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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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122 皇子と皇女 06 世界の動き

 ホリーの話は続く。



「神々の時代が終わった後、人類と魔族の戦いが続いてきました。ですが各地の魔王たちはアルスナム様の意思を忠実に守り、人類を滅ぼすのではなく、人間たちを滅ぼしてしまわないようにしながら間引(まび)きしてきたそうです」


「……」


「ですが魔王たちはその気になればいつでも人間種族を滅ぼせるそうです」



 魔族は人間を含む全ての人類を滅ぼそうとしていると一般には思われている。人間種族を滅ぼそうとする魔族が大勢いることは事実だとセルマたちも知っている。人間種族を滅ぼす必要まではないと考える魔族も大勢いるようだということも。このことは賢者たちにも知られており、謎とされてきた。その回答がこれなのだ。そして魔王たちが見切りをつければ、人間種族は滅んでしまうのだ。



「その時代にも、人間たちが神々の時代に比肩(ひけん)するような繁栄に手をかけたことも何回もあるそうです。それは魔王たちがその当時の人間たちが見込みがあると思って、様子を見たことで実現したそうです」


「……」


「ですが人間たちはそのたびに期待を裏切りました。人間たちは次第(しだい)に欲望を増大させ、そのままでは世界を滅ぼすと魔王たちは判断して、人間の文明を徹底的に破壊したそうです」



 神々の時代が終わった後、人類がそれに比肩するような繁栄をしたことが何度もあるのは、各地に残る遺跡が示している。だがなぜそれほどに発展できたのかは謎とされてきた。それらは例外なく絶頂期に魔族たちに破壊されたのだから、それまでに破壊されなかったのはおかしいと。その答えは、魔王たちが様子を見てくれていたのだ。そして人間たちはその期待を裏切った。

 セルマは戦慄(せんりつ)する。百五十年前の大戦以来、人類と魔王軍の大規模な戦いはなかった。だがここ数十年、魔王軍の動きが少しずつ活発になっている。



「今がまさにその破壊の時ということですか……?」


「あ。いえ、そういうわけではなさそうとのことです」



 ホリーに否定されて、セルマもフィリップもホッと一息をつく。



「人間の社会は規模を拡大するほど発展を早める傾向にあるそうです。ですから魔王たちは魔族の領域で世界の人間たちの領域を遮断して、規模を拡大するのを阻止しているそうです。その上で小規模に人間の間引(まび)きをしていると……」



 その言葉はフィリップには聞き捨てならなかった。



「待て。お嬢さん。旧王国領北西部の虐殺も小規模とでも言うのか?」



 怒りを隠しきれていないフィリップに、ホリーは(ひる)む。

 それをバートが取りなす。



「フィリップ殿下。これはお嬢さんの考えではなく、善神から伝えられた言葉です。そして魔王の視点からすれば、あの虐殺も小規模で済ませられるのかもしれません」


「……」


「そして全世界の人間の多くが殺される破局的な事態になるよりは、あの程度のことが続く方がまだましであると考えます。破局の勢いのまま、全ての人間が殺し尽くされることにもなりかねません」


「……それも納得したくはないがなぁ……すまん、お嬢さん。感情的になってしまった」


「い、いえ。殿下は殺された人たちのために怒ったんでしょうから。それに私も無神経な言い方をしてしまいました」


「すまんな。そう言ってくれると助かる」


「それともちろんソル・ゼルム様も人間たちが間引(まび)きされることを容認してはいません」


「うむ。本当にすまん。俺の早とちりだった」



 バートの取りなしにフィリップも怒りを静めた。でもホリーも民のために怒ったフィリップは本当にいい人なのだろうと思った。フィリップが謝る時も素直に謝罪の意思が込められていた。

 セルマからも確認したいことがあった。



「魔族たちの領域で隔絶された人類の領域を、飛空船や転移門も使って(つな)ぐべきという主張もあります。もしそれを実行すれば、魔族たちの徹底的な攻撃を誘発する恐れがあるということですか?」


「そこまではソル・ゼルム様から聞いてはいませんけど、たぶん……」


『その通りだろうね。本格的に人間たちの社会が発展を始めたら、魔王たちはそれを阻止しようとするだろうね』


「……あ。ソル・ゼルム様からのお言葉がありました。本格的に人間たちの社会が発展を始めたら、魔王たちはそれを阻止しようとするだろうと」



 その動きはホリーは知らなかった。だけど善神がすぐに言葉を(さず)けてくれた。

 そのようなプランも存在するのだ。世界中に断裂された人類の領域を繋ぎ、魔族に対抗しようと。それを主張する者たちは、それこそが魔族からの徹底的な攻撃を誘発する行為であるとは思いもしていないのだが。

 セルマは内心冷や汗を流していた。あるいは実際にそうなっていたかもしれないと。



「む? 善神は今まさにお嬢さんに啓示(けいじ)を与えたのか?」


「はい。前は時々夢で啓示を与えられる程度だったのですが、しばらく前から起きている時も時々ソル・ゼルム様のお声を聞くようになりました」


「むぅ……聖女とは俺の想像以上に善神と近しい存在なんだな……」



 フィリップも驚きを隠せない。聖女の伝説は有名ではあるが、聖女がどれだけ神と近しいのかは賢者たちも知らないのだ。



「それでソル・ゼルム様は人間たちが間引(まび)きされることは認められないけれど、魔王たちのその動きがうまくいけば、しばらくは破局的な事態は避けられるのではないかとおっしゃっていました。もしかしたら千年単位で」


「……そうですね。そのような考えがあることは認めましょう」



 セルマは驚いていた。細部は違えど、それは彼女が考えていたことと似ているのだから。魔王軍との小規模な戦いは続くであろうけれど、破局的な事態は避けたいと。そのために、ホリーならば魔王軍とも交渉できるかもしれないとも期待していたのだ。



「そして私はソル・ゼルム様から言われています。その時間を稼げているうちに、人間たちに善なる心を広げられないかと。そうなれば人類と魔族の戦いを終わらせることができるかもしれないと。そしてその第一歩が、この真実を皇帝陛下にお伝えすることだと言われていたんです」



 それは衝撃的な言葉であった。セルマにもフィリップにも人類と魔族の戦いを完全に終わらせるという発想はなかった。だが確かにホリーから伝えられた善神の言葉からすると、人間たちに善なる心が広がり調和をもって生きていけるように進歩すれば、人間種族と魔族が戦う必要はなくなるのかもしれない。



「ですがソル・ゼルム様はそれも容易なことではないともおっしゃっていました。かつての聖女たちも、賢明な統治者に真実を伝えることができた人も何人もいたそうです。ですがその統治者たちも真実を広めることはできなかったと……」


「……そうですね。人間たちは真実を受け入れられないでしょう。このことを広めれば、人々は帝国に対して反旗(はんき)(ひるがえ)しかねません」


「はい……そして真実を言ったばかりに、人間たちに殺された聖女たちもいるそうです……」


「……そうだな。お嬢さんもこの真実を下手な奴に言わないでくれ。それこそお嬢さんの命も危うくなるだろう」


「はい……」



 フィリップもセルマもホリーの身を案じる心に嘘はない。

 セルマはこの真実を広めることは難しいと思った。だが究極的な平和を実現するためには、この真実を広める必要があることも理解している。そしてそれをしなければ、魔王たちは人間たちに見切りをつけて滅ぼそうとするかもしれない。それどころか、善神ソル・ゼルムすら人間種族を見捨てることにもなりかねない。


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