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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
02 新米聖女は道を見出す
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35 エルムステルに戻って

(しばらく前に交わされた、ある兄弟の会話)


 ヴィクトリアス帝国の帝都リスムゼンにある皇宮。その一室。



「あぁ……皇帝位など私には荷が重い……」



 端正(たんせい)ではあるがやや神経質そうな青年が、頭を抱えるのではないかと思えるような悲痛な雰囲気を放っている。



「兄上。そんなことを言われても困るぜ。いずれは兄上が帝国を背負ってくれないと」



 その青年と向かい合っているのは、いかにも頼もしそうな偉丈夫(いじょうぶ)だ。この二人は兄弟なのだ。



「お前も知っているだろう……私には広大な帝国を背負うに足る能力などないと……私はせいぜい地方の長官職が務まる程度の器でしかない……」


「だからって、放り出せるものでもないだろう」


「わかっている……わかっている……だが私には荷が重い……フィリップ。お前が帝位を継いでくれないだろうか」


「それこそ俺には荷が重いぜ。俺は軍事ならともかく、政治には向いていないんだから」



 彼らの父、ヴィクトリアス帝国皇帝アイザック・ヴィクトリアスは、この兄弟は自分の後継者とするには心許(こころもと)ないと思っている。だがそれを一番理解しているのが彼ら自身だった。

 彼ら兄弟には帝位を狙うありがちな野心はない。むしろ彼らは統治者としての良心を持つ者たちであって、帝位にふさわしい能力を持たない自分が皇帝になれば、帝国の民に不幸をもたらすのではないかと危惧している。だがその彼らの周囲には、彼らの野心を(あお)り立てて自らの地位を向上させようと目論(もくろ)む者もいる。彼らはその状況に嫌気(いやけ)が差している。



「あぁ……いっそセルマが帝位を継いでくれるならば、私もセルマを補佐すればいいのだが……」


「それは俺も同感だけどなぁ……一緒に父上に申し上げるか? 次の皇帝はセルマにするべきだって」


「そうだ! 父上に申し上げよう! 私などより、セルマの方がよほど帝位にふさわしいと!」



 セルマとは彼らの妹の名だ。セルマは優秀だ。帝位を継いでも立派にやっていけるだろうと確信できるほどに。だが問題は、ヴィクトリアス帝国の帝位に女性が就く前例はないことだった。






(ヴィクトリアス帝国の皇帝と第一皇女が、エルムステルの街を解放した者たちについて会話する前日)


 心優しい少女ホリーと人間不信の魔法剣士バート、気のいい戦士のヘクターの三人と、百人を超える冒険者たちは、オーガの将ゲオルクたちの(とむら)いも終わらせてエルムステルの街に入った。

 そしてバートたち三人はこの街で手広く商売をしている商人マルコムの邸宅に来ている。三人が部屋に通されると、そこには恰幅(かっぷく)の良い商人マルコムが椅子に座って待っていた。彼はバートたちが部屋に入るなり立ち上がって彼らの前まで来る。



「バート君! ヘクター君! ありがとう! ありがとう! 君たちのおかげでこの街は救われた!」


「私はその礼を受け取る立場ではない。魔族たちの将ゲオルクはもとよりこの街を攻撃するつもりはなかったようだ」


「え……どういうことだい?」


「ゲオルクとその配下たちは、戦う力を持たない者を殺すことは好まない魔族だった。騎士団を壊滅させ、領主を討ち取った時点で、彼らにはエルムステルを攻撃する意思はなかったようだ」


「だけど、君たちが来なければ街は攻撃されたんだろう?」


「私とヘクターをおびき出すための餌にすぎなかったようだ。私たちが戻らずとも、この街が攻撃されることはなかっただろう」



 バートは淡々と語る。実際、彼らが来ずともこの街は攻撃されなかっただろう。その場合ゲオルクたちは旧王国領東方地域に進軍することになったのではあるが、それは彼らは知るよしもない。

 マルコムは困惑(こんわく)している。自分たちはいつ皆殺しにされるかと(おび)えていたのだから。



「魔族は引いたと聞いているけど、何があったんだい?」


「私がゲオルクと、ヘクターがゲオルクの義兄弟のイーヴォ、カール、グンター相手に戦った。私たちは生き残り、ゲオルクたちは死んだ。ゲオルクは自分の敗北を認め、配下たちに魔王領に帰るように命令した」



 バートは無表情で淡々と事実を言う。それに彼が何を思ったのかは言わない。



「ふーむ。でも、君たちのおかげで私たちが恐怖から解放されたのは事実のようだ。私と仲間の商人たちからたっぷり報酬を出させてもらうよ。私が君たちをその魔族の将と戦わせたようなものだからね」


「そうか」



 バートは金にこだわりすぎる男ではない。だが相手から報酬を出したいと言っているのに断る男でもない。

 そしてマルコムはバートたちに椅子に座るように(うなが)して、自分も椅子に座って真剣な顔でバートを見る。



「ところでバート君たちにお願いがあるんだけど……」


「聞くだけは聞こう」


是非(ぜひ)引き受けてほしいんだけどね。この街を治めてくれないかい?」


「旧王国領での領主の任命はフィリップ第二皇子殿下が行う。勝手に領主になれるものではない」


「それは私もわかっているよ。でも領主様もその側近も役人の偉い人たちもみんな街を捨てて、逃げる途中に魔族たちに殺されちまった」


「そうらしいな」


「今のこの街の統治体制は麻痺(まひ)していて崩壊寸前なんだよ。残っている役人たちも自分が何をすればいいのかわからないって感じでね。騎士や兵士たちも街を守るために残ってくれた人たちもいるんだけど、その人たちも命令する人がいなくて、こんなことを言うのもなんだけどろくに役に立っていない」


「そうだろうな」



 バートはマルコムの目論見(もくろみ)を読んでいた。マルコムはバートに責任を押しつけたいのだろう。マルコムには確かにその思惑(おもわく)はある。だが商人にすぎないマルコムが役人たちや騎士たちに指示をするのは無理なのも事実だ。それはバートもわかっているが。そしてその上でマルコムには考えがあった。



「バート君とヘクター君は帝国公認冒険者だ。帝国公認冒険者は帝国直属の騎士隊長と同等の扱いを受けると言うし、君たちが一時的にこの街の統治の代行をしても帝国から責められることはないと思う。万が一責められたら、私と商人仲間たちで君たちを責めないように連名で嘆願(たんがん)する」


「……」


「私たちも全力で君たちを手伝う。だからこの街が一通り落ち着くか、帝国から領主代理が来るまでの一時的なものでいいから、この街を統治してほしいんだ。役人や騎士たちも帝国公認冒険者の君たちの指示なら聞くだろう。頼む! このままではこの街は酷いことになっちまう!」



 マルコムの言葉に理があるとは、バートも認める。だが彼としては妖魔討伐任務も終了したことだし、旧チェスター王国領東部地方に拠点を置くフィリップ第二皇子の元に、人類の希望たる聖女の可能性が高いホリーを連れて行くため旅に出たいのだ。ホリーのことさえなければ、あくまで一時的になら彼も引き受けようと思ったかもしれないが。

 バートが断ろうとした時、黙って聞いていたヘクターとホリーが口を出す。



「バート。ここは引き受けるべきじゃないか?」


「バートさん。できれば引き受けてあげてほしいです……」


「……」



 ヘクターもホリーも善良な人間だ。人を簡単に見捨てることができる性格ではない。この二人からも頼まれては、バートも無碍(むげ)に断ることはできない。それに『聖女』の方が優先度が高いとはいえ、バートの『義務』からするとこの街の人々を見捨てるべきではないのだ。彼自身は、妖魔同然と思っている人々を見捨てようと心に何も感じないのであるが。だがこの男にもヘクターとホリーが悔いに思う姿はできれば見たくはないという思いはある。



「……承知した。だが、それはこの街が一通り安定するか、帝国から領主代理が派遣されて来るまでの間だ」


「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう!」



 バートも渋々同意した。マルコムは本気で感激している。

 マルコムとしては、なんとしてもバートとヘクターに引き受けてもらわなければならなかったのだ。第一の理由はこの街の統治機構が麻痺(まひ)していて、形だけでもトップに立って導く者が必要なことだ。

 だがそれだけではない。マルコムはバートとヘクターに救援要請をして、それを街の人々にも広めていた。バートたちは必ず来る。だから自分たちは大丈夫だと。領主は逃げて殺され、街には頼りない防備しかなく、騎士団もろくに残っていない状況で絶望に震える人々を勇気づける必要があったのだ。



「街の人たちも君たちにはすごく期待しているんだ。面倒ごとを押しつけるのはすまないけど、しばらくは頼むよ」


「承知した」



 その結果治安の決定的な悪化は避けられ、街の人々を状況の割には秩序ある行動をさせることに成功した。だが、当然と言うべきか街の人々のバートとヘクターに対する期待は天井知らずに跳ね上がってしまった。バートたちを新しい領主に迎えるべきだと、魔族の脅威から解放される前から街中では公然と語られていた。その街の人々の期待をとりあえずは満足させるためにも、一時的であってもバートたちに上についてもらう必要があったのだ。


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