表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
01 元王子は新米聖女と出会う
3/126

00-3 プロローグ 03 王たちは悔いる

 アルバート王子が退室し、廷臣たちも出陣準備のために退室した謁見(えっけん)の間には、王と三人の王子が残っている。

 王の独り言のような言葉が響く。



「アルバートは何度も余に諫言(かんげん)した。あやつは正しかった。余にはそれを受け入れる度量(どりょう)がなかった……」


「父上。我らは死してチェスター王家の誇りを守り、アルバートは生きて王国の民を守る。それで良いではありませんか」


「いつか冥界で再会する時、アルバートはまた私たちを叱るのでしょうけどね」


「ええ。私たちは手の(ほどこ)しようのない愚か者だと」



 王も上の王子たちも知性が低劣なわけではない。彼らも理解していた。自分たちは間違っているのだと。だが彼らには自分たちの過ちを認めて行動を改める勇気がなかった。アルバートが正しく、自分たちが間違っていると理解してしまったからこそ、彼らは感情的に反発した。彼らは過ちを理解しても改められない自分たちこそが愚か者であることがわかっていた。

 だがアルバートの諫言(かんげん)が受け入れられなかったのは、アルバート自身にも原因があるのだろう。人間は正面から否定されると反発心を持つものだ。彼の生硬(せいこう)容赦(ようしゃ)ない態度が、反発心をさらに増幅した。まだ大人にもなっていないアルバートにそこまで求めるのは酷ではあるが。



「皇帝もアルバートまでは殺さないでしょう。アルバートならば、帝国傘下(さんか)としてであってもチェスター王国を再興できるかもしれません」



 一番上の王子、王太子エリオットは、王の宣言にアルバートが反対した時に内心ではほっとしていた。これならばチェスター王家の血筋を残すことができると。彼はそろそろ王太子妃を迎えようと考えていた頃で、妃も子もいない。彼は、そしてアルバートを除く弟たちも、亡国の王子として生きることにも帝国傘下として王国を残すことにも耐えられそうにない。だが王家の一員であることに義務感はあっても誇りなど(いだ)いていないアルバートならば耐えられるであろう。だから彼はあの場からアルバートを追い出しにかかった。王が無理にアルバートにも出陣を命じてしまわないように。彼は王のことを必ずしも信じてはいなかった。



「アルバートの言うように、余は暗君なのであろう。余がエイデン将軍たちを道連れにしようとしていることも、愚行なのであろう。だが、余はこれ以外の道を選べぬ……」


「できるだけ多く、腐敗した者共も道連れにして行きましょう。せめてアルバートが今後やりにくくならないように」


「ええ。それがアルバートを邪険に扱ってきた愚かな私たちにできる唯一の(つぐな)いでしょう」



 彼らも心のどこかでアルバートのことを認めてはいた。彼ら自身は、悪逆だったと言うほどではない。だが彼らは貴族たちの不正と非道を知りながら見逃していた。それをどうにかしようとすれば、貴族たちは連合して王家に歯向かうであろうことが怖かった。そして彼ら自身、取り巻きに囲まれて己の権威を確認できていたことに喜びを感じていたことも否定はできない。貴族たちも自分たちに絶対の忠誠心を持っていたわけではないことには気づいていたのだが。



「王国の民はアルバートに任せるとしよう。愚かな王である余は退場しなければならぬ」


「私も父上にお供します」


「正直に言うと、死ぬのは怖いですけどね」


「あっはっは! 高慢で嫌みたらしい兄上も死は怖いですか! 私も死ぬのは怖いです!」


「はっはっはっは! (しか)り」


「ははは! 死ぬのが怖いのは私だけではないと知って、安心しました」



 彼ら四人は一斉に(ほが)らかに笑う。彼らも王族である以前に人間なのだから、死ぬのは怖い。それが本音だ。

 ここに来て彼らは、アルバートも含めて自分たちは王家の一員である前に一つの家族であるという連帯意識を感じていた。それは初めてかもしれない感情だった。

 ひとしきり笑い合って、王がこぼす。



「余はもっと早くそなたらともアルバートとも向き合わなければならなかった……手遅れになってから気づくとは、余もつくづく愚かよな……」


「それは我らもです。唯一、我らに対する情を失ってしまったアルバートのみが、諫言(かんげん)という形であっても我らと向き合っていたのは皮肉なものです。そしてアルバートに我らに対する情を失わせたのは我ら自身でした……」



 王家という特殊な家族では、家族の情など(かえり)みられないこともある。だが死を覚悟した彼らは最後になって後悔していた。アルバートがエイデン将軍には情を示したのに、自分たちには一切(いっさい)の情を示さずに冷然と切り捨てたことに、彼らはショックを受けていた。だがアルバートをそうさせたのは、彼ら自身であることを理解していた。

 王は玉座に座ったまま腕を掲げる。三人の王子たちはその様子を不思議そうに見ている。



「我、民を守る者なり。我が祖ローレンス・チェスターよ。我にそのお力を貸したまえ」



 王が合い言葉を唱え、豪奢(ごうしゃ)な玉座の背から何かが浮かび上がった。王は出現した一振りの剣をその手に取る。(つか)(さや)も一応の装飾はあるものの、玉座の中に封印されていたにしては地味な剣だ。



「父上。その剣は?」


「英雄王の宝剣だ。これをアルバートに(たく)す」


「それが……アルバートならば、その剣に恥じぬ行いをしてくれるでしょう」


「うむ。アルバートはエイデン将軍を(した)っている。将軍から渡させよう。父としてそなたらにもアルバートにも何もしてやれなかったのは、今更(いまさら)ながら悔やまれるな……」


「父上……」



 チェスター王家初代ローレンス・チェスターは、王位に就く前は一介の田舎貴族だった。彼が振るっていたその剣も華美ではなく実用性を重視したもので、付与された魔法も特別と言うほどのものではない。

 その剣はチェスター王国を守護するものとして玉座に隠され、王のみにその所在と取り出し方が伝えられてきた。(はる)か昔はその剣も王国の象徴(しょうちょう)として重要な儀式では取り出されていたのだが、見栄えがしないといつしかそれが人目に触れることはなくなった。



「余は愚劣な王として死ぬ。アルバートがチェスター王国を再興してくれることを期待しよう。愚かな余がこんな重すぎることを期待するのも、間違っているのであろうがな」


「アルバートは賢明です。私たちと違って。アルバートにならば期待してもいいのでしょう」



 アルバートならば、帝国の後ろ盾を得てチェスター王国を清新な国として再興してくれるかもしれない。それが王国を滅亡に追いやり、冥界に(おもむ)こうとする彼らの希望であった。



「ですがアルバートはチェスター王国を再興させることは民のためにならないと判断するかもしれませんね」


「それならそれで仕方ないであろう。チェスター王国の建国の理念は民を守ることであった。我が王国が民にとって害悪になるのならば、消えなければならないのであろう」



 王たちも理解している。自分たちは建国の理念を(けが)していたのだと。アルバートが王国を再興しようと思わないとしても、王たちは責めるつもりはない。

 そして王と三人の王子は祈りを(ささ)げる姿勢を取る。



「善神ソル・ゼルムよ。伏して願います。我が子アルバートに良き未来があらんことを」


「願います。我らの弟、アルバートに良い未来があらんことを」


「願います。私たちがその性格を(ゆが)めてしまったのであろうアルバートの心が救われることを」


「願います。アルバートに幸福があらんことを」



 そして彼らは善神ソル・ゼルムに願う。アルバートの幸福を、真摯(しんし)に。自分たちは無責任に死に行く。自分たちはもう許されようとは思わないし、許されないだろう。ならば自分たちは悪として死のう。だがせめてアルバートには幸せになってほしかった。




 王と三人の王子は降伏を良しとせず、騎士団と共に大軍に向かって突撃、壮烈な戦死を遂げた。絶望に震える王都の人々を、成人していないという理由で王宮に残された第四王子アルバートが混乱を収め、一歳年下の従者たった一人を連れて包囲軍の本営に(おもむ)き、降伏を申し出た。



「私はチェスター王国第四王子アルバート・チェスター! 私の命と引き換えに、チェスター王国の民に非道を働かないことを求める!」



 大人にもなっていない王子の堂々とした態度に感服した包囲軍の将軍クィン侯爵は降伏を認め、王都への攻撃をしないこと、そしてチェスター王国の民にも非道な行いをしないことを約束した。

 王都は開城したが、絶望した王妃は既に自決しており、唯一残されたアルバート王子は帝都に移送された。

 これをもってチェスター王国は滅び、この地はヴィクトリアス帝国の支配下にある。




 それから十年ほどがたつ。アルバート王子の現在の所在は不明。帝都の一角に幽閉されているとも言われている。旧チェスター王国領には、王子を救出して王国を再興しようとしている者たちもいるとは民が噂することである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ