表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/133

126 旧王国領の状況

(数ヶ月前のこと。チェスター王国の亡霊)


「アルバート殿下の所在は(いま)だわからぬか?」


「はい。リスムゼンに密偵を送ってはいますが、未だ……」



 アルバート殿下。それはチェスター王家最後の生き残り、第四王子アルバートのことだ。アルバート王子はヴィクトリアス帝国の帝都リスムゼンに幽閉されていると噂されている。この男たちはそのアルバート王子を探しているのだ。



「おのれ、帝国め……なんとしてもアルバート殿下を発見し、救出せよ。殿下がおられねば、チェスター王国を再興することは不可能だ」


「はい、父上! チェスター王国のためにも!」



 彼らは自分たちをチェスター王国の忠臣だと信じている。彼らは王国滅亡とともに帝国に降伏したが、それも王国再興の芽を残すためだったのだ。そして帝国傘下(さんか)忍従(にんじゅう)()いられつつも、機会を狙っていた。






 旧チェスター王国領東部に位置する要害(ようがい)都市カムデン。最前線に近いこの街にはヴィクトリアス帝国第二皇子フィリップが拠点を置き、魔王軍の侵攻に備えている。この街に駐屯(ちゅうとん)している兵も常に戦いに備え、士気は高く精強だ。

 数ヶ月前、旧王国西部の後方地域において妖魔の大侵攻という大事件が発生した。それは旧王国出身の貴族たちが統治している地域の脆弱(ぜいじゃく)さを、改めて帝国上層部に示すことになった。それに対し第二皇子も無策ではなく、旧王国出身の貴族のうち無能な者、つまり大部分をすげ替えるべく動き始めている。


 第二皇子の執務室。その部屋の主は銀髪の偉丈夫(いじょうぶ)、フィリップ・ヴィクトリアスだ。そこに旧王国出身のバイロン・セバーグ将軍を呼んでいる。旧王国領の統治について意見を聞くためだ。極秘の会話もするということで、秘書官は退室させている。フィリップが信頼を寄せる副官セドリックは護衛も兼ねてこの場に残っているが。



「セバーグ将軍。旧王国出身の貴族たちのうち、取り潰し候補のリストがこれだ。貴公の意見を聞きたい」


「はっ。拝読(はいどく)させていただきます……この者共は例外なく下劣で民を思うことをしない者共です。この際に排除しておくべきかと」


「うむ。奴らが悪あがきをして反乱を起こさぬよう、軍勢も編成して威嚇(いかく)する準備は進めている。生活には困らぬ程度の財産は残してやると言ってやれば、おとなしく受け入れる奴も多いだろう」



 旧王国出身の貴族の多くが取り潰し候補であるが、そうではない者たちもいる。セバーグ将軍も含めて。旧王国の貴族全てが腐敗しているわけではない。

 そして腐敗した貴族共の排除もすぐにできるわけではない。追い詰められた貴族共が反乱を起こす恐れもある。その対処のためにも軍事力が必要だ。このカムデンからも多くの兵を出さねばならず、魔王軍の侵攻拠点に対して予防攻撃に出ることなど到底無理な状況だ。

 フィリップは悪神アルスナムの本当の目的を知らされ、少なくとも今のところ魔王軍は人類を滅ぼすことまではしないだろうと判断している。だからといって防備を(おろそ)かにしてはならない。人間種族を滅ぼすことが必要だと信じている魔族も大勢いるのだから。

 現に旧王国領北西部では、妖魔共を率いていた『鮮血の魔将』アードリアンの手によって壊滅的な被害が発生した。それも魔王からすれば『人間たちの適度な間引(まび)き』でしかないのだろうとはフィリップも理解した。理解したくなくても、理解せざるをえなかった。



「アルバートは父上に対し、あいつが王位に就いても貴族共が結託(けったく)して反抗し、それで国が混乱しているうちに魔王軍に攻め滅ぼされるだろうと言っておった。チェスター王国は帝国によって潰される必要があると。あいつの言葉が正しかったのだろうなぁ……」


「はっ。帝国という強大な力によって腐敗した貴族たちを排除しなければどうにもならないと、アルバート殿下はお考えになったのではないかと愚考(ぐこう)します」


「うむ。だが俺としては、あいつに旧王国領の政治面での統治は任せて、俺は将軍としての仕事に集中したかったんだがなぁ」



 それはフィリップの本心だ。彼は自分が政治に向いていないという彼自身の限界をわきまえている。もちろんアルバートが旧王国領全体を統治するに足る政治能力を持っているかは未知数であることも、フィリップもわかっている。だが帝国に対し不満を持つ旧王国の民は多い。そのような者たちもアルバートが上に立てば多くは従うだろう。

 セバーグ将軍からすればフィリップ第二皇子の言葉は、彼の忠誠の対象であるアルバート王子が高く評価されていることに喜びもある。だが将軍は今の旧王国領には帝国の力が必要なことを痛いほど理解している。

 仮定の話として、アルバート王子がチェスター王国を再興して王位に就き、帝国が軍勢を引き上げたら、旧王国領は大混乱することになるであろう。帝国によって取り潰された貴族共の残党と今も残る旧王国出身の貴族共が権勢を取り戻し、やりたい放題をすることになりかねない。

 アルバート王子がその貴族共を抑えようとすれば、貴族共は結託(けったく)して反抗するであろう。反乱までは起こさずとも、それをちらつかせて王子に妥協(だきょう)を迫るだけで王国は自浄作用を失ない、さらに弱体化してしまう。そうして混乱が広がるうちに王国は魔王軍に攻め滅ぼされるだろう。

 フィリップが改まった様子になる。



「貴公はヘーゼルダイン公爵をどう思う?」



 その曖昧(あいまい)な質問の意味を、セバーグ将軍は正確に理解した。

 コンラッド・ヘーゼルダイン公爵。旧チェスター王国において一二を争う有力貴族だった。王に対する忠誠心に(あつ)く、帝国から王都フルムへの侵攻路のひとつに領地を持っていた。帝国も寝返り工作をしても王国側に侵攻意図を知らせるだけになると判断して工作をしなかった。

 そしてチェスター王国攻略戦において、ヘーゼルダイン公爵は領地で侵攻路の一つを帝国軍の牽制(けんせい)部隊を相手に阻止したが、王都陥落(かんらく)とともに降伏した。だが人望が篤く民からも(した)われている公爵を取り潰すのは得策ではないと、帝国は領地を安堵(あんど)した。



「……かの方はチェスター王国の貴族には珍しく、民を思う(まつりごと)をしていました。そして今でもそうなのでしょう」


「うむ。その点では俺も公爵を認めている」



 ヘーゼルダイン公爵は高潔な男だ。旧王国でも貴族の(かがみ)と賞されていた。



「ですがかの方は民よりもチェスター王家に重きを置いているという印象を受けております」


「うむ。貴公にも言っておこう。公爵の手の者が、リスムゼンにおいてアルバートの行方を探ろうとしているようだという報告を受けている。不審に思われない程度に領地で兵を集めているようだともな」


「……はっ」



 将軍はフィリップの言わんとしていることを理解した。フィリップは、ヘーゼルダイン公爵がアルバート王子を旗印にして、チェスター王国を再興しようとしているのではないかと疑惑を(いだ)いているのだ。

 当然公爵家だけで帝国に反旗を(ひるがえ)せるはずもない。公爵もそれは十分に理解しているはず。ならば旧王国出身の貴族たちや、取り潰された貴族の残党に協力を呼びかけていることが考えられる。アルバート王子はそんなことに協力などしないであろうが、公爵がチェスター王家の血を引く貴族を担ぎ上げて反乱を起こすだけでも、旧王国領は大混乱するだろう。その間隙(かんげき)に魔王軍に攻め込まれたら、危機的な状況になりかねない。

 公爵もその程度のことは理解しているであろうが、公爵は民の苦難よりもチェスター王国の再興を優先しかねないと将軍は考えている。公爵の亡き王に対する忠誠は、盲目的(もうもくてき)なものであるように将軍には見えていた。そして妖魔の大侵攻で旧王国領の統治が揺らいだ今こそが、王国再興の好機と狙っていることも考えられる。

 もちろん公爵に二心(にしん)があるかはまだわからない。だが彼らは立場上そのような危機を想定し、備える必要があるのだ。



「アルバートに公爵を(さと)しに向かってもらうべきかとも思うのだがなぁ……」


「はっ。ですが公爵はかつて王に(うと)まれていたアルバート殿下を(かろ)んじていました。殿下が諭しても聞くかはわかりかねます」


「そうか……」


「私が公爵を説得しに行こうにも、公爵は私を裏切り者として憎んでいるでしょう」


「だろうなぁ……」



 ヘーゼルダイン公爵は王に絶対の忠誠を(ささ)げていた。だからこそ王が(うと)んじていたアルバート王子に対しては好意的ではありえなかった。

 フィリップとしては、公爵がおとなしくしてくれる方がありがたい。今公爵が帝国に牙を()けば、旧王国出身の貴族たちの多くも帝国に反旗を(ひるがえ)すだろう。貴族共も自分たちの失態が妖魔の大侵攻を招き、それを帝国が問題視して、無能貴族共をすげ替えようとしていることくらいは気づいているであろう。貴族共はそれが決定的な破滅を招きかねないことなど想像もしないであろうが。

 それにフィリップも公爵を高潔な男だと認めてはいるのだ。その公爵を攻め滅ぼすことは、できればしたくはない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ