だけどそれだけ待てばホリーも大人になるし、この男には自分とホリー二人まとめて幸せにする甲斐性を期待してもいいだろうか。
そんなうわついた考えをしてしまう自分は、やはり酒に酔っているのだろうか。そして自分はこの男に恋をしているのだろうか。自分には恋の経験はなく、よくわからない。だけど自分はこの男がかなり気になっているのは事実であろう。




