127 第二皇子の善意
フィリップは深刻な話はひとまずこれまでと気を抜く。
「ところで話は変わるが、セバーグ将軍。知恵を貸してくれんか?」
「はっ。なんなりと」
「ホリーお嬢さんが最近成年したということで、俺もお嬢さんの成年祝いをしてやりたいのだが、どうしたものかと思ってなぁ……さすがに俺が街中に出歩くわけにもいかん。かといって宮殿でお嬢さんの成年祝いをしてやる口実も思いつかんのだ」
ホリーが大人とされる十五歳になったというから、フィリップも祝ってやりたいと思ったのだ。だがあの少女が聖女であることはまだ秘密で、表向きには一冒険者でしかない。フィリップがそのホリーの成年祝いを開くのは、どうしても周囲の者たちから不自然に思われてしまうであろう。
かといってフィリップが密かにホリーの成年祝いに行くことも無理だ。フィリップは帝都にいた頃、お忍びで街に出るのがささやかな趣味であった。だがこのカムデンでそうするわけにもいかない。
「ホリー嬢はミストレーの街で非常に強力なアンデッドたちを浄化し、水晶の姫神子なる異名で呼ばれているとのことです」
「うむ。そうらしいな」
その異名はミストレーの街で自然発生的に生じ、冒険をしながらこのカムデンに向かったバートたちを追い越して、この街にも届いていたのだ。ホリーは自分の異名を聞いて反応に困ったのだが。
年若い者にも、ごく希に神の寵愛を受けて、非常に強力な神聖魔法を使える者が出現することもある。そういった者はいずれ大神官と呼ばれる最高位の神官になる可能性が高い。ホリーもそのような人物だと思われているのだ。
「そのアンデッドは、殺した者や広範囲の死体を新たなアンデッドにしていく極度に危険なものだったとのことです。ホリー嬢たちがミストレーにいなかったら、アンデッドたちはミストレーの街の住人を殺しつくして街を出て、帝国全体の危機になった恐れすらあると愚考します」
「おお! そうか! その功を賞賛することを口実とすれば、俺もお嬢さんの成年祝いをしてやれるということか!」
「はっ。左様にございます」
「うむ! 貴公に相談して良かった! 是非そうしよう!」
フィリップは上機嫌に笑みを浮かべる。ホリーのミストレーでの功も、十分に第二皇子が見込むに値するものなのだ。フィリップはあの少女が聖女であるということに気が行って、失念していたのだが。
「セバーグ将軍。アルバートたちを宮殿に呼んでホリーお嬢さんの成年祝いをするから、貴公とサイラスも出席するようにな。日程は調整しよう」
「はっ。承知いたしました」
セバーグ将軍も息子と共にあの少女の成年祝いをすることに否やなどあるはずがない。将軍はアルバート王子に拝謁したいし、親友の忘れ形見であるヘンリーとも酒を酌み交わしたいのだ。サイラスも幼なじみのヘンリーと語り合いたいだろう。
将軍は先日フィリップがアルバート王子たちを招いた宴には出席できなかったのだ。このカムデンの街はいつ魔王軍が迫って来るかわからず、臨戦態勢の部隊が常に待機している必要がある。あの日は彼率いる蒼翼騎士団と配下の軍勢は待機の日だったのだ。
「セドリック。そういうわけでホリーお嬢さんの成年祝いを宮殿でするから、手配をしてくれ」
「はっ! そして具申いたします。ホリー様にはドレスを着ていただくのがよろしいのではないかと。水晶の姫神子の異名にふさわしいドレスを仕立てるべきと」
「ふむ……それもそうか。年頃のお嬢さんの成年祝いをするのに、鎧姿のままというのも不憫だな。わかった。ドレスの手配と、お嬢さんの採寸をするためにアルバートたちに連絡も頼む」
「はっ!」
フィリップが忠実な副官に指示する。セドリックもホリーが聖女であること、そしてバートがアルバート王子であることは知っている。
なおフィリップはこのカムデンではいつも鎧姿であるし、鎧姿の女騎士もこの街ではありふれているから、ホリーが鎧姿ということも気にしていなかった。だが副官の言葉ももっともだと納得した。
「だが無理にドレスを着ることを押しつけるわけにもいかん。お嬢さんの意向も聞くようにな」
「はっ! そしてリンジー殿とシャルリーヌ殿にもドレスを用意しては? ホリー様もお一人だけではドレスを用意されることに遠慮を感じられるかもしれません」
「うむ。それも聞いておいてくれ」
「はっ!」
ホリーはただの村娘だったのだ。そのホリーがドレスを用意されても喜ぶかどうかわからない。普通の少女ならば華麗なドレスに憧れるのかもしれないが、あの少女は心清き聖女だ。そういった世俗的な欲望は乏しいかもしれない。
「俺もお嬢さんに花束でも贈るかな。適当な花は咲いていただろうか」
「それはロザリンド様から贈っていただくのはいかがでしょう? 殿下が直接ホリー様に花束をお贈りになるのは……」
「うむ。それもそうか。皆にいらぬ誤解をされるわけにもいかんからな。こんなことも考えねばならんのは面倒なものだ」
フィリップは祖父である先帝リーアムの影響か、植物いじりが趣味なのだ。そして見事咲いた花を妃のロザリンドにプレゼントして、その喜ぶ顔を見るのを楽しみにしているという面もある。
第二皇子が未婚の少女に花束を贈れば、いらぬ勘ぐりをする者もいるだろう。フィリップにそのような下心などないし、ロザリンドも誤解などしないであろうが。彼にとってアルバートは弟のようなものであり、そのアルバートに惹かれているホリーに対しても、妹に花をプレゼントする程度の感覚でしかないのだ。
だが副官の進言に、フィリップもその言葉はもっともだと聞き入れた。フィリップの考えが不足している時には周りの者たちが忠言し、フィリップもそれが妥当なら意固地にならずに聞き入れる。そんな彼に配下たちはさらに忠誠心を篤くするのだ。自分たちの忠言を聞き入れてくれる度量のある主君に。
かといってフィリップが軽く見られることもない。フィリップ自身が妥当だと感じなければ提案は退け、配下の言いなりになることなどない。主君を意のままに操ろうと考える下劣な者はこのカムデンにもいる。だがそんな内心は接するうちに見抜かれて排除される。フィリップは配下たちから敬愛と畏怖を向けられているのだ。