16 妖魔の大群討滅戦 03 冒険者たち
騎士団長の話は終わり、冒険者たちに前払いの分の報酬を渡すからこの場で待てと言って退出した。後金は冒険者の店に預けておくとも。
そこにリンジーがバートに声をかける。
「ハハハ! あんたもたいしたものだね! 見たかい、あのいけ好かない騎士団長様の悔しそうな顔!?」
冒険者たちが一斉に笑い声を上げる。冒険者は旧王国領の支配層側の人々からは見下されている。それには彼らも思うことはある。
そして彼女らはバートに一目置いた。バートは冒険者たちにとって有利な条件を勝ち取ってくれたのだから。もちろん彼らにも交渉をできる者はいる。だが理路整然と説明して騎士団長にすぐに条件を飲ませることができるかはわからなかった。
バートはその賞賛の視線を気にも留めない。
「私たち三人はこの依頼を受けようと思う。君たちが受けるかは私にはわからない。どうする?」
「もちろん受けるさ! あんたたちは旧王国領を広く旅してるようだけど、あたしたちはこの地域で活動してるんだし、知り合いも大勢いるんだしね!」
「おうよ!」
「クソのような領主様のために働く気なんざねえが、気のいいおっちゃんおばちゃんたちもなついてくれるガキ共も見捨てられるかよ!」
「それに今はこれ以外の依頼は出てきそうにないんだよね。報酬も魅力的だしね」
ホリーはうれしかった。感心できない人たちもいることは認めざるをえないけれど、やはりいい人は大勢いるのだと。
リンジーたちが気のいい冒険者たちであることは事実なのだろう。だが彼女たちにとっても、妖魔共が大規模に活動している今、この依頼以外によさげな依頼はそうそう出ないだろうという事情もある。そもそも妖魔の大侵攻を防がなければ、彼女たち自身は逃げられたとしても拠点を失ってしまう恐れもある。
「ではこの場の者は依頼に参加するとして、伝令役を五人決めたい。軍馬は十頭支給されるのだから、半数は予備としてこの街につないでおき、街に報告に来た者が折り返し伝令に出るならば乗って来た馬は休ませられるようにしたい。実力不足の者をその任に当てるべきと考える」
「実力不足の奴かい? 敵と遭遇しても切り抜ける実力がある奴の方がいいんじゃないかい?」
「伝令のために移動中に敵と遭遇したとして、下手に戦って敵を退けようとする者より、全力で逃げて伝令役としての任務を優先する者の方がいい」
「強い奴には戦力として働いてほしいしな。あと伝令役も馬に乗るのが上手な奴だともっといい」
「なるほど。そこのあんたたち! こっちに来な!」
「は、はい!」
リンジーが呼びかけた相手は、駆け出し冒険者といった様子の若い五人組だ。彼らも一対一なら妖魔とも十分に戦えそうだが、複数を相手に戦うのは厳しそうな腕前に見える。
その一人はいかにも下劣な領主が目をつけそうな可憐な少女だ。彼女は領主の魔手から逃れるために冒険者になった。領主とその取り巻きも、戦う力を持つ少女は領主が危害を加えられかねないから狙わない。この街の冒険者には他にもそんな少女も何人もいる。
「あんたたち、馬に乗って隊商の護衛をする依頼を何回か受けていたね?」
「は、はい」
「この地域の地理はなんとなくでも把握してるね?」
「はい!」
冒険者たちと話していたリンジーがバートたちに振り返る。
「この子たちを伝令役にしようと思うけど、いいかい?」
「私に異存はない」
「この辺りの地理もわかってるなら、伝令役として申し分ないと思うぜ」
「が、頑張ります!」
バートもヘクターもこの街の冒険者たちがどのような技能を持っているかは知らない。それをリンジーが適切に補ってくれるのはありがたかった。
「あとあんたたち。街に伝令に戻ったら騎士団の所に行く前に冒険者の店に報告しな。あの領主様と騎士団のことだから、あたしたちの功績も自分たちのものにして都合の悪いことは握りつぶしそうだからね」
「は、はい!」
冒険者たちも知っている。この街の領主と騎士団長は人格的に信頼はできないと。
そうして彼らは待っている時間、それぞれの役目を決めていく。冒険者たちを指揮する役割は、この場の全員の意見が一致してバートが推挙された。冒険者たちも先程の会話と彼の名声から、彼なら頼れそうだという印象を受けていた。そしてその補佐をヘクターとリンジーが行うことになり、リンジーとその仲間にはバートと冒険者たちの意思疎通役としての役割も期待された。
バートたちはエルムステルの冒険者たちからすればよそ者だ。それで文句が出なかったのは、冒険者たちは基本的に実力主義の者が多いからだ。そしてなにより百人もの集団を指揮したことがある冒険者はいなかった。しかし彼らはバートが騎士団長と冷静に交渉した姿を見て、そして無謀な戦いは避ける許可を得たのを見て思った。彼ならば自分たちを生き残らせてくれるかもしれないと。冒険者である以上は彼らも死ぬ恐れがあることは覚悟している。それでも彼らも死にたくはない。