130 街に出て 03 女性陣への贈り物
バートたちは応接室に通され、店主が収蔵庫から大事そうに箱を持って戻って来る。店主としても名高い静かなる聖者一行相手に下手なものを見せるわけにはいかないと、選りすぐりのものを出して来た。
「店にある落ち着いたデザインのアクセサリーで、あなた方にふさわしい商品となりますと、こちらはいかがでしょうか」
箱の中に並べられたそれらは、魔術師でもあるバートとシャルリーヌから見たら強力なマジックアイテムであることは一目瞭然だ。見るだけではどのような魔法が付与されているかまでは判別できないが。
「これらも付与されている魔法を調べてもいいかしら?」
「はい。どうぞ。私も魔法で鑑定はしていますが、希に付与されている魔法が隠されていることもございますから」
十分な実力がないと、付与された魔法を見抜けないこともある。店主もマジックアイテムを扱う店の主人として智現魔法を学び、それなりの魔術師だという自負はある。だが異名持ちの魔術師であるシャルリーヌと比べられるほどではないことはわかっている。店側の鑑定が間違っていることはそうそうないが。だけどシャルリーヌはホリーに持たせるものだから念を入れたいと思ったのだ。
そうしてシャルリーヌは先程と同じようにホリーに呪い防止の神聖魔法を使ってもらって、順に魔法で鑑定していく。
「あら。これはホリーに良さそうね」
「その腕輪でございますか。それは発動すると光の盾が発生し、身を守ってくれるというマジックアイテムでございます。ただ、その防御力を過信するのは危険と申し上げます。水晶の姫神子のお嬢さんは軽戦士を偽装しているようでございますから、有効とは考えますが」
店主もホリーの異名も知っていた。彼なりの考えも誠実に言う。店主はこの腕輪については購入してもらえることは望み薄だと思っていた。この腕輪は所持者の魔力に防御力が左右され、相応の魔力がないとたいした防御力を発揮できない。魔術師や神官が持てばそれなりの防御力は期待できるのだが、それも静かなる聖者たちほどの冒険者基準の敵相手では、心許ないとしか言えない。それに基本的に後衛には敵を接近させないように戦うものだ。
だが腕利きの冒険者は、後衛が敵に接近された時に備えて少しでも生存率を上げるために、こういったアイテムを持つこともある。実際後衛が危険にさらされることはしばしばある。だからもしかしたらと思って入れておいたのだ。
「ええ。あなたの言うとおりね。でもこれは使用者の魔力で防御力も変わるようよ。たぶんスコットさんが把握している以上にその防御力の上限は高いわ」
「そうなのでございますか? 魔術師や神官が使っても、その防御力は魔法を付与していない普通の盾程度だと思っていたのでございますが」
「並の魔術師ならそうね。でもホリーの魔力はかなり高いから、相当な防御力が期待できるわ。上質な付与をした大型の盾に匹敵するくらいに。光の盾も自律防御させることも持っている盾に上乗せするようにも使えるようだし、かなり有効よ。さっきのアミュレットもあわせれば、鎧を脱いでいる時でも、中堅ランクの重戦士を優に上回る防御力を発揮できると思うわ。鎧も合わせれば、ニクラスの鎧にも匹敵するかも」
「おお……それほどとは……」
「それはたいしたものじゃなぁ」
「そうだね。バート。これはホリーに買ってあげるべきだと思うよ」
「ああ。確かにお嬢さんには良さそうだ。これを買ってお嬢さんに贈ろう」
「ありがとうございます! デザインも素敵です」
「まことにありがとうございます」
店主も上機嫌になる。これはかなり高価なマジックアイテムだ。シャルリーヌの言葉からすると店主が考えていた以上に高性能なようだが、有効に使える者はそうはいない。その真価を発揮するにはよほどの魔力が必要なようだから、売りにくい品物であることには変わりないのだ。その使いにくいアイテムがこの少女にとっては有効に使えるなら、それはなによりだ。
そしてシャルリーヌたちからすれば、これは是非ホリーに持たせたいアイテムだ。聖女であるホリーは戦場に出ることもありうる。彼女たちもホリーを守るが、完璧に守り切れる保証などない。だが先程のアミュレットとこの腕輪があれば、ホリーが生き残れる可能性を飛躍的に高めることができる。
「お値段につきましては――」
彼は自分が思っていたよりも高性能だったアイテムの真価を知って、さらにふっかけようとするほど欲深くはない。考えていた金額でも十分に利益は出るのだ。ここでやはり買わないと言われてしまったら、この先も売る機会はそうはないであろう。
「この腕輪の性能からすると、それは安すぎると思うわ」
「ああ。倍額を払おう」
「あの……そこまでいただくわけには……」
だが二人の言葉に、店主の方が面食らう。無駄に気位が高い貴族ならば提示した金額よりも多く払うと言うこともありうるが、冒険者は普通はそんなことは言わない。村娘としての感覚が抜けていないホリーからすれば、そんな高価なアイテムをプレゼントされることに怯みも覚えているのであるけれど。
「先程のアミュレットを譲ってもらった礼の意味もある。それにこれはその金額に値するアイテムだと考える」
「ええ。この腕輪の真価を発揮できる人はそうはいないと思うわ。でも、ホリーにとってはものすごくありがたいアイテムなのよ」
「そういうことでしたら、お受け取りいたします」
店主も納得した。そして思う。この冒険者たちはやはりあのアミュレットにふさわしい心の清い方々なのだろうと。高く売れてうれしいと思う自分に後ろめたさも感じるのであるが。
店主はあの二つのアミュレットを無償で譲ったことには後悔は全くない。彼も祖父母が好きで、その思いをかなえてあげたいと思っていたのだ。それが彼が思っていたよりも素晴らしい方たちの手に渡せて、これなら祖父母も冥界で喜んでくれると思ったのだ。
「これと同じものはもう一つあるだろうか? あればシャルリーヌにも贈りたい」
「できれば二つね。セルマさんの分も。バートが贈ればあの人も喜ぶと思うわ」
「む……そうか。ならば二つ。性能が同じならば、お嬢さんに贈るものと同額を払おう」
「それと同じ性能と思われるものはちょうど二つございます。先程のものと同時に遺跡で発見されて、この店に持ち込まれたものでございますが。ただ私はそれの真価を見抜けておりませんでしたので、本当に同じ性能かはわかりかねます」
「じゃあ鑑定させてもらえるかしら?」
「はい。こちらからお願いしたいくらいでございます」
シャルリーヌの生存確率を向上させるにもこれは有効だ。シャルリーヌもホリーも神への階を登り始めたが、まだ不死ではない。ただ防御力が高いだけでは、彼女らは身のこなしが不十分であるから、過信はできないが。
店主はシャルリーヌの言う『セルマ』が帝国の第一皇女のことだとは思ってもいない。シャルリーヌも自分たちが第一皇女と関わりがあると知られるわけにはいかないから、さん付けで言ったのだが。
そして店主は店の奥に行き、腕輪を二つ入れた箱を持って来た。デザインは異なるが、いずれも落ち着いたデザイン、悪い言い方をすれば少々地味なものだ。
「これらも先程の腕輪と効果は同じはずでございます。ただそれが事実なのかは、私にもわからなくなってしまいました」
「鑑定させてもらっていいかしら?」
「はい。お願いいたします」
先程と同じように、ホリーに呪い防止の神聖魔法を使ってもらって、シャルリーヌが鑑定魔法を使う。
「効果としてはこの二つもさっきの腕輪と同じね。防御力の上限も誤差程度の違いのようよ」
「ならばこの二つも購入していこう」
「ありがとうございます」
鑑定結果に店主も一息つく。これらは同時に発見されたものなのだが、たまたま先程のものだけ性能が飛び抜けているだけの可能性もあったのだから。だが残りもこの方たちの役に立てるのだろうと思った。売りにくいアイテムが高値で売れることを喜ぶ商売人としての感情もある。
「じゃあどちらをセルマさんに贈るか、バートに選んでもらおうかしら」
「ああ……こちらにしよう」
「あの人には似合いそうね」
バートが選んだのは銀色を基調としたものだった。彼はあの女性の美しい銀髪をイメージしたのだ。それをセルマが喜んでくれるかは彼にはわからない。地味すぎると言われるかもしれないとも思っている。彼はなぜセルマやホリーとシャルリーヌが自分に好意を寄せるのか理解できず、女心もよくわからないのだ。
シャルリーヌは、この男のことだから、フィリップ第二皇子にこの腕輪を預けてセルマに渡してもらうという、無粋なことを言い出しかねないと思っている。だから直接あの女性に渡すように後で言ってやるつもりだ。その方がセルマも喜ぶであろう。
「あとお嬢さんには予備の守護のアクセサリーも買って贈ろう」
「ならこれかこれがいいと思うわ。これらも強力な守護のアクセサリーよ。私は同じようなアイテムを持っているからいいわ」
「そうか。お嬢さん。どちらがいい?」
「それなら……こちらが……」
「ではそれを買っていこう」
「お買い上げありがとうございます」
シャルリーヌが示した二つのブローチは、店主が有力候補だと考えていたものだ。彼は自分の見立てが正しかったことに内心ホッとする。店でも最上級のアイテムを出しただけあって、それも高価ではあるがそれに見合った効果はある。あのアミュレットとは到底比べられないが、それはあれがあまりにもいいものだからというだけだ。
「それからヘクター」
「おう」
「リンジーに贈るなら、この髪飾りがいいと思うわ」
「どんな効果なんだ?」
「女戦士向けのもので、守護と身体強化の魔法を使う効果があるわ。そこまで強い効果があるわけじゃないし、一定時間発動すると丸一日使えなくなるようだけど、私たちの魔法の援護無しにリンジーの意思で発動できることは有効よ」
「確かにそれはありがたいね」
「じゃあそれを買ってリンジーに贈るよ」
「ありがとね」
「お買い上げありがとうございます」
その髪飾りは、店主がリンジー用に本命と考えていたものだった。それもかなり高価なアイテムだ。
店主は思う。今日はいい商売ができた。使用人たちにも追加の給与を払ってやって、家族にもプレゼントを用意してやろう。一日でこれだけの売り上げがあることはそれほどない。
「ヘクター。この髪飾り、あんたの手でつけてくれないかい?」
「おいおい。俺は女の髪をいじる方法なんて知らねえよ。悪いけど自分でつけてくれ」
「……まああんたはそういう男だよねぇ」
リンジーはヘクターにアピールしようとしたが、この男相手では通用しなかった。シャルリーヌはこの野暮めという目でヘクターを見ているけれど。ベネディクトとニクラスは苦笑している。