15 妖魔の大群討滅戦 02 依頼内容
エルムステルの騎士団の練兵場。その場には百人以上の冒険者たちが集まっている。その実力はまちまちだが、バートとヘクターと同等以上の実力を持つ冒険者はこの場にはいない。そもそもバートたちに匹敵する者は旧王国領全体でもほとんどいない。冒険者たちはバートとヘクターの二人が気になる様子を見せている。
その中の一人、相当な腕前を持っていそうな女戦士が彼らに声をかけてきた。彼女はバートと同じくらいの歳に見える。栗色の髪を後ろでまとめ、勝ち気な印象を受ける凜々しい女性だ。彼女は他の冒険者たちから一目置かれているようで、その様子は注目されている。
「あんたたちが噂の静かなる聖者と鉄騎かい? あたしはリンジー。まあよろしく頼むよ」
「私はバート」
「俺はヘクターだ。よろしく。こっちのお嬢さんはホリーで、なかなかの神聖魔法の使い手だ」
「へぇ。お嬢ちゃん、まだ大人になってないだろうのに立派なものだね」
「い、いえ。よろしくお願いします」
『静かなる聖者』とはバートの、『鉄騎』とはヘクターの異名だ。彼らは冒険者として活動するうちにいつの間にかそのような異名で呼ばれるようになっていた。
ホリーは駆け出し軽戦士のような鎧姿のままだ。かなりの強者と言っていいリンジーに声をかけられて、この場の雰囲気もあって怯んでいるけれど、ただの村娘だった彼女が怯むのも無理はない。
彼らはリンジーとは初対面だ。彼女とその仲間たちはバートたちが宿泊している冒険者の店とは別の店を拠点にして活動しているのだろう。エルムステルのような大きな街には複数の冒険者の店があることは珍しくない。
そうして待っていると、騎士数人が練兵場に入って来た。一際きらびやかな鎧を纏った男が一段高まった場所に上る。
「注目せよ! 私はエルムステルの騎士団長、アンドリュー・オードニーである! 諸君ら冒険者に領主様のご命令を伝えるから拝聴せよ!」
エルムステルは騎士団を持つ有力な貴族の領地であり、この街はその中心地だ。その貴族は帝国が旧王国に侵攻した時は旧王国の貴族だったが、帝国の調略に寝返り、旧王国滅亡後も領地を安堵された。旧王国領の西部はそのように寝返った貴族たちの領地で占められている。帝国は旧王国を迅速に制圧するために侵攻前に十分な準備をし、旧王都フルムへの侵攻路を確保していた。旧王国は帝国の要求を拒絶した時点で滅亡が確定していたのである。
「この地方一帯で、妖魔共の大規模な蠢動が見られる! 個々の街や村々に対して数百程度の妖魔共の大集団が多数組織され、攻撃準備をしている模様である! 無論我ら騎士団も妖魔共の討伐にあたるが、諸君らもそこに参加せよ! 拘束期間は一ヶ月であるが、それまでに討伐が完了しなければ追加依頼をすることになる!」
十か二十程度の小規模な妖魔の集団相手ならば、冒険者たちが雇われたり小規模な軍勢が送られて対処することが多い。妖魔の対処に騎士団が全力であたるのは滅多にないことだ。
バートたちはあまり長期間拘束されることは好ましくはないが、一ヶ月程度なら容認できる。なによりこれはホリーを戦いに、そして死に慣れさせるために好都合だ。
「我ら騎士団は五つの集団に分散し、各地の妖魔共の討伐にあたる! 諸君ら冒険者たちは騎士団とは別行動の一集団として行動し、妖魔共を討伐せよ! 何か質問はあるか!?」
そこにバートのよく通る声が響く。
「妖魔の集団が多数あるとのことだが、我々は一つの集団のみを撃破すれば良いのか? それとも複数の集団を撃破しなければならないのか?」
「多数の街や村々に妖魔共が攻撃準備をしている模様である! 集団を複数、可能な限り多く撃破せよ! 範囲は領主様の領地のみではなく周囲の、兵が十分におらぬ貴族や小領主たちの領地も含む!」
「数カ所ならばともかく、それだけの範囲で可能な限り多くの集団を撃破しろと言われるならば、提示されている報酬は過少だ。少なくとも五倍は必要だろう」
「貴様ぁ……卑しい冒険者風情が領主様のご命令を聞けぬと言うか!?」
「依頼内容に対し、提示されている報酬が過少だと言っている。帝国の法は、冒険者に依頼をする時はそれに見合った報酬を出すべきとしている。依頼者が貧しくて十分な報酬を出せない時、それを承知で依頼を受けることはある。だが領主ともあろう方が冒険者相手に十分な報酬も出せないと?」
「ぐ……」
騎士団長は痛い所を突かれたとばかりに悔しげな顔をする。領主ともあろう者が冒険者ごときに十分な報酬も出せないと広まってしまえば、彼の主君たる領主の名誉が傷ついてしまう。
バートは表情を変えもしない。彼は金にこだわりすぎる男ではない。だが十分な報酬を出す財力があるのに、報酬を出し渋る輩の依頼を喜んで受ける趣味はない。無論彼はマルコムたちが領主を告発しようとしていることもおくびにも出さない。
「……よかろう。貴様の望むとおり、提示した金額の五倍を出そう」
「承知した。だが他の冒険者たちが依頼を受けるか否かは彼らが決めることだ」
冒険者たちは報酬の増加に歓声を上げる。最初に提示された額でもそれなりのものだったのに、それを大幅に増額されたのだから。それでも適正な額からは少なめかもしれないことをバートは気づいているが、冒険者たちの多くは気づいていない。彼らもここで初めて聞いた依頼内容からすると提示されていた報酬は過少だということには気づいていたが、あまりに大規模な依頼にどれだけの報酬が適切なのかわかる者は少ないのだ。
リンジーたちは騎士団長をいい気味だと言いたげに見ている。彼女らも騎士団長が自分たち冒険者を見下していることは理解している。だが依頼を受ける価値はないと判断した様子を見せる者は少数だ。バートが取り付けた報酬は冒険者たちにとっても魅力的だし、なにより彼らにも人々を守りたいという意思がある。
騎士団長が即座に最初に提示した金額の五倍を出すと答えたことは、バートには推測できることがある。領主も報酬自体は帝国の法に従って適切な額を用意しているのだろう。だが依頼者と冒険者が合意すれば、必ずしも適正な報酬額を払う必要はない。そして払わなくて済んだ金額の大部分は領主の懐に戻り、一部はそれに加担した騎士団長たちに入る予定だったのだろう。
百人以上もの冒険者を雇うことは、豊富な財力を持つ領主にとっても負担は小さくない。節約できるものなら節約したいと思う者もいるだろう。領主たちはそれで冒険者たちの自分たちに対する信頼がさらに失われることなど気にしない。そもそも旧王国出身の貴族たちの多くは冒険者を見下している。推測に過ぎないし、バートは大半の人間の性根は妖魔共と大差ないと思っているから口に出しても無意味と、わざわざ言いはしなかった。
「そして依頼を受ける条件として、攻撃することは無謀と判断される時は、その場は離脱して他の敵集団を攻撃する許可をもらいたい」
「貴様ぁ! 妖魔ごときから逃げると言うか!?」
「数は力だ。妖魔ごときといえども、千もいればこの人数で攻撃するのは無謀だ。そんな無謀なことをして戦力を無為に消尽するより、勝てる相手にぶつけて敵の戦力を削り、大集団相手には味方側戦力を糾合してあたるのが得策だ」
「……よかろう。それも認めよう」
さすがに騎士団長もバートの言葉を理解できないほど愚かではない。『卑しい冒険者風情』に正論で返されて忌々しいという感情を隠せていないが。
冒険者たちも相手はたかが妖魔と見くびっていた者も多かったが、バートの言葉に気を引き締めている。中級以上の妖魔は魔力でそれなりに身体能力や防御力を向上させている。それを相手にして一対十で正面からぶつかって勝つには、さらに魔力で力を向上させている中堅冒険者や正規の騎士くらいの実力が必要になる。それ以上の実力を持つ者はこの街の冒険者にもそれほど多くはない。勝っても実力が不十分な者は多数犠牲になるだろう。冒険者も年齢を重ねれば引退するものであり、その後を引き継ぐ者たちが成長できずに大勢死ぬのは、将来的にこの街の損失になりかねない。それは彼らも、そして冒険者たちを見下している騎士団長も理解できる。
「今回我々は機動性を重視するべきと考える。馬を持っていない冒険者には軍馬とまでは言わないがせめて乗用馬の支給は求める。食料などの各種物資とそれを運ぶ荷馬車の支給も求める。依頼が終了した後、馬が健在ならば返却するという扱いで構わない。馬が失われた場合はそちらに負担を求めたい」
「……よかろう」
「我々と街の連絡をする連絡役は騎士団から派遣されるのか?」
「貴様らで伝令役を任命し、我らに報告せよ」
「承知した。伝令役には軍馬の支給を求める。仮に伝令役が途中で敵に襲われても逃げられるようにすることが必要だ」
「よかろう。伝令役用に軍馬を十頭支給する」
大抵の冒険者は、騎乗戦闘ができるほどに乗馬に習熟しているかはともかくとして、普通に馬に乗ることくらいはできるものだ。そして徒歩で回るには範囲が広すぎる。バートはその馬を用意することを冒険者たちの自腹で支出するのではなく、領主に求めた。
なお軍馬とは戦場でもパニックにならずに行動できるように特別に訓練された馬で、普通の乗用馬よりかなり高価になる。軍馬にもランクがあり、強力な魔力を持つ軍馬は力が強くタフで戦力としても強力だが、扱うのも技量が必要でより高価になる。動物にも時に魔力を持っていて力を向上させているものもいる。
騎士団長にもせいぜい冒険者たちを使い倒してやろうという思惑がある。彼としても、妖魔の数が増えすぎるのを見過ごしていたという失態をごまかすためにも、可能な限り早く妖魔共を討伐せねばならず、そのためには少しでも多くの戦力がほしいのだ。そして冒険者たちがあげた戦果も自分たちの功績にしようという思惑がある。
バートもそれを察したが、何も言わなかった。バートにとって人間などそんなものだ。失望もしない。彼は人間に希望など持っていないのだから。