129 街に出て 02 掘り出し物
マジックアイテムの店。陳列されている商品を見ていたバートとシャルリーヌが、並んで置かれている一組のアクセサリーに目を留めた。
「む……?」
「これは……」
「それがどうかしたのか? 古ぼけたアミュレットにしか見えないけど」
「作りはかなり上質なようだけど、ここまでくすんでいるものをホリーにプレゼントするのはどうかと思うよ?」
それは宝石も濁り、金属部分もくすんだ、古ぼけたネックレス状のお守り、アミュレットだ。ヘクターにも宝物鑑定もできる盗賊のベネディクトにも、到底それがホリーに似合うとは思えない。
そこに店主が声をかけてきた。
「それに気づかれるとはお目が高い」
「これは店頭に並べるようなものではないと思うのだが。こんな無造作に置くには貴重すぎる」
「ええ。もしかしてこれ、神々の時代の遺物じゃないかしら?」
「おお。そこまでお気づきでございましたか」
バートとシャルリーヌの言葉に、ベネディクトたちも驚きを隠せない。神々の時代の遺物は非常に貴重だ。たとえ付与された魔法が失われていたとしても、物としての価値はそこらにいくらでもあるマジックアイテムと一緒に並べるようなものではない。
店主が説明する。
「私の祖父母は冒険者でございました。この二つのアミュレットは祖父母が遺跡で発見したものなのでございます。祖父母は冒険者を引退してこの店を開き、父、そして私と店を引き継いできたのでございますが」
「ふむ」
「祖父母がこのアミュレットを発見したのはもっと新しい時代の遺跡だったようですが、これ自体は神々の時代のもののようにございます」
「その時代に、神々の時代の遺物が見つけられていたのでしょうね」
「おそらくは。そしてこれらは、心清き者が身につければ非常に強力な守護の効果を発揮するとのことでございます。そうではない者が身につけても、そこらの守護のアイテムと同程度でしかないのでございますが」
「ふむ。神々の時代の遺物となれば、そのような特殊なアイテムが存在しても不思議ではない」
「はい。普通の善良な人という程度ではこのアミュレットには認められないようにございます。残念ながら私も認められませんでした。私は商売人をしておりますから、それも仕方がないのでございましょう」
神々の時代のマジックアイテムの全てが強力なわけではない。だが遙か過去の遺物が力を失わずに残っているのならば、それは強力なアイテムの可能性が高い。
「それをお譲りするには二つ条件がございます。一つは、あなた方がそのアミュレットにふさわしい方であるとお示しいただくこと。祖父母からは、それらをふさわしい方にお譲りしろと遺言を残されております。祖父母もそれらに何度も命を救われたとか」
店主に偽りを言っている様子は見受けられない。もちろん本心を隠して嘘を言う人間などいくらでもいる。だがフィリップ第二皇子が本拠を置くこのカムデンに店を構える店主がそんな嘘を言うとも考えづらい。詐欺など働けばすぐに牢に入れられるのだから。
シャルリーヌからすれば、疑うのもどうかと思うけれど、すぐに信じることもできない。
「鑑定の魔法でこの二つのアミュレットに付与されている魔法を調べてもいいかしら? 念のために呪い防止の神聖魔法も使ってから。この街に店を構えるあなたの言葉を疑いたくはないけど、そこまで貴重なものをこんな店頭に置いているとは信じがたいというのが本心なのよ」
「どうぞお調べください。私自身も祖父母から言い残されているだけで、それらの真価を知らないのでございます。私が手に取った時は呪いなどはございませんでしたが。ですが手に取るだけであなた方がそれらにふさわしいか否かはわかります」
店主はシャルリーヌの言葉に気を悪くした様子はない。シャルリーヌの言葉はもっともだと店主自身も思うのだ。このアミュレットは作りこそ上質でも古ぼけたものにしか見えず、たいした魔力も感じられないのだから。
そしてマジックアイテムにはごく希に呪いがかかっているものがある。欲深い者に対するトラップなのかもしれないが、そういった呪いを付与する性格の悪い付与魔術師は今も昔もいる。
「でもなんでこれをこんな所に置いているのかしら?」
「祖父母からは、これらを本当に必要とする方にお譲りしろと言い残されております。大事にしまい込んで上得意様のみにお見せするのでは、これらを本当に必要として、かつふさわしい方に巡り合わせることは難しいと思いまして」
「なるほどね」
店の上得意先として認めることができるほどの財力を持つ者が、これらを本当に必要とするほど危険にさらされる場所に行くとは店主には思えなかった。ことに心清き人となると、さらにふさわしい者は限られる。店主の祖父母が亡くなった後に店頭に並べたのだが、古ぼけたものにしか見えないこれらに興味を示す者はおらず、譲るにふさわしい相手には巡り会えていなかった。
「ホリー。呪い防止の魔法を使ってくれるかしら?」
「はい。善神ソル・ゼルムよ。この者を呪いから守りたまえ」
神聖魔法に決まった言語や文言はない。その神聖魔法がかかったことを確認してシャルリーヌがアミュレットの一つを手に取る。
「あら?」
「おお……」
「さっきまであんなにくすんでいたのに……」
店主が感嘆の声を上げ、リンジーたちも驚く。
シャルリーヌが手に取ったアミュレットの宝石が即座に清く透き通り、くすんでいた金属部分も輝きを取り戻したのだ。それは美しいが派手と言うほどではない上品なものだ。そして強力な魔力も感じられるようになった。
「是非それをお受け取りください。その宝石がそこまでの透明度を示すのは私も初めて見ました。祖父母もここまでではございませんでした。そして心の濁った者がそれに触るとくすむのでございます」
「その前に付与された魔法を確認させてもらうわ。『魔力よ。我に付与された魔法を明らかにさせよ』……かなり強力な守護の魔法が付与されているわ。現代で手に入るアイテムでは、これほどのものは思い至らないわね。心の濁った人が持つと、その効果はそこらにあるもの程度でしかなくなるようだけど」
そうしてシャルリーヌは残ったもう一つのアミュレットも魔法で確認する。こちらもシャルリーヌが手に取った途端に美しさを取り戻した。
「ホリー。これを持ってみなさい」
「はい」
「おお……お嬢さんもそれにふさわしい方のようにございます」
店主が再度感嘆の声を漏らす。アミュレットは美しいままだった。
「これを身につけていると、これだけでも上質な付与がされた鎧並みの防御力と、強力な魔法防御力を得られるようよ。清浄魔法も付与されてるから、常に体と身につけているものが清潔に清められるようだし。これは是非ホリーに買ってあげるべきね」
シャルリーヌも認める。これは聖女であるホリーにふさわしいアクセサリーだ。これほどのものに出会えることなどまずない。そして自分ももう一つを買っていこうと思った。
「ではこの二つを買っていこう。お嬢さんとシャルリーヌに贈ろう」
「ありがとうございます! でもいいんですか?」
「私もいいの? これは相当に高価よ?」
「構わない」
これほどのもの、恐ろしく高価なことはバートもわかっている。だが彼らにはこのくらいなら問題なく買えると断言できる財産がある。ミストレーの解放とその後のアンデッド討伐でも彼らには莫大な報酬が支払われたし、それ以外で稼いだ金もある。
「お代は結構です。祖父母は父と私に、それらをふさわしい方にお譲りしろと言い残しましたので。そしてもう一つ条件がございます」
「なんでしょうか?」
「あなた方がそれらを必要としなくなったら、それらをふさわしい方にお譲りしてください。条件はこれだけでございます」
「はい!」
「わかったわ」
ホリーもシャルリーヌも店主の言葉に異存はない。彼女らが神に至れば寿命はなくなるのだけれど、神に至ればこのアイテムは不要になるのだろう。その時はふさわしい人にこれを譲ればいいのだ。もちろん無償で。
「ところで申し遅れましたが、私は店主のスコットと申します。皆様方のお名前をうかがってもよろしいでしょうか? 名のある方々とお見受けしますが」
「私は神官のホリー・クリスタルと申します」
「私は魔術師のシャルリーヌよ」
「私は魔法剣士のバート」
「俺は戦士のヘクターだ」
「あたしは戦士のリンジーだよ」
「わしは神官戦士のニクラス」
「僕は盗賊のベネディクト」
「おお……あなた方が……これで私も荷を下ろせた気分にございます」
普段から冒険者や騎士たちとも接している店主もバートたちの名声は知っていた。この冒険者たちがただ者ではないことには名前を聞く前から気づいていたのだが。そして納得する。この冒険者たちは祖父母の形見を託すにふさわしい方々なのだと。
「だが無償で譲られたものを私からのお嬢さんへのプレゼントとするわけにもゆくまい。他のものも買っていこう」
「ありがとうございます!」
「それでしたら、上得意様にのみお見せしているアクセサリー状のマジックアイテムをお見せしましょうか?」
「頼む。シャルリーヌの分も」
「ありがと。あと私たちには華美なものよりも落ち着いたデザインのものがいいわ」
「かしこまりました」
バートの気遣いにホリーもシャルリーヌも素直に感謝する。さすがにこのアミュレットほどの掘り出し物は期待はできないであろうが。それでも店主と親密にならなければ見せてもらえないようなアイテムなら質には期待できるだろう。同じような効果を持つアクセサリーを複数持っても効果が加算されるものでもないが、邪魔にならない範囲で予備を持っておくことには意味がある。
店主としても、高価な商品を買ってもらえるならその方がありがたいのが本音だ。高名な静かなる聖者一行と取引できたとなれば、店の格もさらに上がる。そのためにはとっておきのものを見せようと思っている。
「どうせだから、俺もリンジーに何かプレゼントしようかね」
「いいのかい?」
「おう。背中を守ってくれる感謝の印ってことで。そういうわけでスコットさん。俺もリンジーの要望を聞いてから選ばせてもらっていいかい?」
「かしこまりました」
ヘクターもリンジーが自分に恋心を向けているのは気づいている。そして彼もそれに悪い気はしていないのだ。