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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
01 元王子は新米聖女と出会う
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22 妖魔の間引き

 バートたち冒険者集団がエルムステルの街を進発して経過すること七日。彼らは一人の犠牲者も出すことなく、多数の街や村を解放してきた。全ての街や村が脅威にさらされていたわけではなく、素通りしてきた場所も数多くあった。不可思議(ふかしぎ)なことに、どこの妖魔共も街や村を攻撃せずに陣地を作って布陣(ふじん)しているだけだった。指揮官も最後まで戦おうとする者はおらず、決まって妖魔共を見捨てて逃げようとして、取り逃がすものもあった。

 解放した街や村には当面は大丈夫でも、略奪を受けて今後の物資に不安を抱える場所もあり、そちらにはマルコムに隊商の派遣を要請している。彼らの活躍はマルコムたち商人と冒険者の店の主人たちが街に噂を流していて評判になっているとは、マジックアイテムの連絡先にいるマルコムの使用人の言葉である。



「ふう。さっぱりしたぜ。返り血を浴びたままじゃうんざりするからな」


「私は後衛から魔法を放つだけだが、お前は先頭で飛び出すからな」



 冒険者たちも休息は必要だ。今日はこれ以上の進軍はせず、夕方に解放した村の人々が歓待してくれることになった。村の人々も恐怖から解放され、思う存分騒ぎたいという気分もあるのだ。冒険者たちも警戒を解いているわけではなく、周囲に見張りを任命して、その見張りたちにも料理の差し入れがされる。この見張りは交代制で、バートたちが見張りをする時もある。

 その前に彼らは村の家々を使わせてもらって行水するなどして体を清めた。不潔にしていると(やまい)にかかりやすいことは冒険者たちも知っている。特に血は洗い流さないとならない。清浄の神聖魔法で体と身につけているものを清潔にすることもできるのだが、それにも魔力を消費するため、冒険者は余裕のある時しか使わないことが多い。本当は屋内で睡眠する方が良いが、大きな街道沿いでもない普通の村に百人規模の冒険者たちが泊まる宿はないから、彼らは村の広場で野営することになる。

 そして夜になって、宴が始まっている。



「バートさん。お料理をもらってきましょうか?」


「いや。これで十分だ。君も私といてもつまらないだろう。ヘクターたちの所に行くといい」


「私もあまり騒がしいのは苦手で……」



 ホリーは宴の輪からはずれているバートと共にいる。ヘクターはリンジーたちと酒盛りをしている。ヘクターには人間的に魅力があり、自然と人が集まって来る。一方バートは気難しい男と思われて、あまり人は寄って来ない。冒険者たちもバートのことも認めているのではあるが。

 そこにエルフのシャルリーヌが近寄って来た。彼女は折に触れてバートに声をかけている。



「あなたもたまにはみんなと一緒に楽しんだら?」


「酒は思考と動きを鈍らせる。私は飲まない」


「ふふ。あなたは頑固ね。ホリーもいつもバートと一緒にいるけど、(にぎ)やかな所に行かなくていいの?」


「私はあまり賑やかな所はちょっと苦手で……」


「その気持ちは私もわかるけどね。ニクラスたちはがさつに大騒ぎしているし。もう少し上品にできないのかしら」



 ニクラスはドワーフの一般例に漏れず大酒飲みで、今はヘクターと飲み比べをしている。冒険者たちはその様子を歓声を上げて(なが)めている。

 エルフとドワーフは仲が悪いとはよく言われることだ。だがそれは俗説(ぞくせつ)であり、個人個人により仲の善し悪しは変わる。エルフたちとドワーフたちは基本的な生活環境が異なり、お互いに相手側が好む環境を居心地が良くないと思う者が多いことから、そういう俗説が広がったのかもしれない。シャルリーヌの言葉にも悪意はなく、あきれているだけのようだ。



「ところであなたたちに聞かせてもらいたいことがあるのだけど、いいかしら?」


「私に答えられることならば」



 微笑(ほほえ)みを浮かべていたシャルリーヌの表情がにわかに真剣になった。



「妖魔たちの行動が明らかにおかしいわ。妖魔たちは街や村を壊滅させられる戦力があったのに、それをせずに陣地に()もっているだけだったわ。あなたはどう思う?」


「私はこれは『妖魔の間引(まび)き』という現象ではないかと思う」


「やっぱりあなたもそう思う? 妖魔の大侵攻の時、半分くらいの地域で確認されるっていう」


「ああ」



 妖魔の間引(まび)き。それは旧王国時代から確認されている現象だ。旧王国では数年から十数年に一回の割合で、妖魔の大侵攻があった。その際におおよそ半分の地域では結構な被害が出るのに対し、残りの地域では妖魔共は集団を作って陣地に待機するだけで、積極的な攻撃行動には出ないという現象だ。もちろんそれを攻撃した軍勢は抵抗を受け、損害も出すのだが。

 そのまるで妖魔共が殲滅(せんめつ)されることを望んでいるかのような不可解(ふかかい)な行動は、賢者たちからは『妖魔の間引き』と呼称されている。バートとシャルリーヌはその現象を知識として知っていた。



「となると、この地域ではあまり(あせ)って妖魔たちを撃破する必要はないのかしら?」


「いや。妖魔共もいずれ暴発して攻撃行動に出るかもしれない。過去の現象で危険度が低かったからといって、今回もそうであるとは限らない。それにこれが『妖魔の間引き』ならば、妖魔共が街や村々に攻撃を仕掛けている場所もあるはずだ」


「それもそうね」



 ホリーは理解している。バートが人々の被害を少なくしようとしているのは、この人にとっては善意によるものではない。この人は義務感だけで善なる行動を取っている。この人には恐怖に(おび)える人々も妖魔同然の存在に見えている。それが悲しかった。

 シャルリーヌがホリーを見る。



「あともう一つ。ホリーはもしかして聖女なんじゃないかしら?」


「……」


「聖女がいる軍勢は圧倒的な強さを発揮するとされているわ。あれだけの規模の浄化の炎を使えるのはまだしも、私も魔法を使う時威力が妙に強かったし、消耗する魔力も少なかったわ」


「……」


「リンジーたちも普段より動きが鋭かった。他の冒険者たちもたとえ相手が妖魔たちとはいえあそこまでの動きはできなかったはずよ。これまで一人の犠牲者も出なかったのも異常よ。実力不足の人たちもいるのだから」


「……」


「そしてあなたとヘクターは二人組の冒険者として有名なのに、今のあなたたちはホリーを連れている」



 ホリーは面食らった。まさかシャルリーヌにもそう言われるとは思っていなかった。だけどシャルリーヌの様子は(なか)ば確信しているのだろうと思えた。



「このお嬢さんは聖女なのかもしれない。違うかもしれない。私とヘクターはそれを見極めようとしている」



 バートは言い逃れをしようともしない。だがそれでは終わらない。



「君がこのお嬢さんを聖女かもしれないと思っていることは、せいぜい君の仲間たちの間にとどめておいてほしい。他にもその疑問を持つ者もいるかもしれないが、その者たちにも口止めを頼みたい。このお嬢さんが聖女かもしれないと知られたら、貴族たちがいらぬ野望を(いだ)くかもしれない。もっと愚かな行動を取る者が出る恐れもある」


「わかったわ。秘密にしておく。私のお婆さまも人間が嫌いなんだけど、その原因は百五十年前の大戦で、もう滅びた人間の国で聖女が政争に巻き込まれて、その国の王が自分の権威を守るために聖女を処刑したからって言ってたのよ。お婆さまはその聖女を直接知っていたみたいで……あなたが心配しているのも、そういうことでしょう?」


「そうだ。私はこのお嬢さんをフィリップ第二皇子殿下の元に連れて行こうと思っている。このお嬢さんが本当に聖女ならば、帝都に送られるだろう。だがこのお嬢さんが聖女ではない可能性もある。その場合もお嬢さんがいらぬ厄介(やっかい)ごとに巻き込まれないように、聖女であるかもしれないということは広めないでほしい」


「わかったわ」



 エルフは長命だ。かつての大戦の頃を直接知っている者も大勢健在だ。シャルリーヌはそこまでの歳ではないようだが。

 魔王軍の大侵攻があっても聖女が出現しなかった事例は、記録が残っているものだけでも幾度(いくど)もある。その場合、人類側の国々は壊滅的な打撃を受けるのが通例だ。人間の国のみならず、エルフやドワーフの国々も甚大(じんだい)な被害を受ける。聖女無しに魔王軍の大侵攻を阻止した事例は、記録に残っている限りでは百五十年前の大戦において、ヴィクトリアス帝国の前身となった王国が中心となって(あらが)ったことのみだ。他にもそのような事例はあるのかもしれないが、少なくとも大陸のこの地域においては知られていない。人類側が決定的な敗北をすると、魔王軍で大規模な内紛が始まったのか、魔王軍が撤退するのも通例ではあるのだが。

 そしてシャルリーヌが語ったことは、一部の賢者たちも主張している。大戦で滅びたある王国の記録に、聖女を(かた)る女が処刑されたというものがあると。その説は広く支持されているわけではないが、ヴィクトリアス帝国の前身となる王国に亡命していたその王国の王が、国土が回復された後も帰還を許されず、不審な死を遂げたことは事実である。



「バート。あなたはホリーとヘクターのことは信じているの?」



 そのシャルリーヌの言葉は、ホリーも知りたいことだった。彼女は無意識にバートの上衣の(すそ)を握る。



「……このお嬢さんやヘクターのような善の心を持つ人間は、私にとっては救いだ。人間にもこのような者たちがいるのだから。私からすればまぶしいと思う者が人間にもいるのだから」


「……そう」



 そのバートの言葉には、この男には珍しく感情がこもっていた。

 ホリーは思い出す。夢の中で善神ソル・ゼルムは言っていた。バートは人間に絶望している。だけど本当は人間を信じたいのだろうと。改めて思う。この人を一人にさせてはならない。自分がこの人にとっての救いになるならば、この人と共にいたい。

 シャルリーヌが不意にバートに微笑(ほほえ)みかける。



「バート。あなたはいい男ね。()れちゃいそうよ」


「私のような性格の悪いろくでなしに惚れるのはやめる方がいい。君が不幸になるだけだ」


「ふふ。あなたのそういう所が気に入ってるのよ」



 そう言ってシャルリーヌはこの場を後にする。

 ホリーにはバートに言いたいことがある。



「バートさん」


「む?」


「私、バートさんと一緒にいたいです。バートさんたちと共に旅をしたいです」


「私たちは君をフィリップ殿下の元に送り届けるために共に旅をすることになる。君が本当に聖女ならば、そこで別れることになる。君が聖女ではないならば、君が安全に過ごせる場所に連れて行って別れることになる」


「私が聖女であろうとなかろうと、バートさんと一緒にいたいです。駄目ですか……?」


「……考えておこう」



 ホリーは自分の感情がよくわからない。もしかしてこれが恋なのかもしれないとも思ったけれど、よくわからない。ただ一つ確実なことは、自分はこの人と共にいたいと思ったことだ。バートは表情を変えていないけれど、彼女の言葉を無碍(むげ)に断りはしなかった。彼女はそれがうれしかった。

 ふと気づいたようにバートが言葉を発する。



「お嬢さん。君はなぜ、妖魔共の死を本気で悲しめる?」


「え?」


「私もヘクターも妖魔共を(とむら)いはする。だがそれは妖魔共の死を悲しんでいるわけではない。なぜ君は妖魔共の死にさえ、本気で悲しめる?」



 バートにとって、ホリーは不思議な少女だ。この少女は彼の理解の範疇(はんちゅう)を超えている。



「……わかりません。それでも死は悲しいです」


「……」



 ホリー自身も、それはわからない。彼女は村にいた時から、村の自警団が焼却するために妖魔の死体を持ち帰った時も、その死体を(とむら)っていた。村の人々はそれはおかしいと言っていた。彼女の母親ただ一人が、その優しさを大切にしなさいと言ってくれた。

 バートは伏し目がちに答える彼女から、まぶしいものを見るかのように視線を()らした。


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