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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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124 第二皇子との手合わせ

 会話を終え、フィリップとバートたちは訓練場に来ている。ここはフィリップが使うための訓練場だ。そこではセバーグ将軍とヘルソン将軍が待っていた。フィリップの副官や、サイラスたち将軍の配下でも幹部級の者たちもいる。その者たちは秘密を厳守すると信頼できる者たちだ。

 なおセルマがカムデンに来ていたことは秘密であるため、彼女は転移門で帝都に帰還した。セルマが来ていたことを知っている者たちにも箝口令(かんこうれい)()かれている。

 この場にいる者たちにはホリーが聖女であることと、それは公表されるまでは極秘であることをフィリップが告げた。ホリーが生き残れるように、バートたちに鍛えさせるつもりであることも。聖女の出現は必ずしも魔族との大決戦が迫っていることは意味しないという、常識を(くつがえ)す事実も告げた。連絡用にバートには遠距離通話アイテムも渡していることも。

 そしてバートがアルバート王子であること、そしてフィリップはアルバートとヘンリー(ヘクター)を弟のように思っていることも告げられた。サイラスも騎士たちもなぜアルバート王子がカムデンに来たのかを理解した。王子は聖女を守ってここまで来たのだ。そして彼らは王子に敬意を(いだ)く。王子は王族としての身分を捨てて、それでも今も民のために動いているのだ。


 フィリップもバートたちも鎧姿のままだからいつでも手合わせできる。フィリップは刃引(はび)きされた槍を持ち、バートとヘクターもそれぞれ刃引きされた武器を手に取っている。彼らほどの実力の持ち主が持てば、刃が潰してあっても並の戦士程度なら軽く殺せるのであるが。

 それらの武器は最高峰の戦士であるフィリップが振り回しても壊れないように、強度を強化する魔法が付与してあり、高貴な者が使用するのにふさわしい装飾もされている。フィリップからすれば、訓練用の武器にわざわざ装飾するのは無駄だと思うのだが。



「さて。まずはアルバートと手合わせするか」


「はい。胸をお借りします」


謙遜(けんそん)はいい。本気で来い」


「はい」



 フィリップとバートは訓練場の中央で向かい合う。フィリップは槍を手にし、バートは剣と盾を構える。この訓練では魔法の使用は無しだ。

 開始の合図もなく、フィリップが電光石火(でんこうせっか)の勢いで槍を突き出す。刃引(はび)きしてある槍であっても、尋常(じんじょう)な戦士が受ければ、頑強な鎧を(まと)っていても鎧ごと貫き通されるであろう。

 バートはその槍を剣で()らす。だが逸らしきれずに鎧をかすめる。



「はっはっは! 俺の初撃をさばけるようになったか!」


「ええ。帝都にいた頃はこの一撃に何度敗北したか、もう覚えていませんが」


「結構結構!」



 フィリップは上機嫌だ。彼は弟弟子の成長を喜んでいた。それにバートは家族という意味でも義弟(おとうと)になるのだ。この男にならかわいい妹たちを任せられる。

 その会話中もフィリップは槍を繰り出し、バートは時に盾で受け、時に剣でさばいている。

 騎士たちはその様子に感嘆の声を漏らしている。フィリップは最強の戦士としても有名だ。第二皇子に勝てる者は彼の配下にはいないとすら言われている。それをアルバート王子は、受けに回っているとはいえ、第二皇子の繰り出す槍をしのいでいるのだ。

 リンジーたちもフィリップの強さに驚いている。フィリップは勇猛をもって知られている。だが戦士としてもこれほどに強いとは思っていなかった。魔法は使っていないとはいえ、まさかバートが押されるとは。



「ほうほう。剣の間合いに持ち込もうとしているな?」


「はい。私が殿下に勝つには剣の間合いに入らなければなりませんので」


「はっはっは! 道理だ!」



 槍と剣では根本的に間合いが違う。通常は間合いが広い槍の方が圧倒的に有利なものだ。そもそも剣の届く間合いに入らなければ勝ちようがない。そして通常ならば剣の間合いに入られたら槍は不利になる。

 バートが槍をさばいて剣の間合いに踏み込もうとする。だがそれまで槍で突きを繰り出していたフィリップが、槍を(ひるがえ)してその石突(いしづ)きを横薙ぎにバートにたたきつける。バートは盾で受けるが、そのあまりの威力に押し戻される。普通の騎士なら、たとえ盾で受けることができたとしてもそのまま吹き飛ばされて、良くて戦闘不能で済むというほどの打撃だ。



「いやー、楽しいな! お前も腕を上げているではないか! お前が魔法を使えば互角かそれ以上になるかもしれんな!」


「おそらくは。魔法無しでは殿下相手では不利ですが」


「俺の立場では魔法を使ってもいいとは言えんのが残念だ!」



 フィリップの戦い方が変わった。突きを繰り出すだけではなく、時に槍を振り回してたたきつけようとしたり、時に短く持って接近戦を挑んだり。それはおよそ騎士らしくはない、冒険者のような泥臭い戦い方だ。フィリップは、そしてバートも、引退した高名な元冒険者の指導を受けたのだ。

 皇帝家の者や王族が冒険者に戦い方を習うことは普通はないだろう。だが皇帝は皇帝家の者が冒険者の生き汚い戦い方を習うことは有意義だと考え、実践している。統治者は簡単に死ぬわけにはいかないのだから。そしてフィリップは戦場で乱戦に巻き込まれても生き残ってきた。

 押し気味に戦っていたフィリップが間合いを取る。バートも下がる。



「ホリーお嬢さん。君を疑うわけではないが、俺とアルバートに聖女の加護を与えてくれんか? 俺も体験してみたい」


「は、はい」



 フィリップはホリーが本当に聖女であることを確認したいと思った。彼も実力以上に強化されるならば、ホリーは間違いなく聖女だと証明される。そしてこの少女が語ったことは真実だということになる。彼も統治者として、ただ聞くだけであれほどのことを信じるわけにもいかないのだ。そしてホリーが間違いなく聖女と確認できれば、それをセルマと皇帝にも伝えるつもりだ。



(ソル・ゼルム様……バートさんとフィリップ殿下に力をお貸しください……)



 ホリーは善神に祈る。フィリップたちにもわかるように、あえて祈る態勢を取ったホリーの様子を見て、フィリップは自分に特に変わった様子はなさそうだと思った。フィリップが槍を構え、突き出す。



「!?」



 フィリップは自分で槍を突き出しておきながら驚いた。これまでよりも一段か二段は鋭く力強い動きをできたのだから。普通の者ならば自分自身の動きが良くなったことにも気づかずに戦うことであろう。驚いていたらかえって不利になる恐れがあるから、気づきにくいようにする精神作用もあるのかもしれない。彼ほどの使い手だからこそ気づき、驚いた。

 バートはその槍の穂先(ほさき)を剣でさばく。フィリップは驚きつつも槍を繰り出し、バートがさばく。何度かそれを繰り返し、フィリップはまた間合いを取った。

 セバーグ将軍たちも目を(みは)っている。フィリップとバートの動きはそれまでもすさまじいものだった。それがさらに鋭くなっていたのだ。



「驚いたな……確かに俺は実力以上の動きをしていた。お嬢さんは本当に聖女のようだ」


「はい」



 フィリップは認めた。ホリーは本当に聖女であると。そしてホリーが語ったことは真実であると。自分はこれほどまでの動きはできないはずなのだから、間違いない。セルマと皇帝にも報告しなければならない。



「お嬢さん。もう祈るのをやめてくれ。今の俺が本気で踏み込んだら、それだけで床を踏み砕きかねん。この槍も本気でたたきつけたら砕けそうだ」


「は、はい」



 騎士たちがざわめく。この訓練場は、フィリップほどの実力の持ち主が本気で動いても破壊されないように、壁や床には強固な保護の魔法がかけられている。だが聖女の加護を受けた状態のフィリップが本気で踏み込んだら、床はそれに耐えられそうにない。



「さて。アルバート。お前が魔法を使わないなら俺が少し有利ってところか」


「はい。異論はございません」



 バートもあっさり認める。彼には勝負に負けることが(くや)しいという感情はない。フィリップからすれば、少しくらい悔しがってもいいだろうにとも思うのであるが。そういう意味ではバートは人間らしくはない。だがこんな男だからこそ、ホリーと共に神への(きざはし)を上る資格を与えられたのかもしれないとも思う。



ヘンリー(ヘクター)に代わりましょうか」


「おう。そうしよう。俺もヘンリーとも手合わせしたいしな」


「はい」



 そうしてバートは下がり、ヘクターが前に出る。ヘクターは刃引(はび)きしたハルバードを手にしている。ハルバードとは斧と槍を組み合わせたような長柄(ながえ)の武器だ。



「ヘンリー。お前は純粋な戦士としてはアルバートより上だったが、今もそうなのか?」


「はい。今の俺ならフィリップ殿下と互角に戦えるかもしれませんよ?」


「はっはっは! 楽しみだ!」



 フィリップは機嫌良く笑う。彼はヘクターのことも弟のように思い、かわいがっていた。武人らしくいささか手荒であったが。ヘクターもそのフィリップを(した)っていた。セルマからは兄弟のようだと言われていたものだ。

 対峙(たいじ)したフィリップとヘクターが同時に動く。両者選択したのは突き。互いに相手の穂先(ほさき)から身を()らし、相手の武器の()(つか)む。そのまま力比べになって動きが硬直する。そして同時に自分の武器を手放し、互いに武器を交換した格好になる。



「はっはっは! ヘンリーも強くなってるじゃないか! 腕力では互角か!」


「俺も伊達(だて)に体がでかくなったってわけじゃないってことです!」



 今はフィリップがハルバードを、ヘクターが槍を手にしている。両者動く。次は互いに武器を横薙ぎに振るう。ハルバードと槍がぶつかり合い、すさまじい音が響く。その衝突に耐えかねて、互いの武器が砕けてしまった。



「むぅ……武器の方が耐えられんかったか」


「訓練用のものですからねぇ……さすがに実戦用の武器を使うわけにもいきませんし、これで終わりにします?」


「そうだな。ヘンリーとももっと技を競い合いたかったが、仕方あるまい」



 訓練用の武器に付与された程度の強化魔法では、彼らほどの力の持ち主のぶつかり合いには耐えられなかった。さすがにそれ以上の付与をしてある訓練用の武器など用意していない。手合わせは終わりだ。

 騎士たちはあまりにもすさまじい光景に絶句している。訓練用の武器とはいえ、普通は強化の魔法が付与された武器が砕けることなどまずない。よほどの負荷がかかれば、欠けたり曲がったりすることはあるが。



「アルバート! ヘンリー! 楽しかったぞ! また手合わせをしよう!」


「はい。胸をお借りします」


「次の時は、もっと強い強化をした訓練用の武器を用意しておいてください」


「はっはっは! 無論だ!」



 フィリップはこの後アルバートたちを(うたげ)に誘うつもりだ。静かなる聖者バートと鉄騎(てっき)ヘクターは帝国公認冒険者とはいえただの冒険者とされているが、伝説の『勇将』ゲオルクと『鮮血の魔将』アードリアンを討ち取った勇士だ。そしてエルムステルの領主代理として街の秩序の崩壊を防ぎ、ミストレーでもアンデッドの大群による街の壊滅を防いだ。その功を(たた)えるためとすれば、第二皇子が冒険者を宴に招いても不自然ではない。フィリップはそういうことも考えなければならない立場なのだ。


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