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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
01 元王子は新米聖女と出会う
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01 少女は青年と出会う 01 魔法剣士の青年

 かつてのチェスター王国の民が旧王国領と呼ぶ地域、西部地方の森に切り開かれた街道の付近。

 そこにいるのは美しい少女だ。明るい金色の髪と美しい青い瞳を持つ、大人と呼ぶにはまだ少し早い少女。素朴(そぼく)ながらも仕立ての丁寧な服は、裕福とは言えないまでも貧しい出ではないことを想像させる。その口には猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られており、目に恐怖の涙を浮かべている。



「まだガキだが、いい女だぁ。久しぶりの女だぁ。金はなさそうだが、楽しませてもらおうぜぇ」


「親分。俺たちにも楽しませてくれよぉ」


「おう。まずは俺だぁ」



 少女を下卑(げび)た笑いを浮かべた男たちが見下ろす。野盗だ。その数九人。野盗たちは周囲の警戒もせずに、少女に対して獣欲を向けようとしている。

 ここは街道から外れた木々の中。街道を一人で旅していた少女は、目的地まであと数日もあれば到着するだろうという所で野盗たちに捕まり、ここに連れ込まれた。運が悪かったで済ませるのは酷だが、少女は運が悪かったのだろう。野盗たちはほんの十日ほど前まではこの街道沿いにはいなかったのだから。

 野盗の頭目が少女に手を伸ばした時、その声は木々の間に響いた。



『光壁よ、守れ』



 少女も野盗たちも理解できない言語のその言葉と共に、少女を守るように光の壁が出現する。



「な、なんだ!?」


「敵か!?」


「まさか魔法か!?」



 野盗たちは事態を理解できずに狼狽(ろうばい)する。それでも自分たちに危機が迫っていることは察し、身につけた剣や(なた)を抜く。木に立てかけてあった弓と矢筒に手を伸ばす者もいる。

 そこに木々の間から一人の男が近づいて来た。冒険者らしき、剣と盾を(たずさ)えた男。動きやすさを重視したのか、騎士のような全身を(おお)う重厚な鎧ではなく、要所を金属板で守る鎧を(まと)っている。男が持つ剣は見るからにただの剣という様子ではない。その髪は黒く、瞳は灰色だ。それは端正(たんせい)な青年だった。

 絶望に沈んでいた少女の目に希望が宿る。助けてもらえるのではないかと。



「なんでぇ。たった一人かよ」


「親分。あいつ、いい武器を持ってそうですぜ。殺して奪っちまおう」



 野盗たちは敵が一人ということに安心して、笑いを浮かべる。

 少女は希望から一転、不安に震える。もしかしたら自分だけではなくあの青年も死ぬかもしれないと。自分が乱暴されて殺されるであろうことはもちろん怖いけれど、自分のために誰かが死ぬことも怖い。

 少女は善神ソル・ゼルムに祈る。青年の無事を。青年が無事なら自分も助かるだろうという打算など考えもせず。



「降伏しろ。そうすればお前たちは生かして街の衛兵に引き渡す」


「はっはっはっは! 傑作だぜ! たった一人で俺たちに降参しろだってよ!」



 青年の無感情な言葉に、頭目は大笑する。自分たちが勝つに決まっている、そう思うからこその笑いだった。手下たちも追従(ついしょう)の笑いを浮かべる。

 青年はそれを気にするそぶりを見せない。



「降伏しないならば死ね。『氷槍(ひょうそう)よ、貫け』」



 怒りどころか冷ややかさすら感じられない、淡々とした声。

 青年の前に先端が尖った多数の氷塊が出現し、野盗たちに向かって殺到する。頭目と七人の手下たちは、自分たちが思い違いをしていたことに気づかないまま、武器を構えることもできずにあっさりと死んだ。青年の放った氷の槍に貫かれて。

 彼らは少女を守る魔法を使ったのは青年だということも想像していなかった。そもそも相手に魔法使いがいるということも忘れていた。

 少女は恐怖に目をつむる。農村出身の少女は人が(むご)たらしく死ぬ光景を見たことはなかった。

 野盗は一人だけ残っている。青年は恐怖に動きを止めた残り一人に剣を突きつけ、言葉を発する。



(なんじ)、心を(さら)せ』



 その言葉の意味も、少女も野盗の生き残りもわからなかった。少女はおそらくそれは魔法の詠唱なのだろうと思った。



「ひっ……」


「お前たちに他に仲間はいるか?」


「い、いねぇ」


「お前たちは数日前に商人の荷馬車を襲ったか?」


「あ、ああ。馬車と荷物は俺たちのねぐらに置いてある。ば、場所を教えるから、命は助けてくれ!」


「それはどこだ?」


「す、すぐそこの小川を(さかのぼ)った先にある、使われなくなった猟師小屋だ」


「お前たちはその少女の他に誰か捕まえているか?」


「い、いねぇ。た、頼む! 命は助けてくれ! 俺たちも村が妖魔共に襲われてこうしないと生き残れなかったんだ!」


「お前たちは人を殺したか?」


「……」


「お前たちが襲った荷馬車の者たちはどうした?」


「……」


「ここで殺した者たちはどうした?」


「……」



 その沈黙と、恐怖に(おび)えたその野盗の表情が、心を読むことはできない少女にも事実を明らかにさせた。



「自分の不幸をもって、無辜(むこ)の他人を殺していい理由にはならない。死ね」



 青年は感情をあらわすこともせず、淡々と最後の野盗を斬り殺す。野盗は軽量な皮鎧を(まと)っているが、鎧など無かったかのように切り裂かれ、血を吹き出して倒れ伏す。それは青年にとって人を殺すという禁忌的(きんきてき)な儀式ではなく、作業でしかなかったのだろう。青年が持つ剣は、付与されている魔法によるものか、着いた血が霧散(むさん)する。

 少女は青年のことが理解できなかった。もちろん自分を助けてくれたのであろうことはわかる。だけど野盗たちに対し、青年は最初降伏を呼びかけるという慈悲を示したのに、今は命乞いをする野盗を無慈悲に斬り殺したのはなぜなのかわからなかった。


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