37 悪魔族の将アードリアン 02 魔族たちの思い
アードリアンは祈りを終え、室外で待機していた副官を呼ぶ。
「モーリッツ」
「はっ」
副官は返事をして入室する。
「人間共の死体の焼却にはあとどれくらいの期間が必要だ?」
「はっ。あと十日は必要との報告を受けております。なにしろ万単位の死体がありますから」
「ふむ。意外と順調だな。作業にあたっている者共は後で私直々にねぎらってやろう」
「はっ。そうしていただければ者共も士気が上がりましょう」
「だがそれだけの時間がかかるとなると、アンデッドが発生するかもしれん。警戒するように呼びかけよ」
「はっ」
彼らがこの街で殺した人間の数は膨大だ。その人間共の死体がアンデッドにならないように焼却していく必要がある。アンデッドを極力発生させないようにするのはこの世界に生きる知恵ある生き物全てにとっての責務であり、魔族たちにとってもそれは当然の義務だ。
だが死体を焼却することは魔族たちにとっても楽しい作業ではない。配下たちをねぎらってやる必要があるだろう。妖魔共に対しては型どおりに言葉をかけるだけでいいが。
アードリアンは同胞に対しては公正で思いやりのある男だ。無論彼も将として配下を死地に向かわせることもある。それも将の義務であり、そして配下を無駄に死なせないことが将たる自分の責任だと彼は思っている。そんな彼だからこそ、五百程度という小規模な軍勢で敵地奥深くに侵入するという恐ろしく危険な任務にも、彼率いる魔族たちは不平一つ言わずに従っているのだ。
「妖魔共はいかほど残っている?」
「五万ほどでございます」
「予定が大幅に狂っているな。この辺りの領主共傘下の騎士団が弱すぎたか。いや、味方の被害を少なくしようと考えてしまった私のミスか……」
「恐れながら、それは否定できないかと。所詮妖魔共です。そろそろ思い切って減らすべきかと愚考します」
「うむ」
アードリアンが軍師ギュンターから命じられた任務の第一の目的は妖魔共の間引きだ。彼はまだそれを達成していない。彼は妖魔共を使って人間共を可能な限り多く殺すことも独自の目的に追加していたのだが、予定外に妖魔共が残ってしまった。
彼は認めるべき自分のミスを認めない愚劣な将ではない。自分のミスを認めない者は、時としてそのミスをさらに拡大して取り返しのつかない事態を引き起こすことを彼は知っている。自分の失敗を認めると配下の士気に悪影響があると考えられる場面では表には出さないが。
「フィリップ・ヴィクトリアスは、やはり増援を派遣しているであろうな」
「はっ。奴は優秀な将とのことですし、この地域の領主共が無能揃いなことは把握しているでしょう」
「斥候隊には十分にその危険性を周知せよ。奇襲されれば、我らは壊滅する恐れがある」
「はっ」
かの皇子はおそらく今回の妖魔の大侵攻を従来どおりのことと考え、最初に送る軍勢はそれほど多くはないと考えられる。だが詳しい報告が入れば、皇子は相応の軍勢を派遣するであろう。その軍勢相手では、わずか五百程度の魔族の手勢と妖魔共で戦うのは心許ない。その前に撤退する必要がある。
ここで妖魔共を放り出して撤退するのは論外だ。そうすれば妖魔共は方々に散って、さらに数を増やしてしまうだろう。それは軍師から与えられた任務に失敗することを意味する。
「適当な街をいくつか、妖魔共を正面に出して力攻めをさせるか。妖魔共もこれまでの勝利に気をよくして、死地に送り込もうともそれにも気づかず死んでいくだろう」
「はっ。では攻撃目標の候補を見繕いましょうか?」
「うむ。任せる」
「はっ」
彼はこの地に赴いて、まずは数百程度の妖魔集団を多数編成して村々を襲わせた。軍事行動としては少数の集団を編成させたのは、敵地において数千規模の軍勢を集結させてそれを養うに足る兵站を用意できなかったからだ。そして妖魔共には村々の人間共を皆殺しにさせ、食料などの物資を略奪させた。その物資によって万単位の妖魔共を軍勢として集めて動かすことが可能になった。その兵力でこの地域の中心的な存在の一つのこの街を攻撃し、住民を皆殺しにしたのだ。新しく物資を調達しなければいずれ今ある物資も食い潰すのだが、彼はその前に妖魔共を使い潰すつもりだ。
「あと妖魔共を五百ばかりこの街に置いて行こう」
「はっ。人間共がこの街に容易には戻ってこないように、障害物としてでございますね? そしてこの街にまだ生き残っているかもしれない人間共を殺させるために」
「そうだ」
第二の目的である旧チェスター王国領後方地域の撹乱はもう十分に行った。あとは妖魔共を使い潰して魔王領に帰還すれば良い。彼はここで死ぬつもりなどないし、配下たちを無意味に死なせる気もない。
「それからルイーザですが、彼女たちが人間共数十人を匿っていた件につきましては、いかがしますか?」
「その程度は見逃しても構うまい。荷馬車と物資と人間共の金を渡して逃がしてやれ。ルイーザたちにもその人間共を見送ることを許可する」
「はっ」
ルイーザとは、アードリアンの友の娘の女悪魔である。彼女は少々困り者なのであるが。彼女はアードリアンの配下であるにもかかわらず、戦う力を持たない人間共を殺すのを拒否し、今回は人間共を匿っていたことが発覚したのだ。彼女たちはその人間共を見逃すように嘆願していたのだが。
アードリアンとしても数十人程度ならば見逃しても構わない。彼の目的は人間種族の殲滅であって、たかが数十人の人間を殺すことにこだわるつもりはない。わざわざ殺してルイーザたちを悲しませる必要もなかろう。
「帰還したら、ルイーザたちは人間共を殲滅の対象とはしない将の下に移るように説得せねばな」
「はっ。我が軍の規律のためにも、彼女らのためにも、そうするべきでしょう」
だが彼女たちをこのままにしておくこともできない。友の娘ということで面倒を見るつもりであったが、軍には規律が必要だ。それは彼女たち自身のためでもあろう。
「人間共を滅ぼせる時はいつ来るのであろうな」
「そう易々と実現できることではないのでしょう。魔王様方でも未だなしえていないことなのですから」
アードリアンは思う。できうることならば、人間共も妖魔共もいなくなった美しい世界をこの目で見たいものだ。あと千年は生きるであろう自分の寿命が尽きる前にその時は来るのだろうか。だが世界のためにも、この世界で生きる全ての生命のためにも、そして自分たちの子孫のためにも、人間共を滅ぼさなければならない。魔族の中にもそれを理解せず、魔族の管理下で従うならば人間共も生かしておいても良いと考える者共も大勢いるのは困ったものだ。人間共に慈悲をかける必要などない。人間共は世界そのものを滅ぼす害悪なのだから。
次の日、赤い髪と角、コウモリのような翼を持つ悪魔族の少女ルイーザと数人の魔族は、荷馬車と物資を渡されて逃げようとする人間たちを見送ろうとしている。街から出てすぐに別れたら、妖魔共が逃げる人間たちを襲うに決まっているから、十分に距離を取った場所まで彼女たちが同行した。
「あなたたちはできるだけ遠くに逃げなさい。近くまでしか逃げなかったら再度我が軍に襲われるかもしれないし、その時私たちで庇えるかはわからないから」
「はい……ルイーザさん。皆さん。どうもありがとうございました」
「お礼を言われることじゃないわよ。あと、人間たちには魔族に助けてもらったなんて言ったら駄目よ?」
「え……どうしてですか?」
「あなたたちもそうだったように、人間たちは私たち魔族を敵としか思っていないわ。その魔族に助けられたとなったら、あなたたちも人間たちから悪意を向けられる恐れがあるわ。アードリアンおじ様も、もしそうなればあなたたちは人間たちに殺されるかもしれないと忠告してくれたわ。おじ様はあなたたちを思ってじゃなくて、私たちの感情を思って忠告してくれたのでしょうけど」
「は……はい……」
「キャシー。あなたたちは無事でいてね?」
「はい!」
「ミック。あなたも私が言ったことをみんなに念を押しておきなさいね? キャシーは赤ちゃんのお世話で大変なんだから、あなたがしっかりするようにね? あなたたちの赤ちゃんと子供たちを守るためにも」
「は、はい!」
ルイーザたちに匿われた人間たちは、見送る彼女らを何度も振り返りながら去って行く。ルイーザたちはその様子が心苦しかった。自分たちはその人間たちを苦難に遭わせ、無数の人間たちを虐殺した軍の一員なのだから。彼女たちは戦う力を持たぬ人間たちまで殺すのは嫌だった。ことに赤子や幼児まで殺すのは。




